第69話 暗殺者の奥の手

 突然、レルールに捕らえられていたラトーガ達の体が崩れ去り、消滅してしまう!


「なっ……」

 その光景に、この場にいた全員が二の句を繋げないでいた。

 だって、あの消え方は奴の分身が消滅する時といっしょだったから。


 つまり、本体は別にいる・・・・・・・


 その事実に気づいた私達は、一瞬で警戒体制に入った!

 うう、でもまさかラトーガが四人とも分身だったなんて……マシアラはあれがマックスみたいに言ってたけど、実際には何人まで分身できるのよ、あの暗殺者は!

 基本的に、四人になるのがベストっぽいから、あんまり大人数にはなれないのかもしれないけど、もう一度分身の総攻撃が来たら……今度こそ耐えられない!


 背中合わせになり、王様達を中心として円陣を組んだ私達は、視界の範囲ばかりでなく、上からの奇襲にも注意を払ってラトーガが出方を待った。

 相手は神出鬼没の暗殺者、どこから来るのか……。


 緊張感で、張り詰めた空気が室内が満たす。

 と、その時!


『あれ……?』

 なんとも普通に、入り口の扉を開いて室内に入ってきたラトーガの間の抜けた声が耳に届いた。

 え?本体は、部屋の外にいたってこと!?

 てっきり室内で機を伺ってばかりいると思っていた私達は、完全に虚を突かれた!

 しかし、予想外だったのは向こうも同じだったらしく、驚愕した様子で固まっている。


『え……ええっ!?わ、私の分身体が、全員やられたのかっ!?』

 ようやく状況を理解した暗殺者は、わかりやすいくらいに動揺しながら、こちらの戦力を確認すると、再び驚きの声を上げた。


『う、嘘っ!一人も殺れてない!? ま、まさかそこの天使どもが、力を貸したんじゃないだろうな!』

「ウホッ!」

『いや、ゴリラの返事じゃ、なに言ってるのかちょっとわかんない!』

「ゴリラエル様は『そんなことはしていない』とおっしゃっています!」

 すかさず、ゴリラエルさんのフォローに入るソルアハル。

 うん、さすがに、できる美少年は違う!


『くっ……まさか、本体わたしが少し外してる間に、こんな事になるなんて……』

 悔しげにラトーガは呟く。

 まぁ、実際はたまたまの偶然が重なっただけなんだけどね。


「……分身に暗殺を任せて、本体であるあなたは、一体なにをしていたのですか?」

 鎖の《神器》を構えながら、レルールが問いかける。

 言われてみれば、確かにそうだ。

 この場にいるのは、どの面子も魔族にとっては邪魔になる存在だもんね。

 それを分身に放り投げて、本体は姿をくらませていた。

 そこから予想できるのは、私達以外の標的を狙ったか、もしくは今後のために罠でも仕掛けたか……。

 なんにせよ、ここに戻って来るまで何をしていたのか、聞き出す必要はあるわね!


「ん!?」

 不意に、ウェネニーヴが鼻を鳴らしながら、怪訝な表情をする。

 どうしたのかしら……あっ!

 もしかして、匂いでラトーガが何をしていたのか、検討がついたとか!?


「ま、まさか……信じられません……」

「ど、どうしたの、ウェネニーヴ?」

 驚きを隠せない彼女の様子は、ただ事ではなさそう。

 ウェネニーヴは、目の前の敵から一体なにを感じ取ったというのだろうか!?


「魔界十将軍の一人、ラトーガ……あいつは……」

 うんうん、あいつは?

「あいつは、ここの部屋に来る前に、食事をしてきていますっ!」


 ……はい?

「ですから、ワタクシ達との戦いは分身に任せ、本体あいつはついさっきまで外で食事をしていたようなんです!」

「えーっと、あの……食事って、何かの暗喩じゃなくて?」

「はい!この香りは間違いありません!おそらくは、この国の名物料理のひとつ、『セイントサーモンの茸とバターの包み焼き』ですね!?」

 ズバリとラトーガを指差しながら、ウェネニーヴは問い詰める!

