36.ダンジョンの掟

 証拠になりそうなものや金になるものを回収し終えた三人は、少し離れた場所に隠してあった荷車に女性を乗せる。


 彼らの身体能力なら背負ったままでも移動できるが、ここは迷宮ダンジョン内だ。

 すぐに戦闘準備ができるようにしておきたい。


 それに傷をつけない契約で仕事を受けたので、万が一落として骨折などさせてしまったら、とんでもないことになる。


 リーダーの男は、部下にこういう準備を怠らないことが成功の鍵だと、いつも口うるさく言っていた。

 もうここまで来れば、仕事に失敗はないと思われたとき、急に辺りが霧に覆われ始め、視界が悪くなる。


「止まれ……警戒だ……」


 リーダーのエドが部下の二人に指示を出す。


「!」


 耳を済ませると風切り音のようなものが聞こえた。

 ――咄嗟に身をかがめるエド。


「ぐあぁ!」


 視界を遮っていた霧はその後すぐに晴れた。

 そしてリーダーの目に飛び込んできた光景は悲惨なものだった。


 ハドソンの右目に突き刺さっているシンプルなデザインのナイフ。

 その猛烈な痛みにハドソンはのたうち回っている。


 そして音もなく死亡した一番若いヒューゴ。

 リーダーのエドが先程殺した護衛の男のように、喉を斬られ叫び声を上げられないように殺されていた。



 エドは死んだ部下を認識した瞬間、戦うか逃げるかを瞬時に判断する。

 僅かな思考の後、逃げの選択を取ることにしたようだ。


 敵の数は見えているだけで三人。

 一人は男、二人は女だ。

 身につけている装備から、迷宮ダンジョン探索にきた能力者であることが分かる。


 もしかしたらもう通報され、急がなければ出口が封鎖されてしまうかもしれない。

 エドは依頼で気絶させていた女は諦め、自分が生き残る方法を模索していた。


舞佳まいか、ナイス!」

「ええ、ありがとう。香織かおりもサポート完璧だったわ」

「あの女性大丈夫でしょうか? ちょっと許せませんね……」


 現れた三人は大晴たいせいと舞佳と香織だ。

 彼らは〈ザ・ブレイブ〉に所属する能力者で、この迷宮ダンジョンの探索から帰ろうとした所、エドたちが人を運んでいるのを発見した。


 なぜ奇襲をしたのかと言うと、現在このフロアは〈ザ・ブレイブ〉と〈クロスウェイブ〉の貸し切りのはずだからだ。

 運ばれている女性は〈クロスウェイブ〉の印を見に付けていたので、無印の男たちに襲われたのだと予想した。


 基本的に迷宮ダンジョン内はお互いに信頼しないという掟があるのだが、そればかりではなかなか探索できないという問題点がある。

 解決策としてそのフロアを探索できるクランを絞り、それ以外は敵、というように決めているのだ。


 今回一緒のフロアで探索申請があったのは〈クロスウェイブ〉のみで、このクランは〈ザ・ブレイブ〉の下部組織的な立ち位置だ。

 依頼や探索で行動を共にすることも多く、団長同士仲が良いので、助け合っている。


 加えて死亡した団員と思われる死体に〈サイコメトリー〉を発動して、死体の残留思念を情報化すると、案の定男たちは黒だということが判明した。


 彼らNES所属のクランは法が適用される迷宮ダンジョン外では、もちろん法を侵さないようにしている。

 しかし法の適用外である迷宮ダンジョンでは、自分の身が危険に晒される前に人を殺すこともあるのだ。


 すでに、能力者として何年も迷宮ダンジョンで探索をしている大晴たちも、人を殺したことがあったのだろう。

 最適な行動であると理解して、戸惑いなく犯罪者を殺すのだった。

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