4.不気味な音は滅亡の訪れ

 ――。


「ん? なあ、大晴。今何か聞こえなかったか?」


 微かにだが、頭に響くような音声が聞こえた気がした。


「いや? 気になる音は別に聞こえなかったが……」


 大晴は不思議そうに慧を見る。


 ――。――。


 やはり聞こえる。

 だが――自分以外には聞こえていないようだった。

(何かが起こりそうな予感がする。一応、警戒しておくか)


 ――。『――xuxuxu』


「慧。今何か聞こえたぞ」


 徐々に音が鮮明になっていく。ついに、大晴が違和感を感じる様になった。


「俺がさっきから聞こえていた音だ。まだ何も起きていないが、警戒だけは続けておけ」

「おう。分かった」


『――xuxuxu』

『――xugxugxug』


 二人は少しずつ大きくなっていく謎の音に、不吉さを感じていた。

 まるで世界が悲鳴を上げるように、意味不明な音声がどこからともなく響いてくる。


 そして――



 ――建物が崩れる轟音と耳を塞ぎたくなるほどの咆哮が聞こえてきた。


 あっちこっちで悲鳴が飛び交い、親とはぐれた子供の泣き声が、まるで洪水のようだった。

 それは、慧たちがいるショッピングモール区画にまで伝播した。

 明るく照らされていた区画内はすぐに暗闇へと変わり、強化ガラスの窓には赤い血が付着する。


「慧! テロか?」

「いや、銃声は聞こえない。意味不明な言語らしきものを話す人型や獣の鳴き声が聞こえるから、人間の仕業じゃない!」


 混乱が最高潮に達した。ある者は喚き、ある者は弱者を突き飛ばし、我先にと逃げ出す。


 ――が、大きな機械の駆動音がその混乱を打ち消す。異常事態鎮圧部隊の登場だ。

 最新の科学技術が搭載された戦車と装甲兵員輸送車が到着し、そこから出てきた軍人が次々と獣共を討ち取っていく。


 外にいる大型のトラック並のバケモノに、戦車の榴弾が炸裂する。これ以上建物を破壊されるのを防ぐことができた。

 しかし、建物内の小型のバケモノたちと民間人たちは入り乱れているため、そういった兵器での救出は困難だった。


 民間人に逃げる方向を指示して、誘導を開始する。

 獣たちを通さない防波堤の役割を担った隊員たちは、特殊な訓練を受けている者たちだ。

 それでも、未だ避難は完了しない。


 その勢いのよって徐々に押され始める。

 飢える獣共は仲間がやられても逃げ出さない。正気を失っていると言っても良い様子だ。

 このフロアの獣共を殲滅するまで終わらないだろう。

 隊長が長期戦になるだろうと再び指示を出そうとした時――急に獣共の動きが鈍くなった。


 〈精神感応〉


 慧の超能力だ。

 このフロア内の獣共は一斉に白目を剥き、意味のある行動をしなくなった。

 バケモノ共が発していた不快な声が、突如消えたことに気づかず逃げ惑っていた人々は、次第に落ち着きを取り戻し、様子をうかがう。


 何が起きたのか分からず呆然とする民間人と、素早く事態に対応し始める軍人。

 隊員たちは次々と獣共を倒し、人々を救助していく。


 地上一階フロアの殲滅が完了し、避難所への誘導が再開される。

 隊員たちに護衛されながら、地下通路へと入っていく民間人たち。

 その中に、超能力者の慧と大晴が紛れていた。

 殲滅後――なぜ獣共が行動停止したのか聞き回っていた軍人がいたが、名乗り出る者はいなかった。


「大晴。この獣、どう思う?」


 慧が声を潜めつつ尋ねる。


「――これは、召喚とかの超能力だったりするか?」

「いや、こんな大規模な能力を使える者は存在しない――人間にはな……」

「つまり、人間意外のなにかの仕業なのか?」

「別にそう決まったわけじゃない」

(――未知の超能力の可能性も一応残っているからな……)


 未知の超能力でもここまで大規模なものは無かった。


「それよりも大晴、家に連絡したのか?」

「いや、まだだ」

「これから何が起こるか分からない。生存報告や現在位置を伝えておいた方が良いぞ」


 神楽大晴――神楽家の次男。代々伝わる日本の名家だ。

 神楽家の当主は慧と知り合いのため、無事だと確信はしているが、本人からの報告は必要だろう。


 〈千里眼〉


 大晴が家に連絡をしている横で、慧はあたりの索敵をしていた。

(地下通路に獣はいないな――ん? 上のフロアにまだ人がいる……! それに獣の反応もあるぞ!)


「おい、大晴。避難に遅れた人がいる。助けに行くぞ」


 連絡の終わった大晴に言う。


「慧、お前って、他人に救いの手を差し伸べるようなヤツだったか?」

「そりゃあ、困っていたら助けるのは当たり前――」

「……」


 大晴が気味の悪いものを見たような視線を送ってくる。

 本来の慧がどんな人物か知っているためだ。


「……途中にいる獣共に、俺たちの力が通じるかどうかの実験をしに行くぞ。それに……最近実戦不足気味だったから」

「はあ……やっぱり、そういう目的だったか」


 非常事態でもいつも通りの慧に、毒気を抜かれる大晴であった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る