行き当たりばったりの異世界生活、開始

 村の自警隊と名乗った面々は、村のそこかしこにたむろしている国軍の兵士よりも立派な装備を着込んでいた。国軍兵が雑に打ち出した胸当てや鍔の広いヘルメットを装備している一方、自警隊は細かく編まれた鎖帷子や将軍のような彫金を施した全身鎧を装備している。言われなければ、どちらが国軍だか分かりはしないだろう。

「良い鎧ですね」

 と、魁が褒めてみると、男は少し気を良くしたようだった。

「何せこの黒砂村は“鋼纏はがねまとい”が仕切っているからな。まあ、有名だったのは十年前までだから、お前は知らんかもしれないが」

「“鋼纏”……」

 それが村長の名なのか。“赫獄”と同じ二つ名だろうが、となれば村長はスキル使いなのだろうか。

 用心のためと称してぴたりと張り付くハルと村を歩いていると、一軒の建物に着いた。他の木造の家と大した違いはない、質素な住居だった。

「おいエイリーク、約束のお客さんだぞ!」

 意外と、村長との距離は気安いようだ。奥からのっそりと姿を現したのは、長い金髪にヒゲを軽く伸ばした巨漢だ。彼はいかにも豪放磊落といった外見から、人の良い笑みで魁に近づき、手を差し出した。握手の文化があるということに少し安心する。

「村長のエイリークだ。ちょっと前までは“鋼纏”の名で傭兵をやってた。ま、膝をやられたのと、王が常備軍を整備しちまったんで引退したんだがな。お前らの名は? 二つ名は持ってるのか?」

「阿部魁と申します。正直に言うと、スキルは使えるようになったばかりで二つ名なんてとても持ってません。で、こっちは」

「ハルと申します」

 厚い掌を握る。エイリークから手を離すと、家の奥に招き入れられた。切り株の椅子はまだ理解できるが、小人の着るような鎧が天板を支えるテーブルは意味不明なセンスだ。

「スキルは使えるようになったばかりっつってたな。そりゃいつ頃だ?」

「昨夜です」

「昨夜! ははは!」

 彼は椅子に腰を下ろし、妻と思われる女性から泡立つ液体を受け取った。木のカップに入った薄い液体は、果実のさわやかな香りがした。人数分あるが、ハルは飲めない。

「アヴェカイってのは聞かない名前だな。顔もここらの人間じゃねえ」

「阿部と魁で分けて読みます」

「名前が二つあるのか。じゃ、カイでいいな。……で、どっから来たんだ? まさかポルシアじゃねえだろうな」

 そのポルシアが何なのか、ここがどういう国なのか。怪物やスキルの事すら何も知らないのが今の魁だ。この機会に、エイリークから洗いざらい聞き出さねばならない。

「地球の日本という国から不本意に来てしまったのですが」

「知らねえな。カストリア……いや、双子大陸ディオスクリアのどの辺だ?」

「何も分からないんです。カストリアも、ディオスクリアも。スキルはおろか、魔族についても。この世界の何もかもが分からない」

 魁が不審に思われるのを前提で正直に話すと、案の定エイリークは怪訝な顔をする。

「……なんだそりゃ? 学がねえようにも見えないし、ド田舎の生まれにしちゃ貴族みてえな服を着ている。酔狂な魔族にでも飼われていたのか――ああ、もう言わなくていいや。考えるのめんどくせえ」

 エイリークは首を振り、果実酒を飲んだ。

「順を追って教えてやろう。俺は教師じゃねえから、分かりやすいとは言えねえがな。――まずこの世界にはカストリアとポルシアって大陸が二つ浮かんでる。合わせてディオスクリア、双子大陸だ。頭が南を向いた蝶みてえな形をしていて、大陸の間には海と運河がある」

 思い出したが、ディオスクロイといえばカストルとポルックス。ギリシア神話の双子だ。この果実酒もリンゴを使っているようだし、地球との共通点は多い。どういう理由かは知らないが。

「この黒砂村は中央海を挟んで西側、カストリアの北端半島全域を支配する大国、スヴェンランドに属している」

 ハルの磁力感知能力は間違っていなかった。北端の半島。詳しくは地図でも見なければ分からないだろうが。

「スキルは一部の才能ある人間の力だ。大昔は魔法だとか言われてたそうだな。一言で説明できないくらい色々ある。……ところでお前のスキルは何なんだ? 矢を作るだけか」

「刃物や単純な道具であれば大抵は作れます。素材は石や金属、木などを使います」

「報告にあった“鍛冶場”スキルか。“鍛冶場”のカイとでも呼べば……いや、二つ名はお前さんにゃ早そうだな。武器を作ったとこで、直接やりあえるようには思えない」

 エイリークの言うとおりだ。偶然あの人狼コレヒドールを殺すことはできたが、扱いは完全に素人。武器を作って供給するくらいならできるが、直接戦場に出ても死ぬだけだ。それだけは御免被りたい。

