8.神楽家使用人

「あ、もしもし俺だけど、『大晴様! 今どこですかっ! ご無事ですかっ!』」


 出たのは大晴の連絡担当者、ヤマさんだ。


「とりあえず無事だ、心配はいらない。げん爺に繋げてくれ」

『かしこまりました。少々お待ちください』


 大晴がげん爺と呼ぶ人は、神楽家使用人の筆頭である人物だ。

 すべての情報が一度、家令であるげん爺に集まる。

 だから、こういう時はげん爺に連絡を取ると良い。


『もしもし、大晴お坊ちゃん。どうかなさいましたか?』


 げん爺の落ち着いた声が聞こえた。


「げん爺、今ノースハット公園の地下通路にいるんだけど、混雑していて帰れそうにない。なんとかできないか? それと慧がバケモノの囮になっている。慧でも勝てるか分からないバケモノが出現したんだ。神楽武闘の達人を向かわせられないか?」


 大晴が早口で捲し立てる。


『少々お待ちを……まず、ヤマに迎えに行かせます。それでノースハット公園の地上に出てください。ですが、現在神楽家敷地内にバケモノが出現したとの報告が上がったので、帰ってくるのは逆に危険です』


 げん爺と呼ばれる人物は、大晴の早口を聞き漏らすこと無く理解し、情報を統合させながら説明する。

 大晴は冷静なげん爺の声を聞いて、落ち着きを取り戻した。


「分かった……それで、慧の応援はできそうにないか?」

『そうですね、こちらも今忙しいので……おや? お坊ちゃん、慧君の応援は必要ないみたいですよ。ちゃんと生きてます』

「本当か!」

『ええ、カメラに写っています。そちらに向かっているようですね』


 やはりげん爺はすごいと思わざるを得なかった。

 この状況での的確な判断と凄まじい情報力。

 いったいどれだけスペックが良いんだ……と大晴は改めて思ったのだった。


『右後方の非常用ドアでさらに地下へ向かってください。そこの貨物車両用道路がヤマの到着予定地です』

「ありがとう。げん爺も気をつけて」

『ええ、ありがとうございます。また後ほどお会いましょう』





 その頃、慧は地下通路を走っていた。先程の戦闘で上昇した身体能力で、どんどんスピードを上げていく。

 千里眼で大晴たちの状況を把握し、さらに地下へ向かう。


「ここは、貨物車両用道路か。この先に大晴たちがいるな」


「慧! 無事だったか!」

「ああ、なんとかなったよ……」


 大晴の心配を苦笑いで答える。

 服は所々破けていて、明らかに重症のはずだが、慧の体は既に癒えていた。


「いろいろあったんだ。落ち着いたら話すよ」

「分かった。今、ヤマさんを待っているところだ――慧も見ただろう? 人が溢れかえっている場所を」

「おそらく避難先でエニグマが出現したとかで、崩壊したんだろう」

「だから、ノースハット公園も安全ではないかもしれないと思って、げん爺に確認したんだけど――」


 大晴は慧がいない間に集めた情報を伝えていった。


「なるほど。今の所はノースハット公園は大丈夫なのか」


 むしろ神楽家の方が危険度は高そうだ。

 流石にあの悪夢の眷属級のバケモノとは、そうそう接敵しない……と、慧も思っている。

 あの強さのバケモノが一気に出現でもしたら、余裕で日本は終わるだろう。


「しっかし、げん爺さんの情報網はすごいな。素で千里眼でも持っているんじゃないのか?」


 お互い無事を確認できて、安心したようだ。軽い冗談を交わす。


 ――少しして、ヤマと呼ばれる人物が運転する空飛ぶ車スカイカーが到着した。

 車体が少しへこんでいる。何かあったのだろうか?


「ヤマ。車がへこんでいるが、ぶつけたのか?」

「大晴様。道中、バケモノに追われまして、轢き殺した衝撃で壁に擦ってしまいました」


 よく見ると、へこんでいる場所の反対側は擦れたような跡ができていた。


「無事で何よりだ。げん爺に何か言われたか?」

「え、あー。大晴様を迎えに行け、とだけ」

(『まったく、お坊ちゃんは連絡するのが遅すぎます。何としても再教育を……ブツブツ』と言っていたとは言いづらいな)


 ヤマは大晴に濁して伝えた。


 げん爺の教育――それは、あらゆるマナーや常識、神楽家の歴史などを学ぶというものだ。

 神楽家に仕える者たちや子息に対して行われるもので、食事と睡眠を最低限に延々と勉強するのだ。

 彼らの間では地獄教室などと言われている。


 地獄教室では、神楽家に一番詳しい使用人筆頭のげん爺が、忙しくて時間が無いにもかかわらず、子息や新人に短期集中型で知識を叩き込むものだ。

 げん爺が教育の必要ありと決めたら問答無用で開催される。

 ここだけは、たとえ神楽家の子息だろうと逆らえない。

 ちなみに、息女の教育はげん爺よりも適任者がいるため行われない。


 大晴も幼い頃、地獄教室を泣きながら卒業した身だ。

 それで勉強嫌いになったと言っても良い。


「それで、神楽家はどんな様子だった?」

「バケモノ相手に圧倒していましたよ。特に当主様が」

「親父……相変わらずか……はあ」


 大晴は戦闘狂な一面を持つ父親に対して、ため息をつく。

 神楽家当主はとても優秀な人物なのだが、戦いになると途端に敵に向かっていくのだ。

 その実力は大晴よりも上だ。

 大晴は後天覚醒者ア・ポステリオリの中で、中の上といったところに対し、大晴の父親は上の上だ。

 昔、慧に勝負を挑んで完敗してからというもの、日々鍛錬に勤しんでいる。


「まあ、親父なら大丈夫か……」

「ははは。大晴の親父さんは変わってないな」


 慧も神楽家の知り合いが無事で嬉しそうだ。

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