安住の地(?)へのみちゆき
森を歩いている内に日が昇り、切り株が目立つようになってきた。人里が近いということだ。薪の積まれた木こり小屋は無人だったが、希望はわずかながら見えてきた。小屋の中には窯がある。火打石と乾燥した樹皮で火を熾し、拝借した鍋で沢の水を沸かす。体力的には余裕があり、脱水症状の気配も無かったが、安全な水の存在はありがたい。
不思議なもので、運動不足のエンジニアだった魁が、歩いているうちに疲れを感じることすら無くなってきた。ハルは心配して何度も休憩を提案してきたが、本当に体力は有り余るほどだった。口の血もとうに止まっている。二センチも裂かれたというのに、もう巻いたエプロンの下でカサブタができていた。
「もう包帯もいらないな。息苦しくて仕方ない」
「お預かりいたします。でも、本当に大丈夫なのですか?」
血の滲んだエプロンを魁から回収し、ハルが言った。
「喋るのにコツは要るけどね。元々死ぬような傷じゃないんだ、問題ないよ」
口の端を閉じながら、傷が開かないように喋る。興奮が失せたハルは、こちらを喋らせないように口数を減らしていた。魁は微笑して続ける。
「なんだか調子が良くてさ。薬の効果が続いているんだか」
昔の戦争では、覚せい剤の類が恐怖を紛らわせるために服用されたと聞く。
「それともこいつのせいかも知れない」
魁はタブレットを取り出した。自宅で使っていたものと同じ外見の、なんということはないタッチパネルだ。画面には相変わらず『FACTORY』の文字。小屋の隅に積まれていた鉄釘を集め、足元に置く。
「ナイフだ」
呟けば、文字は『KNIFE』に変化し、釘は魁が想像した通りのボウイナイフに変化した。爪に軽く立てただけでも分かる鋭い刃だ。悪いとは思いつつ、小屋に置いてあった干し肉を、カビを避けてスライス。火で炙って口にした。
「釘に戻れ」
画面の文字は『KNIFE』から『NAIL』に。ナイフは元の釘に戻った。
「ご主人様、これは――」
「うん、あのソレントやコレヒドールと同じ」
道すがら石や土、そして木の枝などを変形させているうちに、掴めてきた。コレヒドールを貫いた時点では唐突すぎて何も呑み込めなかったが、流石に今の段階では認めざるを得ない。スキル、テック――そう彼らが呼んでいた超能力に、魁も目覚めたのだ。
「テックかスキル、“
石に使えば、二酸化ケイ素を純化させて、水晶のような物を作ることができた。使えるようになったばかりでその能力は未知数。ナイフなど単純な形の物しか作れない。
「たった数時間でここまで扱えるようになったご主人様は素晴らしいです。ああ、できることならご主人様をもっと長々と褒めちぎりたい……。でもここは我慢の時です。お怪我をされているご主人様を、無駄に喋らせてはいけません。いえ、ご主人様の言葉はこれ全て金科玉条。無駄な言葉など何一つありませんが」
一人で悶えるハルを横に、魁は室内を見渡す。カビた干し肉の他に食べるようなものはない。斧や鍋など、鉄製品が目立つ。窯も鋳鉄製だ。
斧を手に取った。柄の削り方や、鍛造時の打痕、読めない文字での銘打ちを見るに、全てハンドメイドの品だ。加工技術はそれなりだが、工業製品らしい物はどこにもない。プラスチックや磁器製品、紙すらも一切存在しない空間は、まるで中世に迷い込んだようだった。
「まさかタイムスリップでもしたのか。でもそれじゃ、あの怪物と超能力の説明がつかない」
極めて非現実的だが、現状を説明するのに一番しっくりする理由は一つだけだった。
「俺たちは地球とは異なる世界――異世界に迷い込んでしまったとしか思えない」
ハルはメタラーのように頭を振り、最大限の同意を表明した。
小屋を出て一時間後、ようやく森を抜け、集落が見えた。川の近くの小高い丘に、杭で囲った一角が存在する。周辺には青々とした麦畑。人里に違いない。
「やりましたね、ご主人様」
「ああ、後は住人が人の顔をしていて、武器を向けてこないことを祈ろう」
結論から言うと、武器を向けられた。
弓を構え、鎖帷子を着込んだ屈強な男たちが魁を睨む。
「生憎、避難民を受け入れるだけの余裕はないぞ! すまんが夫婦まとめて他をあたってくれ! 魔族の偽装という可能性もあるしな!」
物見櫓から下される言葉は無情なものだった。ハルはまた別の感想を持ったようだったが。
「ふ、ふふふふ夫婦って言いましたよね、あの方!? ふ、ふふふふふ……! いえ、素晴らしいご感性をお持ちですが、私はご主人様のメイドロボ。妻などとあまりに烏滸がましい。うふふふふ」
まともな対人能力の無くなったハルを放置し、櫓の上の男に返答する。
「俺は武器を作る能力を持っています! きっと役に立つと思うので、受け入れてください!」
地面から、百本単位の矢を一瞬で生み出した。土を加工したものなので脆く、重量バランスが劣悪なため使い物にはならないだろう。鏃だけなら単分子の鋭さを持っているのだが。
それでも、デモンストレーションとしては十分だ。この世界ではこういった超能力は当たり前のものとして存在する。下手に隠すよりも明かした方が利益になると判断した。有用性を示せば、それなりの待遇で迎えてくれえるに違いない。
「おお、スキルか! 忌々しいテックの刺青ではなくオーリア文字が出たところを見るに、お前は間違いなく人間だな! 村長に会わせるので少し待て!」
目論見は当たった。ハルと目を合わせ、この世界で初めての成功を小さく祝す。
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