「運がいいな、お前。俺のスキルとそっくりだ。使い方を教えてやれねえこともない。この村に貢献してくれるんならな」

 エイリークは立ち上がり、部屋の隅に置いてあった割れ鍋や錆びた蹄など、鉄のガラクタに向き合う。その頭上に、“赫獄”のソレントに似た文字が浮かんだ。

「これが俺のスキル、“鋼纏”だ」

 雑多な鉄が溶け合い、エイリークの周囲に漂う。そして一瞬で形成されたのは、全身を覆う西洋甲冑だった。

「鉄から鎧を作る能力。砂鉄鉱床の村に生まれたからこんな能力になっちまったのか。まあ、神のみぞ知るってヤツだな」

 エイリークは指一本動かしていないにもかかわらず、鎧が外れた。鎧は彼の横に自立する。

「次に魔族だ」

 鎧の兜に角が生えた。

「二千年くらい前にポルシア大陸に沸いた連中は、世界の半分を一挙に支配しちまった。以来、俺たち人間と戦争を繰り返している。詳しいことは知らねえ。そして全員が全員やべえ狂信者だ。神の意志を標榜して、戦争の事しか頭にねえ」

 自ら好んで死んだオークのアレウス、それを称賛した周りの魔族。そして、何の躊躇もなく魁を殺そうとした人狼のコレヒドール。心当たりは既に嫌になる程あった。

「奴らの使うテックはスキルに似ているが、種族ごとに固定されている上にフィジカルに偏っている。スキルのように複雑な能力は上位魔族って連中しか持ってないそうだ。戦場で会ったことはねえがな。化け物ぞろいの運河戦線でもあるまいし、上位魔族を見て生き延びれる気はしねえよ」

 一通り喋り終えたエイリークは再びリンゴ酒を傾けた。杯が空になる。つられて魁もリンゴ酒を飲んだ。傷に軽いアルコールが沁みる。

「そういや怪我してるな、お前。待ってろ、薬草持ってきてやる」

 エイリークは深い緑色の草を持ってきた。ドクダミのような独特の臭気を持っている。

「使え」

「どうやって?」

 このまま渡されても、食べればいいのか煎じればいいのか分からない。

「潰して傷に塗り込むんだよ。どうやって生きてきたんだ、本当に」

 使い方は単純だった。効果の程は不明だが。

「あ、それでしたら私がいたします。ご主人様、顔をお上げください」

 主人と村長の会話から一歩引いて黙っていたハルが、久しぶりに口を開いた。草を魁の口に優しく塗り込む。

「嘘だろ」

 魁は驚いた。傷が治っている。単に草の汁を塗っただけだというのに。瘡蓋をはがすと、肌が溶接跡のようになっている。

「そりゃ、普通の人間は加護を持ってるから、薬草塗り込めば治るだろ」

 驚く魁に、エイリークが呆れて言う。まだまだ知る必要のあることだらけだ。



 村に兵士が多いのは、昨夜の戦争で大負けして逃げてきたからだとエイリークは言った。

「あの英雄“赫獄”のソレントが戦死しちまったのが響いたらしい。あれだけ大規模な奇襲、スキル持ちじゃねえと対応できねえしな」

 ソレントが戦死した原因の一端を担っておいて少々申し訳なくなるが、過ぎてしまったものはどうしようもない。

 敵の目的はあの浜辺という訳ではなく、ここから少し南下した場所に存在する軍港だ。“軍人王”と渾名されるスヴェンランド王ビョルン二世の辣腕により、すっかり制海権を失った魔族側は、輸送手段回復のために軍港閉塞を目論んだ。魁が目撃した軍勢の行き先は、軍港周辺の支城であろうということだ。

「その港も冬には凍る。奴らも冬には船を動かせなくなるから、それで戦争はリセットだ。魔族は撤退する他ない。連中はそれまで交易が回復できりゃ十分なんだろう」

「この村に来ることはあるんでしょうか」

 目下最大の心配事はそこだった。

「襲ってくるかどうかは五分五分だな。敗残兵が駐屯地に利用し始めたせいで、物資が集まってきてる。見たまんま、この村は半城塞化していて堅牢だから、魔族側が損害と利益をどう計算するか次第だ」

 魁とハルはエイリークに連れられて、今後の拠点を探している。タタラ場も含めて軍が使っているため、開いている家など無いと言われたが、『土地があれば試してみます』の一言だけで意図は伝わった。

 家一軒分の空き地に立ち、意識を集中すると、土壁が地面からせりあがってきた。壁は魁の能力で素焼き程度に固まり、立方体の覆いとなる。

 これだけではただの覆いだ。もう少し複雑な間取りなど考えなければならない。所詮、魁一人の思考能力では作れる物に限度がある。タブレットをフリックしてみると、イラストレーターのような画面に、単純な四角形が描画されていた。“ファクトリー”スキルには、設計補助機能も存在するようだ。壁と扉を書き込み部屋分けを実行。エイリークが少し驚いたように呟く。

「飲み込みの早い奴だな。昨夜目覚めたばかりとは思えねえ」

「ご主人様手ずから新しい愛の巣をお造りになられるとは、さすがです」

 ハルは完成品に手を合わせ、三百年ぶりに開帳された秘仏のように崇める。途中ハルが調達してきた固いパンなど食べながら、一通り家具が完成する頃には、気力が完全に無くなっていた。

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