 するとラトーガは、ククク……と、肩を小さく揺らして含み笑いを漏らした。


正解エサクタ!』

 見事だと、ウェネニーヴを称えながら、拍手で返してきた。

 ほ、本当に食事をしてきたと言うの?

 いや、確かに、あの料理は美味しいけどさ……。


「……なぜ、今、食事そんなことを?」

 全くもって理解できないといった顔で、レルールが言葉を絞り出した。

『なぜと言われれば……』

 そこに何か、重要な理由でもあるのだろうか?

 ラトーガの返答を、レルール達は聞き逃すまいと息を飲んで言葉を待つ。


『朝御飯を食べてなくて、お腹が空いたから……かな?』

 普通だっ!あまりにも普通の答えだった!


「そ、そんな理由で納得できるとでも、お思いですかっ!」

『暗殺は分身体に任せて、本体はエネルギーの補充をしてくる……割りとまっとうな理由だと思う』

「ぬっ……」

 まぁ、ギリギリで筋は通っているラトーガの意見に、レルールは言葉に詰まる。

 しかし、そんな暗殺者の言葉に意を唱えたのは、ウェネニーヴであった。


「気に入りませんね。つまり、あなたはワタクシ達など分身ごとき・・・・・で十分だと判断するくらい、こちらを舐めていたという事でしょう?」

『まぁ……そういう事になるかな?』

「でしたら、その不遜な態度の対価を、受けとるといいでしょう」

 プライドの高い竜だけに、ラトーガの態度は許せないようで、ウェネニーヴの両手に、竜の鉤爪にも似たオーラが炎のように燃え上がる。

 それを見たラトーガは、はぁ……と、ため息をついた。


『なるほど、恐ろしいな……。分身体わたしたちを倒せたのも、得心がいった』

 勝ち目が無い的な事を言っている割りには、何だか余裕のように見えるわね……まだ奥の手があるのかしら?


『まぁ……メインの仕事はしくじったけど、サブプランはクリアか……戦果としては、十分』

「本来の仕事?サブプラン?」

 耳ざとくラトーガの呟きを聞き付けたレルールが、なにやら企みを感じる単語にピクリと反応した。

 ええい、この期に及んで、やっぱりまだなにか企んでいるのね!?


『フフフ……まぁ、隠すほどでもないし、教えてあげよう』

 調子に乗りやすいのか、単に話して自慢したいだけだったのか。

 戸惑うような私達へ向けて、ラトーガは丁寧にその企みについて簡単に話してくれた。


『本命は王族や、《神器》使い達の暗殺。そしてサブプランは、あなた達の戦力を計ること……』

 うん、思ったよりもまともだった。

 でも、本当にそれだけぇ?

『フフフ、まぁ信じる信じないは好きにするといい。なんにせよ、目的は果たせた……』

 言いながら、ラトーガは懐から何かボールのような物を取り出すと、思いきり床に叩きつける!

 すると、凄まじい煙が巻き起こり、室内を白く染めて暗殺者の姿を隠していった!

 くっ、なに?煙幕かなにか!?


『それでは……また会おう、《神器》使いの諸君……』

 フハハハ!と何故か高笑いするラトーガの声が遠くなっていく。

 やがて煙が晴れると、あの暗殺者の姿は影も形も無くなっていた。


「くっ……取り逃がして終いましたか……」

 本当に悔しそうなレルール。

 ひょっとしたら、彼女中ではリベンジが失敗した事になったのかしら。

 そんな彼女を、他の《神器》使い達はなだめていた。

 それにしても……また会おう、か。


「来ますね、奴等が」

「ええ、魔界十将軍が……今度は全員でね」

 そう、セイライから聞いていた通り、今度はラトーガ単体の暗殺や諜報などではなく、国を……私達を打ち崩すために、魔界の最高戦力が現れるのだ。

 まだ見ぬ魔族の最高峰を想像して、私の体はブルリと震える。

 いや、武者震いとかじゃなくて、単にビビってるだけだけですけど……。

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