6.魂の覚醒(2)

 生まれてすぐ気づいてしまった親の汚い部分。幼い頃、親族に受けた暴力と迫害。

 悪意にさらされて始まった慧の人生だが……決して捨てた物じゃなかった。


 頼れる人が現れ、信頼できる友人ができ、超能力の深みを知って、やっと輝き出していた所だったのに!

 初めての死の恐怖。ただの死ではない。他者に蹂躙じゅうりんされ、無様に死を迎えようとしていた。


(死にたくない! 死にたくない! 初めて死の恐怖を味わった! 俺はまだ生きるんだ! 嫌だ! 俺に恐怖を与えたやつは許さない! 殺す! 必ず殺す!)


 そんな魂の叫び。

 心の奥では限界を迎えた慧が感情を爆発させていた。


 いつもの冷静さは無い。

 慧の心はいつも静かな水面のようだが――潜ってみると暴れ狂う濁流が顔を見せる。

 普段抑圧していた感情はついに決壊し、恐怖と怒りと悲しみが洪水のように流れ出した。


 ――是。

 ――汝の想い、賛するに値する。


 未だ感情が溢れ出ている慧に、新たな声が届いた。


 ――汝、生涯決して諦めるべからず。

 ――汝、生涯決して怠けるべからず。

 ――汝、生涯決して侵すべからず。

 ――汝、生涯決して負けるべからず。

 ――汝、生涯決して忘れるべからず。


 ――汝、この誓いを立て、破滅に抗う者か?


(……ああ)


 気持ちの整理がついて、いつもの冷静な慧に戻った。


 ――我が問答を通し、汝の覚悟、しかと見定めたり。

 ――誓いは想いに、想いは力に、力は覚悟に。

 ――想力に目覚めし魂よ、世――はまた――滅に――向かう、――よ。


 最後の言葉はノイズが走って理解できなかった。

 ただ、与えられたチャンスは無駄にはしない。

 慧は意識が体に戻っていく感覚と共に、目を逸らし続けていたバケモノと対峙する。


 バケモノは今から蹂躙する慧のことを見て、ニタニタとした顔を浮かべていた。実際には顔ではなく目玉だったが。


 慧は極限の中、幾度と繰り返した問答を思い出し、ゆっくりと見返す。

 その冷たい目の中には、殺意が蠢いていた。死を眼前に怯えていた数瞬前の慧は、もう過去の存在だ。


 バケモノはまだ慧が地面に倒れて怯えている弱者だと思っている。

 すでに立場は逆転していることに気づかず……


 あの問答によって慧は何を得たのか?

 それは、万を超える自己分析を行ったことで、あらわになった本心。

 埋もれていた精神の進化が起こったと言っても良い。

 精神の進化は、その想いの根源へと導き、魂を覚醒させる。


 〈精神感応『凪』〉


 慧の進化した超能力がバケモノの動きを止める。今回は相手の抵抗をしっかりと抑え込むことに成功していた。

 そして、慧は容赦のない追撃を加える。


 〈精神汚染〉


 この超能力は慧がたった今覚醒したものだ。〈星の記録〉にも登録されていない。

 精神感応との違いは、その攻撃性にある。


 精神感応はテレパシーとも言うように、伝えることに特化している。これを応用して動きを止めたり、正気に戻したりと汎用性の高い超能力だ。


 一方、精神汚染は文字通り汚染をする。想いや感情を管理する精神世界、精神世界にある自我、自我の根源である魂、これらを慧の裁量で汚染することができる。

 これを防ぐ策が無い精神は、慧の前に立つことさえできない。


 バケモノは自身の精神世界に閉じ込められ、さらに慧の汚染を許してしまった。

 徐々に崩壊する精神世界。自我に送られてきた慧の純粋な殺意。

 バケモノは抵抗することもできず、自我が汚染されてしまう。


 現実世界では、ちょうど慧が立ち上がったところだった。精神世界の時間は流れが速いのだ。


 精神世界が汚染されたことで肉体の崩壊が始まり、自我が汚染されたことで肉体の制御が奪われる。

 奪われた肉体は捻れて潰れていく。

 慧の操作によって全身が、まるで見えない力によって、握り潰されるように見えた。


 ――死を克服し、生命の限界バイオリミットを超越しました。

 ――〈世界名・地球〉において、使徒と認めます。


 慧がバケモノを倒したと感じたと同時に、先程とは違う音声が聞こえてきた。


 ――想力測定開始……測定完了。

 ――使徒パラメータ登録完了。

 ――ステータスを表示します。


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 名前:近衛慧

 性別:男

 年齢:17


 戦闘力:2405

 想力:1500


 称号:使徒

 討伐:悪夢の眷属

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