20.胡蝶の夢

「すぅ……はぁ……やるか。――〈胡蝶の夢〉――」


 精神は肉体へ影響を与えるが、それは普通、実現可能なものに限る。

 思い込みで頭が痛くなることはあるが、腕が増えたり、翼が生えたりしない。


 しかし〈胡蝶の夢〉はその限界を突破する。

 精神世界で思い描いたものを生み出すことや変身することができるようになるのだ。


「アガッ! ウゥ……」


 慧は自らの精神で思い描いた戦闘に特化した体に変身していく。


 その翼は空を飛ぶドラゴンのエニグマに対抗するため。

 その四肢はドラゴンの鱗でできた鎧をまとっているかのようだ。

 蛇のように縦長の瞳孔で相手を睨み、鋭い牙が口から覗いていた。


 それは神話上の存在である龍人、創作物に登場するドラゴニュート、こういった表現が相応しい姿だ。

 これを目撃した生物は等しく畏怖の念を抱くだろう。


 そして手に握られている剣――魔剣グラムの黒い刀身からは空気を切り裂く音が聞こえ、切れ味の良さが伝わってくる。

 この魔剣ならば、あのエニグマが有する頑丈な鱗も関係なく斬り捨てることができるだろう。


「ふぅ――はっ!」


 一息の間に繰り出された剣技がエニグマの翼を切断する。


「……へっ?」


 慧の剣の腕はエニグマに通用するかは微妙だ。

 だが、変身後の身体能力と魔剣の切れ味が合わさって、難なく攻撃が通った。

 修行の一環で剣術に触れたことがあるだけだった慧自身も驚きを隠せていない。


「シュタールほど洗練された剣技ではないが、それでも十分だったな」

「……QWGQWGQWGGGGGGGG」


 翼が切り落とされたことに遅れて気がついたエニグマは叫び声を上げる。

 痛みで魔法の維持も難しくなったため墜落し始める。

 その巨体が地面に叩きつけられると、まるで地震が起こったかのような揺れを感じた。


 機動力も失い、魔法の発動も維持もできなくなった。

 こうなってしまえば弱者は強者に蹂躙されるのみ。


「終わりだ……〈魂壊〉」


 魔剣グラムの黒い刀身へ魂力を流し、魂まで届く一撃を与えた。

 エニグマは声もなく崩れ去っていく。

 魂を破壊されれば何も残らないのだ。


 ――ピシッ!


 倒し終えると剣から嫌な音がした。

 慧の魂力に耐えきれず、魔剣グラムにヒビが入ってしまったのだ。


 超能力で生み出したものだから別に大丈夫、と思うかもしれないがそうはいかない。

 ここに〈胡蝶の夢〉の欠点が関わってくるのだ。


 現実に具現化するほど強く意識したものは、精神世界に根付いてしまう。

 まず〈胡蝶の夢〉で具現化するとき、精神世界でのイメージが現実に現れる。

 するとイメージに必要な精神世界の容量が永久的にそれに占領されてしまうのだ。


 根付いてしまったイメージは新しくすることはできない。

 魔剣グラムを精神世界に戻しても、次に呼び出したときはヒビが入ったままだ。


 精神世界という建物にいくつもある慧の部屋が、一部屋ずつ龍人と魔剣のものとなり、慧の部屋の総数が減る。

 慧の部屋が少なくなると思考力や精神力などが落ちていき、結果的に弱体化してしまう。


 これは相手との精神力の競り合いを軸に戦う慧にとっては死活問題だ。

 修理するなどして、再び武器として使えるようにしなければならない。

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