2章 悪夢

10.エニグマ

 エニグマ――世界会議ワールドサミットで正式に命名されたバケモノの呼び名。


 世界会議ワールドサミットに参加が求められたGroup of Psychicsグループ・オブ・サイキックスは、様々な情報を開示した。

 世界各地のエニグマの生態や中国の巨大エニグマの現在の情報、超能力者による討伐記録など。

 それらの情報を基に会議は進んでいく。


 会議はスムーズに進行していった。歴史上ここまで意見がまとまったことはなかったほどだ。

 まず、バケモノの名称がエニグマに統一され、強さのランク付けは後日の調査によって決められることとなった。


 次に、対エニグマ組織の設立だ。世界の国々が協力しなければならないという共通認識で、早急に設立されることだろう。


 そして、各国の主要都市の奪還作戦を立案した。

 中国の北京の巨大なエニグマは他の国と明らかにランクが違う。ここが決戦の地となるだろう。

 ワシントン、ロンドン、東京、ベルリン、モスクワなどが、重点的にNESの派遣場所になる。


 最後に、エニグマに関する重要な情報は隠さず共有することを各国は約束した。





 その後――


「皆様。本日はお集まりいただき誠に感謝いたします。本日司会を務める、Group of Psychicsグループ・オブ・サイキックスの代表補佐、スキアーと申します」


 スキアーと名乗った、長身の男性は澄んだ声で自己紹介をした。

 ここは、〈星の記録〉の演算領域の一部を利用した仮想世界サイバースペースとなっている。

 コンピュータとは次元の違う演算力によって、この場所に肉体を持って来ることができる。限定的な転移とも言えるだろう。

 この領域では、その演算力によって環境が形成され、過ごしやすい空間となっている。


 今回、能力が高い超能力者たちが招待され、それに応じた参加者たちは思い思いの方法で、会議の開始時間を待っていた。

 ――ネットゲームをするもの、食事を貪るもの、本を読むものなど、各人それぞれ自由気ままに過ごしている。


「早速ですが、現在世界がどうなっているのか簡単に説明いたします」


 スキアーが淡々と説明をしていくのに対し、参加者たちの様子は混沌としていた。

 彼らは会議を聞いていないかのように見えるが、並行処理能力がずば抜けているだけだ。


 表向きゲームをしているかのように見える人物は、本来の自分の人物像を隠して周りの様子を観察し、会議の話を聞くといった離れ業を行っている。

 この会議に招待された人物に一般人はいないのだ。

 その全てが、世界に混乱を振り撒けるほどの超能力者たちだ。


「……よって、世界会議ワールドサミットで対エニグマ組織――Nationalナショナル・ Enigmaエニグマ・ Squadスクワッド――NESの発足が確定しました」


 GP――Group of Psychicsグループ・オブ・サイキックスは普段、選択を迫ったりはしない。

 超能力者本人の自由意志に任せるスタンスをとっていたのだが、今回の事態を重く見たのかこの場所に招待した超能力者たちにNESの加入を強制した。


「――ということで皆様にはNESに所属していただき、エニグマとの戦闘に貢献してください」


 スキアーのその言葉で会議に静寂が訪れた……損益を天秤にかけ、各自判断をする。

 ――反対者は出なかったが、組織に所属することで行動を制限されると考えた者たちは、舌打ちや顔を歪めるなどして不満感を出していた。


 一方で〈星の記録〉の限定的使用権限を与えることを提示したため、その報酬欲しさに賛同するものも現れはじめた。


 それでも「ふざけんな!」「そんなのは横暴だ!」などと喚き散らすものはいる。


 この会議の参加条件は〈星の記録〉の使用権限が認められるほどの超能力者、となっている。

 実際この会議に参加している者たちは、この空間での〈星の記録〉限定的使用権限を与えられ、その便利さに舌を巻いていた。


 NESに加入すれば、現世でも〈星の記録〉が使えるようになる。

 この魅力には逆らえないだろうというGPの戦略だ。


 そして〈星の記録〉はGPが――実際はアルファ・セイントが権限の許可を条件付きで与えているのだ。


 その条件とは――

 一定の超能力技術を持っていること。

 〈星の記録〉を悪用しないこと。

 所有者同士敵対しないこと。

 有事の際はGPの指揮下に入ること。


 この四項目を破った度合いに応じ、注意、警告、戒告、剥奪、と権限に制限がかかっていく。


 未だ喚き散らすのは何も理解せず知ろうともしない、超能力だけは一丁前の子供のような者たちだ。

 何の努力もせず生まれ持った超能力で、社会の甘い汁だけを吸ってきていた者。

 一般人に対する優越感で傲慢になっている者。

 〈星の記録〉の条件を満たしているだけで、超能力者の中にも堕落する者たちは多くいる。

 力がある分、さらに厄介だ。


「皆様の不満も理解できます。が、今はまとまらなければ世界が滅びます……」


 説明を聞く気がない者たちがザワザワと騒がしい。

 スキアーの我慢も限界だった。


「中国北京市奪還に急ぎすぎた先天覚醒者ア・プリオリ一名、後天覚醒者ア・ポステリオリ十五名が死亡したんだぞ!」


 今まで淡々としていたスキアーが、事態を軽く見ているものが多いことに思わず声を荒げてしまった。

 静まり返った会議は一瞬静寂に包まれた。しかし、子供のように喚き散らす者たちが自らを省みることはなかった。


 一部のものが荒れた状態の会議の中、スキアーに声をかける女性がいた。


「スキアー冷静にな……大体候補者が絞ることができたから、それ以外の者たちはもう好きにさせておけ」


 彼女はGPのマスター、アルファ・セイント。この会議を後ろからひっそりと観察していたのだ。

 〈慧眼無双〉という、想力に覚醒したことで会得した瞳系の超能力。発動すると右目に金色の神聖幾何学模様が浮かび上がる。

 その瞳を静かに閉じたアルファは「もう満足だ」と会議の解散をスキアーに命じた。


 慧眼無双――本質を見抜く眼力が宿る。アルファが想力を用いて発動に成功した。


 その瞳に映った顔見知りの四人の想力覚醒者アポストルを残し、会議は解散となった。


 ――すでに会議から姿を消していた一人の想力覚醒者アポストルを記憶に残して……

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