略奪部隊とディーゼル車
「ときにご主人様、その荷物ずいぶんと重そうですが、何が入っているんです?」
ハルが指すのは、魁の荷物。布が覆いかぶさった四角形の箱を、魁は難儀そうに背負っていた。
「脂だよ」
荷物をほどくと、獣脂の詰まった缶が姿を見せる。
「そんなもの舐めながら旅をしようというのか、貴様」
行軍経験の豊富なリベルタは、素人判断に眉をひそめた。
「いや、最近合成に成功したんだ。バイオディーゼルって奴でね」
スキルを発動。タブレットに『DIESEL』と表示され、タンクの中身が変化する。
「流石ご主人様! 徒歩で当てもなく旅をするのは不毛ですものね」
「乗り物か? 脂がどうやって乗り物になるんだ?」
リベルタの疑問に答えるため、黒っぽい砂鉄の地面を探す。次の指示は『VEHICLE』――車だ。無骨な無塗装のバンが、一分程度の時間を置いて出現した。複雑な構造は処理に時間がかかる。
「馬車……は馬が無ければ動かないが」
「これでいいんだよ。さあ、二人とも乗ってくれ。燃料も次の村くらいまでは大丈夫だろう」
発動機の力は偉大だ。ヘッドライトが照らす平野と麦畑が、時速五十キロメートルで通り過ぎる。長めのサスペンションは、木製タイヤの伝える振動も適度に流す。
「私、ご主人様とこうして旅行に行くの憧れていたんです。赤いオープンのスポーツカー、海辺の夕焼け、時速三百キロ、スピードの向こう側、湾岸線の悪魔、抱き寄せる肩」
「自動運転じゃなきゃ死亡事故だね、それ」
自動運転車が法律で義務付けられてから、日本人が車を運転する機会は皆無となった。魁の職場は徒歩圏内だったため、持っている車両と言えば自転車がせいぜいだ。外回り仕事が多いため、免許だけは取得しておいたのが功を奏した。自動運転とはいえ運転席に人間は必要だし、教習では自分で車を動かす必要があった。
「そろそろ村が見えてきてもいいと思うけど」
ぽつぽつと集落は存在するが、難民を受け入れてくれる程となるとそうそう無い。
魔族軍の標的である軍港から王都へは、街道で直線に繋がっている。黒砂村はその大街道から分岐した道の途中にある。彼らはその分岐点よりも外側を迂回して侵攻しているため、このルートで鉢合わせするリスクは低い。街道を封鎖し、城を孤立させることを重視したのだ。
不意に、こつんと軽い音がした。リベルタが叫ぶ。
「引き返せ!」
ゴムタイヤなどではないのだ。急に止まれるものではない。車は丘を一つ越え、隠れていたものが姿を現した。
「な……!」
魔族の群れだ。素人目から見ても大群と呼べるほどの軍勢が、街道を進んでくる。ヘッドライトの明かりとエンジンの轟音に刺激された先頭が、意味不明な叫びを上げた。
よくよく見ると、バンの薄い鉄板ボディに鏃が刺さっている。横合いから弓を構えた半馬の魔族が、隊列を組んで突撃してきた。二射目は車体を貫通し、フロントガラスにヒビを入れる。テックを使ったのだ。
「おい貴様!」
後部シートのリベルタが、ハルの腕を掴んでいる。彼女の腕は矢によって薄く切られ、配線が剥き出しになっていた。
「自動人形だったのか」
「あら、メカバレしちゃいました」
あっけらかんと言うハルを即座に修理し、敵に背を向けた。
ハンドルを最大限切り、アクセルを踏み込む。不整地をタイヤが空転し、やがて衝撃と共に走り出した。
この先にあるものといえば、黒砂村くらいだ。村を狙った大規模な略奪を、奴らは開始したのだ。この位置だと、朝方には村を襲う。
「戻って村長に伝えよう!」
「伝えてどうする!? 籠城したところで、戦力的には厳しいぞ!」
リベルタはあくまで生存を最優先。しかし、魁はそこまで割り切ることなどできない。
「それでも伝えるくらいはしないと!」
敵は加速を始めたばかりのバンに追いすがる。あるいは、ここで死ぬ可能性すらあった。
「弓だ」
リベルタが短く伝える。魁は車の構成素材から無言で弓と矢を作り、リベルタに与えた。
リベルタの黒い腕に、白い刺青が浮かぶ。魔族の特殊能力、テックを使用しているのだ。そのまま矢を放った。夜中という悪条件にもかかわらず、高速で動く標的の、人間部分の腹部に矢が命中する。そのまま逃げ切るまで、リベルタは無表情で射撃を続けた。
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