33.獅子奮迅のち傷弓之鳥

「え? え? ケイちゃん? 何この宮殿?」

「「「「……」」」」


 何故か世界が一瞬にして白に染まり、アルファたちと悪夢ナイトメアが、宮殿の玉座に座する慧の姿を凝視した。

 アルファはなんとか疑問を口にすることができたが、シュタールたち四人は口をポカンと開けて驚いている。


「ワイズ……どうだ?」

『ますたー。成功です〜。【夢幻世界】はもう発動できないと思うのですよ〜』

「俺は〈理想郷ユートピア・ヴァルハラ〉の強制力にもっていかれないよう、自分を保つので精一杯だ。悪夢ナイトメアにはワイズ……お前が対処してくれ」

『ますたー。りょーかいです!まっかせてください〜』


 そう言って、慧は王座に深く腰掛け、戦闘に関してはワイズに任せた。

 ワイズは、マスターである慧と自分の領域である〈理想郷ユートピア・ヴァルハラ〉で、好き勝手暴れる許可を初めて得る。


 ワイズは行動しやすいように姿を具現化させた。

 丸くて淡い青色の球体にシンプルな顔を表現する記号が並び、親しみやすさを覚える。


 しかし、確かにその場にはワイズという人工精神生命体がいるのだが、空間に出現した映像のように触れることはできない。


 普段は慧の精神世界や慧の魂力が及ぶ体の周囲でのみ生きることができたワイズは、〈理想郷ユートピア〉で活動の範囲を広げることに成功した。


 その球体の表面に表示された顔には、嬉しさが溢れ出ている。

 この世界内でなら自分の意思で現実に干渉できるようになったのだ。


 今までは画面越しに情報を得ることしかできなかったのに、その制限を超えられるようになったら、嬉しさが爆発してしまうのは当たり前ではないだろうか?


 案の定、ワイズは調子に乗り、一人で悪夢ナイトメアに立ち向かってしまった。

 今はワイズがこの世界を掌握しているが、それだけで勝てるほど悪夢ナイトメアも甘くはない。


【マザーゲート】によって壁となる配下を大量に召喚し、その全てを戦闘力3500相当のエニグマへと強制進化させる。

 それでも、この世界でのワイズの攻撃は、進化したエニグマでさえも一撃二撃で屠ることができる。


 ワイズの周囲に展開された、芸術的な魔法陣から魔術が行使され、雷撃が放たれる。

 それは今まで戦ったエニグマの中で最大の攻撃性能を有していた悪夢の竜眷属の魔術に似ていた。

 規模こそ小さかったものの、その破壊力は凄まじいもので、次々にエニグマを倒していく。


 更にワイズは自分の姿や物理情報の操作を行い、変身を繰り返し、様々な形態での戦闘を楽しんでいる。

 魔術だけでなく、肉体能力も試しているのだ。


 その姿もやはり、悪夢の竜眷属に似ている。

 竜眷属を倒したときにはワイズは誕生すらしていなかったのだが、ワイズの印象に残っているのだろうか?


 ワイズは竜眷属よりも小型だが、その機動力を生かした立ち回りも行っている。

 エニグマ相手に一騎当千の活躍ぶりだ。


 しかしエニグマの数が多すぎるため、悪夢ナイトメア本体には攻撃できなかった。


 ワイズは止めどなく召喚されるエニグマに足止めされ、悪夢ナイトメアの【封神】の発動を許してしまう。

【封神】の情報は無いが、文字から考えて神を封じるものだと容易に想像できる。


 〈理想郷ユートピア・ヴァルハラ〉での慧は、まさに神である。

 この世界の強制力で神になってしまった慧は、もろに【封神】の効果を受けてしまった。


 宮殿が消えていき、白い世界も閉じていく。

 このとき初めて、ワイズは自身の失態に気がついた。


 マスターである慧の顔を見ることができない。

 閉じていく世界の中でワイズは解決策を高速で模索するも、見つからない。

 自責の念を初めて抱いたワイズは、そのまま声を発することもできずに、白い世界を追い出され、慧の精神世界へと戻っていく。


【封神】の効果で神として世界を維持できなくなった慧は、アルファたちに守られるように地面に横たわっていた。


 世界が閉じただけでなく、魂力の操作すらできなくなった慧。

 その弱体化具合は途轍もなかった。

 数ヶ月前のただの先天覚醒者ア・プリオリだった頃よりも遥かに弱く、武器を持った軍人に勝つことも不可能だろう。


 そんな慧が戦闘に巻き込まれでもしたら、簡単に死んでしまう。

 守りに優れた能力を持つオドゥオールは、妖術で発芽させた植物の鎧を慧に纏わせた。


 その他の四人はゲートから溢れ出るように出現し、進化するエニグマの大群を必死に処理していく。


 再び戦況は振り出しに戻ったかと思われた――

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