疑惑 ※

午後の照りつける日差しの中、ひとり乾いたセールをヨット小屋に納めていると、港の方から、麦わら帽子を被り、白地のワンピースを着た女がこちらに向かって歩いて来るのが見えた。


(彼女じゃないか……)


穏やかな潮風に、後ろ髪が緩やかになびいていた。ヒール高いサンダルの、紐を結んだ足首はキュッと引き締まり、サワサワとワンピースの裾が風に踊ると、時折 膝頭が顔をのぞかせる。ノースリーブの肩からのびるしなやかな腕。白くつややかな顔肌は、遠目からでもきらきらと輝いていた。

暫く俺は、仕事の手を止め彼女を見詰めた。

見詰めると言うよりは、見惚れていた。


(何か用事か……)


目が合うと彼女は、俺を凝視したまま少し歩幅を広げ、早歩きで砂利道を一直線にこちらに向かって来た。彼女のむくれ顔に気付いた俺は、ハッとして空を仰ぐ。

ジリジリと照りつける日差しのせいか、額から垂れ落ちた汗が目に染みる。慌てて瞼を閉じ首のタオルで汗を拭っていると、抑揚の無い低い声で背中に声を掛けられた。


片目にタオルを当てたままチラと見る。頬を膨らませ、咎めるような視線を投げる彼女と目が合うと、俺は無意識に地面に顔を逸らした。


額の汗が止まらない。ふと渇いた砂に巣食う、蟻地獄が見えた気がした。



(勘弁してくれよ……)


俺は、ゴクリと生唾を飲み込んだ。



・・・


「太陽がいっぱい」

ニーノ・ロータ

https://youtu.be/KN2M4o5JYjY

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