押し込み強盗の魔族

 深夜、魁の家にけたたましい音が響いた。甲高い音と低い音の二重奏に、細かく何かを叩くような音。泥棒騒ぎから三日後のことだった。

 警報装置が作動したのだ。銅貨などから作った赤外線ダイオードとセンサーが、人の動きを感知して通電し、鍋に張り付けたピエゾ素子を振動させる。電池は木炭と食塩で作ることができた。“ファクトリー”スキルは万能だ。いくらでも応用が利く。

「ご主人様!」

 同じベッドで待機状態にあったハルが即座に覚醒し、魁の身を案じる。寝室に問題はない。警報が作動したのは、厨房の方だ。しかし、まさか自分の家が狙われるとは思わなかった。空き地を利用したため、他の人家から少し外れた場所にあるのがまずかったか。それとも、外見から単なる土蔵のように思われたのかも知れない。あるいはスキルの実験で作って保管してある珍奇な機械を狙ったという可能性もある。

 厨房に駆け付けると、背の低い影がいきなり掴みかかってきた。影は背後に回り、喉に冷たいものを当てる。鏃だ。柄の折れた矢が、魁の喉を掻き切ろうとしていた。

「面妖な仕掛けを使う。スキル使いと知っていればこんな失態は犯さなかったものを。――おい人間、大人しく食料を渡せば命は見逃してやるぞ。そこの女に包ませろ」

「な、なんたる狼藉! ご主人様、今お助けいたします!」

「その必要はないよ」

 魁は指の第一関節を曲げ、肘に仕組まれたものを発動した。

「!?」

 高電圧が肘から流れ、スタンガンが襲撃者の神経に衝撃を与える。護身用に、寝ている間でも装備していた。絶縁体としてなめし皮を巻き、二重のピンで作動するオリジナルの設計だ。エイリークとの訓練の賜物か、急な荒事でも冷静に身体が動いてくれた。襲撃者が倒れる。

「これって……」

 襲撃者は少女だった。黒い髪、黒い肌。垢と化膿した傷口が不快な臭気を放っている。そして、その耳は長く尖っていた。魔族だ。

「おい職人さん、どうしたんだ!」

 村の住人が騒ぎを聞きつけてやってきた。魁は素早くハルに命じる。

「実験中の機械が誤作動してしまった、と嘘をついてくれ」

「分かりました、ご主人様」

 ハルが玄関まで駆けだした。引き渡せば、おそらく彼女は問答無用で殺される。『命までは取らない』と言った者に対し、それはフェアではないと思った。

 床をスキルで変形させ、少女の身動きが取れないようにする。数秒後に覚醒し、うわごとのように呻いた。

「私が殺したのに……。私が殺したんだ……あの“赫獄”を……。なのに、私には何も……何も……!」

「……」

 思い出すのは、ソレントと対峙した際の強烈な狙撃。兜ごと首を千切り、木に縫い留めたあの矢――この少女が放ったというのか。少女は体力の限界に達したか、再び気を失った。



 重油ランプのみが照らす暗い空間は地下室だ。一か所だけの空気穴を除けば、出入り口すら存在しない。スキルが生み出した完全な密室。簡易的に作ったベッドに少女が寝ている。身体を拭き、傷口の処置を済ませ、魔族に対する最低限の警戒として拘束されている少女が。

「なぜ、ここまでされたんです?」

 基本的に、命が関わらない限り主人に忠実なハルが疑問を挟んだ。強盗相手にここまでする必要があるのか、という意味だ。

「命の恩人なんだよ、この子は。ソレントを殺したと、そう言っていた」

「……!」

 ハルにとっても、最初のスキル使い“赫獄”ソレントとの対峙は印象に残っている。エイリークによると物凄く強い英雄だったそうだが、唐突な狙撃であえなく戦死した。その狙撃を成したのが、この十代そこそこにしか見えない少女だと、本人は主張している。

