第68話 ラトーガ撃破

「お姉さま、ご無事でしたか!?」

 ラトーガDを一瞬で倒したウェネニーヴは、心配そうな顔付きで、私に向かって振り返った。

 そんな彼女に、私は思いっきり抱きつく!


「あ"り"がどう"、ウェネニーヴゥゥ!」

「お、お姉さまっ!?」

 絶体絶命の一歩手前まで追い詰められた所からの逆転に、感極まった私はウェネニーヴに頬擦りする!

 そんな私に、さすがの彼女も戸惑っているみたいだったけど、そんな様子に構わず、私は彼女をさらに抱き締めた!


「本当にウェネニーヴは、強いわ!可愛いわ!最高だわ!」

 思い付く限りの称賛の言葉と共に、しばらくの間ウェネニーヴを撫で回す。

 そうして少し落ち着いた頃……ちょっぴり妖しげな目付きで、私を見ている彼女の視線に気づいた。


「お姉さまぁ……♥」

 ペロリと舌なめずりをしながら、ウェネニーヴは私を抱き締め返してくる。

 あ、あら……?ウェネニーヴ……さん?


「お姉さまが、こんなに情熱的にワタクシを求めてくださるなんて……ついに、お姉さまと結ばれる時が来たのですねっ!」

 ち、違っ……!私、そんなつもりじゃ……!

 弁解しようと何か言おうとしたけれど、それよりも早くウェネニーヴの唇で、私の口が塞がれた!

 ちょ、ちょっとおぉぉぉっ!

 何をしてるのよ、あんたはあぁぁぁ!


「ん、んんっんっっ!!」

「んふぅ……んんっ」

 混乱しながらもなんとかウェネニーヴから離れようとしたけれど、ガッチリと頭部をホールドされ逃げる事ができない!

 さらに彼女の熱烈な口づけは、私の酸素と思考能力を少しずつ奪っていった。


「………………っぷはっ!」

 ようやくウェネニーヴが離れるまで、どれ程の時が経ったのだろう……。

 ぼんやりと霞がかかる頭で、そんな事を考える。

 でも、思い出されるのは、ウェネニーヴに唇を貪られ、口中を蹂躙された感触ばかりだ……。

 よ、汚れちゃったよぅ……。


 妹同然と思えるくらい、ウェネニーヴには好意を持っているけれど、ここまでハードな口づけまでされると、ショックの方が大きい。

 私は長女だったからギリギリ精神を保っていられたけれど、これが次女だったらきっと耐えられなかったでしょうね……。

 そんな訳のわからない考えが頭の中で回っていると、私はぐいっと体を押されて、コロンと床に転がされた。


「はぇ……?」

 上手く回らない頭で、現状を確認してみる。

 えっと……私は床に寝転がされていて、私を組伏せるみたいにしてウェネニーヴが上になっていて、それでもって彼女のスカートの下から固いモノが……って、ストオッップッ!!!!


「待った!それはマジでヤバいわ、ウェネニーヴッ!?」

「お姉さまがいけないんです。ワタクシの気持ちを知っているのに、ずっと焦らしていて……」

 ハァハァと荒く息をしながら、ウェネニーヴは紅潮した顔を近づけ、私の頬をペロペロと舐めてきた。


「ああっ……もう、止まれません!」

 ゾクゾクと身震いしながら、彼女は私に覆い被さるとモゾモゾと体を擦り付けてくる。

「ちょ、ちょっと、ウェネニーヴ!ダメだッたら!」

「大丈夫です (フゥフゥ)、絶対に気持ちよくさせますから(ハァハァ)……」

 全然、大丈夫そうじゃないっ!

 お願いだから落ち着いてよ、今はこんな事をしてる場合じゃないでしょう!


「ぐぬぬ……」

 私の上にいるウェネニーヴを、どうにかしてひっくり返せないかと暴れて見るけれど、押さえつけてくる彼女の力は強く、私の全力をもってしてもビクともしない!

「さあ、お姉さま!一緒に天国へと……」

 ら、らめぇっ!


