村からの追放
そしてまた日数が経過した。魁はエイリーク村長が持ってきたリンゴ酒を、彼と飲んでいる。希少な肉もあった。村長たちが狩りに出かけ、鹿を仕留めたらしい。
「内臓は
串刺しの心臓を焼きながら講釈を垂れるエイリークは上機嫌だった。久しぶりの狩りが楽しかったのだろう。
「ハルは食わねえのか? あいつが何か食ってるとこ、見たことねえぞ」
「小食なんですよ。もう食べたから要らないそうです。申し訳ないですね、せっかくの村長からの土産なのに」
「畏まるなよ。俺は別に偉い人間じゃねえぞ」
エイリークは気さくな男だ。村民との距離も近く、慕われている。それでいて締める場面ではきっちりと締めるのだから、器の大きさを感じる。
「ところで、村長はダークエルフって知ってますか?」
リベルタは生まれた種族が原因で迫害を受けていた様子だった。本人に訊くよりも、物知りなエイリークを頼った方が適当に思える。
「あー、そりゃアレだ。エルフの一種だな。本質的には普通のエルフと変わりねえよ。アレだよアレ」
実のところ、村長は魁の家に来る前にも、狩り仲間と酒を飲んでいた。強い麦酒だったそうだ。
「ウサギの中に、冬になっても黒いままの奴が稀にいるだろ? あんな感じで、エルフの中から黒いのが生まれることがあるそうだ。魔族の癖に人間より長命で、弓が得意。外見以外はただのエルフだな」
「メラニズムという奴ですか」
メラニン沈着症の黒色変異個体。それにダークエルフなどと名前を付けただけだ。
「変なとこで学があるんだよな、お前。――魔族ってのは種族ごとに著しい特徴がある一方、逸脱を嫌うんだ。神の定めた姿から脱した存在だかなんだかでな。そういうのは大抵生まれたときに打ち殺されるか、とっとと戦争に送り込んで殺しちまう」
「……そうですか」
リベルタは百年間も戦場に立っていたと言った。それも危険な最前線に。どれだけ困難な半生だったのだろうか。
「どこの社会も生き辛いもんさ。人間社会も魔族社会もな。串焼きにさえならなきゃ、こいつらが一番楽だ」
鹿の串焼きを掲げ、冗談めいて笑った。
「なあ、カイよ。俺からも質問いいか?」
「ええ、どうぞ」
手渡された心臓を噛みながら、リンゴ酒を傾ける。
「この家よ、土を持ち上げて作った訳だが、土が抜けた分の空間ってのはどうしてるんだ?」
いきなりの質問に、ゴムのような心臓の欠片がリンゴ酒と共に器官に入った。思わず咳き込む。平時ならば素通りできる質問だが、リベルタを匿っている今はつい動揺してしまう。
「おいおい、ゆっくり食えよ」
「すいません。……地下にスペースを作ってあるんですよ。後々、倉庫にでもしようかと。今はただの空洞です。出入り口もありません」
「そんなもん、お前なら思ったときに出したり消したりできるだろうよ」
冷や汗が垂れた。雰囲気が非常にまずい。
「もう一つ質問だ。狩りってのは戦闘訓練も兼ねてやってるんだよ。当然、途中で魔族の斥候でも見つけりゃその場で殺しちまう。で、今日射殺した奴が今わの際に意味分かんねえこと言いやがってな。『不名誉』『神に逆らう』だのの文句と――『脱走者』『ダークエルフ』『処分』だそうだ。どんな意味なんだろうな。お前常識は全然知らねえが妙に学があるだろ? 分かるか、この意味?」
村長の目は全く笑っていない。魁は悟った。リベルタの件は、完全にバレている。エイリークの鋭さを侮っていた。
「魔族は見つけ次第殺す。これは仕方ねえ。だが裏を返せば、人間相手ならどうとでも適当ぶっこけるって事だ。神様も温情あるよな?」
それだけ言い残し、エイリークは去っていった。大人しくリベルタを差し出せば、魁までは咎めない、という意味と受け取った。しかし――
その日の内に、ハルとリベルタに対し村を出ると伝えた。リベルタは魁の提案に対し、抗議の意思を見せた。
「お前らは村に残れ。私一人がどこかへ去ればいいだけのことだ。ポルシアの辺境で、野山に紛れて暮らすさ」
出ていこうとするリベルタを、魁が引き留めた。
「駄目だ。君を一人で行かせれば、いつか人を殺す。命じられた戦場でなく、君の意志で」
「……だろうな」