「……ここは」

 少女が身を起こした。か細い声だが、魁は二度と目を覚まさないのではないかと危惧すらしていた。目覚めたことに対し、素直に安堵する。

「俺の家の地下室だよ。安心してくれ、まず絶対に見つからないと思うよ」

「貴様……!」

 少女は魁を認識すると、身を激しく捩った。その時点で、自分が拘束されていると気づいたようで、すぐに無駄な抵抗を諦める。

「ダークエルフを嬲りものにする人間がいるとはな。百年の終わりにしてはつまらん最期だ」

 脱力し、息を大きく吐く。何か勘違いしているようだ。

「ご主人様がかように下品な行為に及ぶ訳がありません! この澄んだ瞳と優し気なかんばせに気品漂う立ち姿、柳のごとく細い腰と引き締まったヒップ等々素晴らしい容姿で察してくださいな!」

「ハル、少し落ち着こう。お前は緩めの粥でも持ってきてくれ」

「かしこまりましたー!」

 出入り口と螺旋階段をその場で作ると、ハルは地下室から出て行った。

「なんだ、あの女」

「ちょっと一言では表現できないな」

 警戒から呆れに移行した少女は、ため息交じりに言う。

「それで、嬲りものにする気が無いのなら、私に何の用だ? 善意で助けたのだとしたら、貴様は相当な無知か馬鹿だな。仲間に首を斬られるのがオチだぞ」

「多分、俺はその両方だ。でも、命の恩人を放ってはおけないさ」

「……誰かと思えば、あの時“赫獄”と口論をしていた男女か。成程、命の恩人と言えば命の恩人だな。とはいえ『共犯』とも言える関係だが」

 少女は低く笑う。『共犯』とは、戦局を左右する力を持ったソレントを死に追いやり、人間を敗北させたことを指していた。

「リベルタという。ダークエルフのリベルタだ」

「そっちから名乗ってくれて嬉しい。俺は魁だ。“ファクトリー”というスキルを使う。欲しいものがあれば、武器以外だったら作ってやれるよ」

 魔族に関しては、一切話の通じない怪物としか面識がなかったが、リベルタはどうも違うようだ。

「そこまで世話になるつもりもない。ある程度回復したら出ていくよ。とはいえ行き場もないがな。脱走兵の私は、ポルシアからもカストリアからも追われているのだから」

「脱走兵」

 あの浜辺を最後に、怪物の軍勢から逃げ出したということだ。

「百年間、最前線で戦い続けてきた。攻城弓兵という使い捨ての駒として。ようやく敵の英雄を討ち取り、名誉が得られるかと思えば何の見返りも無い。武功と名誉を重視するポルシア軍も、ダークエルフに対しては例外だ。最も不名誉とされる脱走をしたところで、失うものなど何もなかったんだ、私には」

 語り終わったリベルタは虚無的に笑った。その虚無感に、薬漬けにされ、私生活を捨てて会社に尽くしていた自分を思い出す。無論、リベルタと魁の置かれた状況は全く異なるものだが。

「行き場がどこにも無い人間なんていないよ」

 魁の口を突いて出てきた言葉は、そんなものだった。根拠など無い。ただ、彼女の言葉を否定したかっただけかもしれない。偶然たどり着いた場所で、他人に必要とされて生きる場所を見つけた魁が言っても薄っぺらいだけだ。発言した後で恥ずかしくなってきた。ハルならどうとでも解釈して全肯定してくれるのだろうが。

「君はどんな場所に行きたいんだ? 今この世界に無くてもいい。頭の中にあるだけの理想郷でも、吐き出してみればいいんじゃないかな」

 誤魔化すように続けた魁に、リベルタはぼそりと返した。

「……月に行きたい」

「うん?」

 月が理想郷とはどういう意味なのだろうか。月に桃源郷が在るとか、そういう伝承でも存在するのだろうか。

「……忘れろ。まだ傷のせいで熱がある。妄言を吐くこともあるだろう。――ところで、まだ拘束を解いてもらう訳にはいかないだろうか。まあ、所詮は魔族相手だ、信用しきれんのも無理はない」

 慌てて拘束を外した。リベルタは魁を襲うでもなく、腕を枕にして微笑んだ。

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