26.初ダンジョンアタック

『ますたー。けっかいこわれたよ』

「そうか。よくやったぞワイズ。後は大丈夫だ。〈星の記録〉と接続するから、学習を再開してくれ」


 ワイズと呼ばれたその生命体は精神世界へと戻っていくと、創造主である慧の指示に従い、星の記録内の膨大な情報を泳ぐようにして学習し始めた。


 胡蝶の夢の性能を確認してアバターや武装を作成していたとき、偶然に誕生した人工精神生命体。

 ワイズはまだ生まれたばかりで、幼い子供並の能力しか無い。


 本来は自分の思考をコピーした生命体を精神上に作成して、行動と超能力制御などの役割分担を行うことで強化を望んだものだったのだが……

 どこかで失敗したのか、ワイズが生まれてしまった。

 加えて慧の精神世界に根付いてしまったので、削除もできない。


 仕方なくサポート用人工知能として使えるようになるまで、〈星の記録〉で情報を吸収させて成長を待つことになった。


「さて、行くぞ」


 慧の位置からマザーゲートへ入ると、そこは湿気の高い沼地が広がっていた。


「ん? さっきのエニグマがいないな」


 慧がマザーゲートに侵入する前に、ゲートに潜ったはずのエニグマの集団が見当たらない。

 不思議に思いながらも、進み始める。


 マザーゲートはエニグマたちのホームだ。

 侵入者に対しては迷宮ダンジョンとして牙を向き、エニグマに対しては安全地帯となる。


 マザーゲートはエニグマに対して地形的有利な場所へ自動転送を行うが、侵入者に対してはそのまま侵入を許すことになっている。

 つまり――マザーゲート内に逃げられてしまっては、広大な迷宮ダンジョン内で、同じエニグマを探し出すのは、ほぼ不可能だ。

 とことんエニグマに有利な場所として、マザーゲートは存在している。


「とりあえず、俺の転送先は沼地でした、っと」


 マザーゲートは広いので、合流することは難しい。

 しかし全員最奥の間に用があるから、そこで合流という話になった。


「一応近くなら合流しましょう」と決めていたので、アルファたちに場所を知らせたのだが……誰一人として近くにはいないようだった。


 それぞれが飛ばされた場所は――

 慧――沼地。

 アルファ――樹海。

 スキアー――草原。

 シュタール――山岳。

 オドゥオール――海洋。

 ツーユーたち――遺跡。


「やっぱりこの場所はすごいな。本当に異次元に繋がっているのか……まるで、仮想世界や精神世界のようだ」


 ゲートの光を抜けると、すぐに違う世界が広がる。

 沼地という場所で最悪な気分だが、常識を超えた超能力ですら再現が難しいものに、人生最大級の感動を覚えた。


 〈テレキネシス〉


 足場が悪いので、宙に浮かんで一気に抜ける。

 沼の中には何が潜んでいるか分からないし、強そうなエニグマの気配もしないことから、この沼地にいる価値を感じない。

 そう考えた慧は、速度を上げる。


「ワイズ、一応通ったルートは記録しておいてくれないか?」

『ますたー。りょーかいです』


 慧は学習中のワイズに悪いかと思ったが、同時に二つのことを処理するのは朝飯前だったようだ。

 しかし、学習効率は少し落ちてしまうため普段は学習に注力させた方が良いかもしれない。

 ワイズの教育方針も定めながら沼地を高速で移動するのだった。


 途中慧の存在に気がついて沼から顔を出した大きなミミズのようなエニグマも、次の瞬間には命を落としていく。

 邪魔になるエニグマは即座に精神汚染を用いて滅ぼし、時間的ロスも無く迷宮ダンジョンを進む。


 あまりにも戦闘力に差があると戦いの場にすら立てないことを知ると同時に、自分も逆の立場になる可能性を考慮していく。


 想力に覚醒してからも死にそうな戦いがいくつかあったが、それでも、最低限対峙してから戦闘になっていた。

 それすらも叶わない敵がいることを想定しないのは、愚者のすることだ。


 慧の心魂再構築という能力はそれを見越してのことに違いない。


 現在、慧の心魂再構築回数は五回。

 前回の死闘を経て、さらに能力に磨きをかけた慧は、これからもストックを増やしていくのだろう。

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