エンディングアース【=】〜超越S級能力者は闘争を望む〜

稀有まばら

1章 魂の覚醒

1.死の気配(1)

 二人の少女たちの前に、獣に騎乗した小鬼は背負っていた剣を構えた。

 足や顔に血痕を付けた獣は目の前の餌に我慢できず涎を垂れ流し、汚らしい小鬼は醜悪な顔を歪ませ下卑た笑みを浮かべる。


 座り込んでいる少女は足を挫いたため逃げ遅れたようだ。その少女を隠すようにもう一人の少女は、湧き上がる恐怖に耐え小鬼たちと対峙していた。

 何故怪我をした少女を見捨てずに庇ったのか――そんな後悔を覚えてしまった自分の心にも絶望する。


 獣が動けなくなっていた少女たちを突き飛ばし、小鬼が接近する。

 照明が消えて暗くなった空間に、獣の牙と剣の刃が微かな光を反射しギラギラと輝いていた。

 少女たちはその下唇を噛み締める表情をして目を閉じる。

 目の前に迫る絶望――これから迎えるであろう死をただ受け入れるしかできなかった。


 獣の呼吸音と剣の微かな風切り音が聞こえる。


 お母さん……ごめん――




 ――本当ならすぐに感じるだろう痛みが、いつまで経っても来ない。


 固く閉じた瞼をゆっくりと開く。

 すると少女の目に映ったのは、微動だにしない切っ先。

 次に映ったのは、白目を剥いた状態で硬直する小鬼。

 そして同じく白目を剥き、だらしなく舌を垂らした状態で時が止まったかのように硬直する獣。


 少女は何が起きたのか理解できなかった。

 両者が動かない。ただ時間だけが過ぎていく。


 すると駆けるような足音が微かに聞こえ始めた。

 音が聞こえてくる方向は少女から見て、後方の曲がり角になっている通路の向こう側からだ。

 次は一体何が現れるのかと、少女は震えながら注視する。


 そして――少女の瞳に希望が宿った。


 そこにはこちらへ走ってくる二人の人物がいた。

 片方は細身だが不思議な雰囲気を漂わせる少年。暗くて視界が悪いのにも関わらず、その少年だけははっきり知覚できる。

 もう片方の人物は細身の少年と違って、逞しい肉体の持ち主の少年だ。


大晴たいせい! お前は左の獣型をやれ! 俺は右の人型をやる」

「了解!」


 その言葉と同時くらいに小鬼たちは動き始めた。

 細身の少年は動き出した小鬼の背後に素早く回り込み、首を捻ることで命を奪う。

 少女たちが恐怖したバケモノは、少年の手によって一瞬で倒されたのだった。

 混乱で声が出ない少女たちに彼らは近づいてきて言った。


けい……終わったぞ」


 声を発した人物をよく見ると、細身の慧と呼ばれた少年と同じ学生服を身に着けていた。

 少年たちはこの辺りの学生のようだ。

 彼らは学生の身でありながら、命を奪うことに躊躇いがない。少女は何者なんだろうか、と考え始めた。


「とにかく脱出するぞ――おい、君たち歩けるか?」

「わ、わたしは……大丈夫です。でも、その……彼女が怪我をしてて……」

「そうか……大晴、彼女を背負ってやれ」


 大晴と呼ばれた少年は、足を怪我した少女を軽々しく背負う。

 少年たちは逃げ遅れた少女二人と、危険なショッピングモール区画を脱出するべく、行動を開始する。


「俺たちは国立防衛大学附属軍事高校の三年生だ。名前は近衛慧このえけいという――よろしく」


 細身の少年は、移動中に簡易的な自己紹介をする。

 落ち着かない様子の少女たちをリラックスさせるためだ。


「同じく、神楽大晴かぐらたいせいだ。よろしくな」


 少女を背負う少年は、彼女たちを気付けるように清々しい笑みを浮かべた。

 次に背負われている少女が自己紹介をする。


「助けてくれてありがとう……私は国立大学=理論化学第二学校の一年生、姫宮舞佳ひめみやまいかよ」


 最後は彼女――勇敢な心を持ち、恐怖に立ち向かった少女だ。


「わ、わたしは、明日見香織あすみかおりです。国立大学=再生医療第一学校の一年生です。あの……助けていただきありがとうございました」


 自己紹介が終わる頃、ショッピングモール区画からの脱出に成功した。

 ここからは比較的安全な避難場所に向かうことにする。


 2099年の日本の地下には、巨大な通路が蜘蛛の巣状に広がっている。

 主要な建物はすべて地下通路で繋がっており、歩行者専用通路や貨物専用道路など種類が豊富にある。

 車が走行する道路もほぼすべて地下への移設が完了した。

 対して地上には何があるかというと、道路を削減した土地に巨大な研究施設や空飛ぶ車スカイカーの立体ステーションが建設されている。


 彼らは一番近い避難場所――ノースハット公園へ向けて、地下通路を進んでいく。

 すでに付近に人の気配は無い。

 避難勧告や移動は、それが迅速に行えるシステムが開発されているのだ。

 しかし――彼らはそれを無視したため、自力で避難場所まで逃げる必要がある。


 先程のバケモノと遭遇しないよう、慎重に通路を進む。


「――少し待って……何かいる」


 先頭を進んでいた慧が、声を落としながら後続に指示を出す。


「何があっ――『シッ!』」


 舞佳が声を掛けると、少し焦り気味の慧から静かにするように忠告された。


 〈千里眼〉


 慧が何かに集中し始めた。舞佳たちは何をしているのか分からなかったが、静かに慧を待つ。


「まずいな……囲まれた……」


 慧は遠くを見通す能力を使って先の通路の状況を確認する。


「落ち着いて聞いて――」


 念を押すようにしてから状況を説明する。


「――前と後ろから、バケモノが接近してきている」


 彼女たちはその知らせを聞いた時、先程の出来事を鮮明に思い出していた。

 ――さっきみたいに、彼らが倒してくれるだろうと……


「後方から来るやつに追いつかれない速度で走ろう。前方の奴は俺が抑えるから、大晴の後に続いて駆け抜けろ。その先の立体交差点を抜ければ、避難所のノースハット公園に着く。」

「分かった。大丈夫だと思うが、気をつけろよ」


 大晴は慧をかなり信頼している。先程のバケモノ程度、相手にならないことを知っているからだ。


 地下通路――停電発生時には予備電源に切り替わるシステムが当然のように配備されている。

 だが、広大な地下通路全体を照らすには不十分だ。

 そんな仄かな明かりは、暗闇を怪しくするだけだった。


「――大晴、舞佳、香織、まもなく接敵するぞ」

(まずい……なんだこの悪寒は……)


 常人よりも感覚の鋭い慧だけが気づけた違和感。

 それに近づくにつれて、増していく重圧。


(さっきの小鬼とは違う……)


 そして漂う――肌に突き刺さるような死の気配。

 慧の第六感が最大の警鐘を鳴らしていた。

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