魁の家に押し入ったときは未遂に終わった。しかし、追い詰められる内に、最後の手段を取らざるを得ないこともあるだろう。魁とて一人、既に殺している。
「君の命を救ったせいで無関係の誰かを殺すなんてこと、俺にはできない」
戦争か自衛か、必要ならば、魁も人殺しを行うことになるのかもしれない。だが、偽善で誰かを殺すのだけは嫌だった。
「同族の死を厭うならば、ここで私を殺すことだ。正々堂々、魔族と人間らしく決着を付けよう」
「言っておきますけど、ご主人様には指一本触れさせませんからね」
ハルが釘を刺した。やるというからには、彼女ならば刺し違えてもやるだろう。
「それはできない。君は命の恩人だし、人殺しを止めておいて最初の一人になるだなんて本末転倒じゃないか」
勝てる――とは思っていない。スキルはあるが、実戦経験や反応速度ではリベルタの方が圧倒的に上だ。次戦えば、何も作れないまま殺される可能性が大きい。
「だから一緒に旅をしよう。君の安住の地が見つかるまでは付き合う」
助けた以上は最低限、そこまでの面倒は見るべきだと思った。村にはまた帰って来れる。いつになるかは分からないが。
「うう、ご主人様の温情に、この私までウルルンっと来てしまいました。リベルタさん、これはチャンスですよ! ここで逃せば、こんな素敵で最高なご主人様に巡り合う機会なんて金輪際ただの一切訪れませんって」
「ご主人様にする気など無い」
リベルタはハルの妄言を一言で捨てた。全てを諦めた表情で、つま先を出口に向ける。
「はあ、好きにしろ酔狂者どもが」
持てるだけの荷物を持つ三人は家を出た。
目の前には、完全武装したエイリーク村長が立っていた。人目に付かないように夜を選んだが、読まれていたらしい。つくづく、彼には勝てない。
「よう、カイ。夜の散歩か? 付き合うぜ」
「……すいません」
「その魔族を渡せ。いや、すまん、敵に対し礼を欠いたな。そこのダークエルフ、俺と勝負しろ。戦いの中で名誉ある死を送ってやる。お前の得意手は弓か? 無手相手じゃ勝負と言わん。得物が何であれ受けて立つ」
エイリークは魁の方を見ていない。あくまで、リベルタと自分の問題にする気だ。
「……良い戦士だ。名は?」
リベルタの空気が変わった。百年の戦場を生きた歴戦の戦士へと。エイリークは決闘の作法として二つ名と共に名乗りを上げる。
「“鋼纏”エイリーク」
「ダークエルフのリベルタだ。弓を使っても構わないと言ったな。後悔を――」
考えうる限り最悪の状況だ。本人たちはかなり前向きだが、魁にとってどちらが死んでも最悪の後味だ。
「待ってください、村長。俺はリベルタと結婚します!」
「……は?」
「え?」
「きゃああああ!!」
三者三様の反応に、冷や汗が出てきた。
「妻に迎え、俺の庇護と監視下に入れます。もちろん、種族がバレないように策は講じます。ラバーマスクでも鉄仮面でも、上手いこと誤魔化せるものを作ればいい」
言い切った。村長の結婚観が頭を掠め、他に何も思いつかなかった。だから言った。後悔は無い。
「リベルタさん!」
「あ、何だ?」
ハルがリベルタの手を握った。
「まずはご主人様好みの味噌汁の味から伝授しましょう!」
「ハル、姑じゃないんだから」
「そもそも貴様、どういう思考回路でそんな発言が飛び出したんだ? 本当は頭に虫が湧くスキルでも持っているんじゃないのか?」
リベルタはひどい言い草だ。当然だと思う。
「……んん!」
村長の咳払いで、全員が一旦正気に戻る。しかし、ここから何をすればいいのか、頭が白紙になってさっぱり分からない。村長は深く息を吐き、告げた。
「別に止めやしねえが、やるなら余所でやってくれ」
つまり――
「見逃してやる。その魔族連れて俺の村から出ていきな」
戦闘は無くなった。予定通り、黒砂村を出て新天地を探せばいいということだ。立ち去る魁たちの背に、エイリークが声をかける。
「ところでカイよ、お前さんどこへ行く気だ?」
行先など決まっているわけがない。強いて言うなら――
「月ですかね」
怪訝顔の村長を置いて、三人は村の外に出た。見張りのスノッリには素材調達の旅と嘘をついて。
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