5.魂の覚醒(1)
走り始めて少し時間が立つ――人の目が完全に無くなってからは、〈テレキネシス〉を発動して壁を足場に、フロアを上がっていく。
テレキネシス――物体に念力を送り込み、それを操作する超能力。自身を念力で操作することで、その場に浮かぶことができる。
飛行ではなく浮遊であるため、単体で速く移動することはできない。
普通は走っている最中に壁などを足場にしたり、落下速度を落としたりするのに使用される。
「大晴、この角の先に、人間が二人と獣が二体いる。獣は一体ずつな」
「分かった」
角を曲がると、怪我をした少女たちと汚らしいバケモノがいた。
「大晴! お前は左の獣型をやれ! 俺は右の人型をやる」
「了解!」
慧と大晴は特に怪我もなく勝利する。〈精神感応〉で動きを止めていたので、あっさり終わってしまった。
「慧……終わったぞ」
思ったよりも脆かった獣にがっかりした様子の大晴。
そんな彼を無視して、慧は少女たちに話しかける。
「とにかく脱出するぞ――おい、君たち歩けるか?」
「わ、わたしは……大丈夫です。でも、その……彼女が怪我をしてて……」
「そうか……大晴、彼女を背負ってやれ」
大晴は、足を怪我した少女を背負う。
彼らはショッピングモール区画を脱出するべく、行動を開始した。
自己紹介を終えると、大分安心したのか張り詰めていた空気が緩んでいく。
しかし――すぐに緊迫した空気へ変わった。
「――少し待って……何かいる」
先頭を進んでいた慧が、後続に止まるように指示を出す。
〈千里眼〉
「まずいな……囲まれた……」
慧は遠くを見通す能力を使って先の通路の状況を確認する。
「落ち着いて聞いて――」
念を押すようにしてから状況を説明する。
「――という訳だ。前方の奴は俺が抑えるから、大晴の後に続いて駆け抜けろ。その先の立体交差点を抜ければ、ノースハット公園に着く」
「分かった。大丈夫だと思うが、気をつけろよ」
大晴は慧をかなり信頼している。先程のバケモノ程度、相手にならないことを知っているからだ。
(なんだこの悪寒は……さっきの小鬼とは違う)
それに近づくにつれて、増していく重圧。
そして漂う――肌に突き刺さるような死の気配。
慧の第六感が最大の警鐘を鳴らしていた。
「大晴、迷わず進め……」
「ああ……一人でいけるか?」
大晴も異様な空気感に不安を覚える。慧にいつもの余裕がないのだ。
「俺はなんとかやり過ごしたら、自力で逃げ出す……だから止まらず進め」
慧の指示に大晴は頷きで返した。
そしてついに――邂逅する。
「大晴! 行け!」
彼らの耳に届いた慧の言葉には、不思議な力がこもっていた。
言葉の意味が脳内を支配するような感覚――それが恐怖を和らげてくれたのだ。
慧は自分だけならこのバケモノから逃げられると考えていた。
――超能力を駆使すれば、可能であるだろうと……
だから、大晴たちが安全に逃げられるまで惹きつけておかなければならない。
「くっ……限界か!」
「gyooooooo!」
〈精神感応〉が解かれ、バケモノが動き出す。
「gyaxo! gobooo!」
〈精神感応〉で行動を制限されたことに怒っているようだ。
元が4m超えだった体躯は、さらに筋肉が膨張し、厚みを増す。
首から上には、頭ではなく大きな目玉が乗っている。それが充血し、皮膚には太い血管が浮き出ていく。
「gyaxo!」
バケモノは、慧ですら反応に遅れる速度でパンチを放った。
「カハッ!」
(追撃が来る……とにかく回避しなければ)
肺の空気が押し出され、一時的に呼吸困難に陥る。そしてあまりに強い衝撃は、慧の視力まで奪った。
〈千里眼〉
慧は範囲を絞り、バケモノのすべてを見透すように能力を発動し、行動を予測する。
しかし、千里眼による予測が僅かに追いついていない。
人智を超えた速度の複雑で巨大な筋肉の動きが、慧の予測を超え始める。
そしてついに――
――バケモノの速さに追いつかなくなった。
連続して重い攻撃がヒットする。そして――急に浮遊感を覚えた。
(……え?)
なんと、地下通路の天井付近まで投げ飛ばされたようだ。
急いで千里眼に意識を向けると、バケモノはすでに壁を足場にして走り出し、後ろにまで迫っていた。
――とっさに構えた弱々しい防御はあっさり突破され、地面に叩きつけられてしまう。
「……」
慧は人生で初めて、本当の死の恐怖を味わっていた。
自分の超能力が効かない……圧倒的なパワー、追いつけないスピード。
――挑むべきではなかった……
後悔しても、もう遅い。バケモノは大きな音を立て、慧の側へと着地した。
そして――
――時が止まる。
いや、意識だけが高速に働いているのだ。
バケモノは確実に向かってきている。
(……走馬灯というやつか? それにしては妙だな。何も過去の記憶を思い出したりしない。走馬灯ではないのか?)
こんなにも長々と思考をしていても、バケモノと慧の距離はほぼ変わらない。
――。――。
自分が死ぬまでの時間を永遠に引き伸ばされ、それなりの時間が経った頃、不思議な声が聞こえた。
それはバケモノ共が現れる前に聞いたものと、どこか似ている気がした。
――汝、神告を聞きし者か?
――汝、我が問答を交わす者か?
(……)
――沈黙は是なり。
――汝、何を想う?
(あんたが何者か気になる)
――否。
――汝、何を想う?
(どういうことだ? 「思う」ではなく「想う」なのは?)
慧は率直に気になったこと――相手がどういう存在なのか聞いたのだが、間違ったようだ。
(そもそも、何が起きている?)
――否。
――汝、何を想う?
(問答……相手が問いかけてるから、俺は答えなければいけないのか?)
少し混乱気味だった慧は落ち着きを取り戻し、相手の聞いていることを理解した。
(しかし何を想う――か……思うではなくて想う……結局何が聞きたいんだ?)
それから何百何千と問答が続いたが、否と返ってくるのみ。
――否。
――汝、何を想う?
(あー! もう! 何だって言うんだ! 何が間違っているんだ!)
何を答えても「否」と返ってくることに、慧は怒りを感じ始めた。
しかしその怒りも特殊な環境のおかげか、すぐに鎮火する。
(闇雲に答えていてはダメだ。多分、俺の心の奥底で想っていることについて聞いているんじゃないか? 目的は不明だけど)
それから――慧はこれまでの人生を振り返って、一つ一つ試していった。
生まれたときから超能力者であったこと。
暴力や迫害に怯まない幼子であったこと。
そのせいで、両親に気味悪がられたこと。
アルファ・セイントに出会ったこと。
超能力の修行を始めたこと。
友人ができたこと。
問答の回数が万に届いた頃――未だそれは続いていた。
(そろそろか)
慧は問答を続けていくうちに薄々、答えに気がついてしまっていた。
それでも何故、自身の人生の一から思い出し問答を続けたのか?
――その答えが今わかる……
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