第5話 音楽の力を借りて
さて、前回は私にとっての第二の処女作である『AI』という物語を執筆した時のことをお話しましたが、それを読んだあなたは次のような疑問を抱いたかもしれません。
その作品はカクヨム甲子園に挑戦しなかったの?
はい。この年はどこにも応募しませんでした。元々コンクール目当てで文芸部に入部したくせに、『AI』を書き終えた私にはそんな気力はカケラも残っていなかったのです。
正直言って、小説なんて書き上げるのがやっと。とてもコンクールなんて覚束ない。それよりも半年後にまたやって来る文芸部誌に集中しなくちゃ。そう考えた私は、早々に新作の準備に取り掛かかることにしたのです。
こうして次に書き上げた作品が、都立高校シリーズの『檸檬』(部誌掲載時は『lemon』)でした。これは、当時大ヒットしていた米津玄師さんの『Lemon』にインスパイアされて思いついた中編です。
「思いついた」と言う通り、『檸檬』はこれまでの『残夏』や『AI』とは、物語が出来るまでの経緯が違います。『残夏』と『AI』はある日突然頭の中に降って湧いた物語でしたが、『檸檬』は米津玄師さんの『Lemon』に抱いたほんの小さな違和感を核に、自分自身の実体験を幾重にも巻き付けて創り出した物語でした。
ちなみに違和感を抱いたのは、2番の「この先もう、これ以上傷つくことはないだろう」という箇所です。『Lemon』はひと言で言えば亡き人を偲ぶ歌ですから、私は、この歌の主人公が誰かの死によって「これ以上ないくらい傷ついた」という嘆きに小さな引っ掛かりを感じたのです。
大切な人を失って、「傷ついた」って?
普通は「悲しむ」か「苦しむ」ものじゃないの?
その違和感が、「これ以上はない程傷つく出来事ってなんだろう?」という疑問に変わり、やがて「信じていた人から裏切られたらそうなるかも」という考えに辿り着きました。そしてこの時の考察が、当時悩んでいたある出来事と結びついて、私は初めて体験を元に小説を書くことを「思いついた」のです。
ある出来事。
それは、親しくなれた筈の人物から、あっさり切り捨てられた経験です。昨日まで確かに無邪気に笑いあえていたのに、今日は話しかけても返事すらしてくれない──そんな経験をしたばかりだった私は記憶をたぐり、小説に使えそうなエピソードを頭の中から掘り起こしました。そしてそれらのエピソードを、時には時系列を変え、時には人物を替え、時には曲解し……と、私自身が納得できる「作り話」に仕立て直していったのです。
私の身に起きた出来事なんて、今振り返れば取るに足らない些細なことばかりです。けれどもそんな小さな出来事の積み重ねでも、『Lemon』という名曲の雰囲気を借りれば青春小説になるのですから不思議ですよね。
『檸檬』は『残夏』とはまた違った意味で、書いていて辛い物語でもありました。
と言うのもその物語の中で、私自身の分身である筈の主人公は、最後の最後に「これ以上ないくらい傷つく」のですから。自分自身が傷つけられた体験を昇華する為に書き始めた小説でしたが、書き進む程に辛い結末が見えて来て、私は段々と陰鬱な気分に沈み込んでいきました。
そんな私を励ましたてくれたのが、King Gnuの『白日』です。この歌の「意図せずに他者を傷つけてしまった者の後悔と苦悩」というテーマが主人公のありようと重なり、私は悲しみに酔うことで、最後までモチベーションを維持することができました。
この時の経験から、私は執筆時にはBGMを流すようにしています。『残夏』を仕上げた時は、King & Princeの『Naughty Girl』をヘビロテしまくりましたし、『たんぽぽ娘』ではショパンをずっと聴いていました。
あなたも執筆が捗らない時は、しっくりくるBGMを探してみてはいかがですか?
あなたが思っているよりもずっと、音楽は創作意欲を掻き立てます。
好きな曲を聴いて心を潤せば、キーボードの上でこわばって立ち止まってしまったあなたの指も、きっと再びなめらかに動き出すことでしょう。
次回の更新(2021/05/01/22:02)では、私が初めてプロットを組み立てた時の経験をお話ししたいと思います。
(2021/04/29/22:49 記)
(2021/05/08/09:03 改稿)
(2021/07/14/13:29 改稿)
(2022/08/31/06:52 改稿)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます