2.死の気配(2)
「大晴、迷わず進め……」
「ああ……一人でいけるか?」
慧は大晴の問いかけには明確に答えなかった。
大晴も異様な空気感に不安を覚える。慧にいつもの余裕がないのだ。
(俺がやるしか無い)
「――大晴、お前は舞佳たちと急いで避難所に向かえ」
徐々に濃くなっていく、死の気配。
「助けは必要ない。一般人にはどうせ対所不可能なバケモノだ。俺はなんとかやり過ごしたら、自力で逃げ出す……だから止まらず進め」
慧の指示に大晴は頷きで返した。
そしてついに――邂逅する。
「大晴! 行け!」
大晴たちはそれを見た時、動くことができなかった。だが、慧の声で大晴が最初に立て直した。
未だに動けていない舞佳の手を引き、背負った香織を落とさないように押さえ、走り出す。
大晴はただの一般人ではない。慧の修行によって、超能力を開花させた天才である。
生まれつきの超能力者である慧には遠く及ばないが、それでも銃撃程度なら見てから避けられるし、念力で防ぐこともできる。
そんな彼は、師匠であり修行仲間の慧のことを世界最強であると思っていた。
だが目の前の異形のバケモノを見た時、恐怖に支配されて動くことができなかった。
慧ですら逃げ出したいほどのバケモノなのだ。一般人には到底耐えられないだろう。
彼らの耳に届いた慧の言葉には、不思議な力がこもっていた。
言葉の意味が脳内を支配するような感覚――それが恐怖を和らげてくれたのだ。
(大晴が持ち直してくれたおかげでなんとかなったな。こいつを倒すことは無理だろうし、大晴たちを連れて逃げ切れるはずがなかったから、これが最善の選択だ)
慧は自分だけならこのバケモノから逃げられると考えていた。
――超能力を駆使すれば、可能であるだろうと……
だから、大晴たちが安全に逃げられるまで惹きつけておかなければならない。
「くっ……限界か!」
「gyooooooo!」
(〈精神感応〉が解かれた! 流石に小鬼のときのようにはいかないか)
精神感応――テレパシーとも呼ばれる超能力の1つ。
自分の精神と相手の精神をリンクさせ、情報のやり取りができる。
大晴たちを正気に戻し、恐怖を和らげたのはこの超能力だ。
目の前のバケモノや小鬼たちの動きを止めたのはそれの応用。
精神を乗っ取る意識で発動すると、相手がそれに抵抗し、肉体制御が疎かになることを利用する。
「gyaxo! gobooo!」
〈精神感応〉で行動を制限されたことに怒っているようだ。
元が4m超えだった体躯は、さらに筋肉が膨張し、厚みを増す。
首から上には、頭ではなく大きな目玉が乗っている。それが充血し、皮膚には太い血管が浮き出ていく。
「gyaxo!」
バケモノは、慧ですら反応に遅れる速度でパンチを放った。純粋な身体能力で、慧の強化された反応速度を超える動きができるのだ。
ただのパンチ。バケモノにとっては、軽い攻撃のつもりだったのだろう。
だが、慧はガードも間に合わず吹き飛ばされ、壁に衝突する。
「カハッ!」
(追撃が来る……とにかく回避しなければ)
肺の空気が押し出され、一時的に呼吸困難に陥る。そしてあまりに強い衝撃は、一瞬慧の視力まで奪った。
〈千里眼〉
慧は範囲を絞り、バケモノのすべてを見透すように能力を発動させた。
千里眼はただ遠くを見るだけの超能力ではない。
視覚とは別の感覚によって対象を鮮明に捉え、自身の情報処理能力を一時的に向上させるのだ。
つまり、対象の筋肉などの細かい動きを観察することで、増大した体感時間で次の行動を予測する、といったことが可能になる。
追撃を回避したと同時に、呼吸や視力も回復してきた。
しかし、千里眼による予測が僅かに追いついていない。
バケモノの筋肉や骨格が、人間と異なりすぎているのだ。
人智を超えた速度の複雑で巨大な筋肉の動きが、慧の予測を超え始める。
そしてついに――
――バケモノの速さに追いつかなくなった。
連続して重い攻撃がヒットする。そして――慧の意識が朦朧としてガードが崩れた時、急に浮遊感を覚えた。
(……え?)
なんと、10m以上はある地下通路の天井付近まで投げ飛ばされたようだ。
慧は視線を下に落とし、その投げ飛ばした本人を探す――が、見つからない。
急いで千里眼に意識を向けると、バケモノはすでに壁を足場にして走り出し、すぐ後ろまで迫っていた。
巨大な両手を合わせ、固く握る。それを天井を蹴った勢いと共に振り下ろしていた。
――慧は空中で体を制御し、腕で攻撃をガードする。
だが、とっさに構えた弱々しい防御はあっさり突破され、地面に叩きつけられてしまう。
「……」
慧は人生で初めて、本当の死の恐怖を味わっていた。
自分の超能力が効かない……圧倒的なパワー、追いつけないスピード。
――挑むべきではなかった……
後悔しても、もう遅い。バケモノは大きな音を立て、慧の側へと着地した。
そして――
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