「そこまでえぇぇぇ!」


 突如、ウェネニーヴが私にのし掛かって来たのと同時に、横から飛び込んできた影が彼女を吹き飛ばした!


「やり過ぎて、怒られたらどうするつもりですか!いい加減になさい、竜っ娘!」

 全力でウェネニーヴを弾いたエイジェステリアが、ポーズを決めながら啖呵をきった!

「エアルちゃん!大丈夫だった!?」

 すんでの所で私を助けられ、呆然としていた私を、彼女は支えて起こしてくれた。


「え……ええ、ありがとう」

 はぁ、まだ少しボーッとするわ……。

 《加護》があっても、こういう内側から沸いてきた精神的ショックは、どうしようもないのね。


「エアルちゃんには、きれいな体のまま天に召されてほしいだから、あんな竜っ娘に汚されたらダメだからね!」

 この天使も、相変わらず何を言っているんだろう……。

 あ!それよりもウェネニーヴは!?

 いくら獣欲が暴走していたとはいえ、あんな無防備な状態でエイジェステリアの一撃を受けたら、無事じゃすまないかもしれない。


 心配になって、彼女が吹き飛ばされた方に目を向けると、そこには……ラトーガ達・・・・・を巻き込んで・・・・・・、床に転がっているウェネニーヴの姿があった。


 あー……どうやら、乱戦の中に叩き込まれてこうなったみたいだけど……これは、ラッキーと言っていいのかしら?

 暗殺者達と交戦していたレルール達も、突然の事態に困惑してるのかキョトンとした顔でウェネニーヴとラトーガ達を見ながら立ち尽くしている。


『くっ……いきなり何が……』

 頭を振りながら、フラフラとラトーガ達が起き上がろうとする。

『ん?』

 そんな暗殺者の体に、レルールの鎖がスルスルと巻き付いていった。


「神よ!この好機に感謝いたします!」

『ちょっ、ズルっ……!』

 抗議の言葉を口にするよりも速く、電撃魔法でも食らったみたいに、ラトーガ達は大きく跳ねると意識を失った。


「やりました……今度こそ、本当に魔界十将軍を捕らえられました!」

 クフフと、小さく含み笑いを漏らすレルール。

 そっか……前にライアランを捕らえた時は、奴の策略に踊らされていたからだったけど、今度はそういう事は無さそうだもんね。

 ある意味リベンジを果たせて、彼女の中ではようやく汚名を返上できたって事なんだろう。

 完全に棚ぼただったけど、まぁ本人が納得してるならいいか。


「これで……ようやく終わったのか?」

 王様と教皇様が重い腰を上げて、周囲を見回す。

「そうですね……ひとまずは、脅威は去ったと思ます」

「そうか……」

 答えた私に、彼等は大きく息を吐き出すと、突然レルールに向かってダッシュした!


「レルール!大丈夫か、怪我はないか!?」

「魔族の大幹部を虜にしたんだな、さすがはレルールだ!」

「お、お爺様方!皆さんの前ですから……」

 だだの孫バカになってレルールにまとわり着く二人に、さすがの彼女も困り顔だわ。

 私も緊張感の消え失せた騒ぎっぷりを横目で見ながら、ウェネニーヴの元まで小走りで駆けていった。


「しっかりして、ウェネニーヴ!」

「んあ……」

 やっぱり、結構なダメージがあったのか、いまいちぼんやりした表情で彼女は私を見上げる。

「お姉さま……」

「大丈夫?私の事、わかる?」

「はい……でも、なんでしょう。何か、いい夢を見ていたような気が……」

 んん?これはひょっとして、暴走状態だった事に加えて不意打ちの強い衝撃で、ちょっと記憶が飛んでる?

 戦闘中とかに、時々そういう事があるって話は聞いたことがあるけど、竜にもそんな現象が起こるのね。


「あら、正気に戻ったのね竜っ娘」

 フワリと飛来したエイジェステリアが、ウェネニーヴを見下ろしながら様子を伺う。

 そんな天使に向かって、ウェネニーヴは小さく威嚇するように唸り声を漏らしていた。

「なんでしょう……凄く、この天使が腹立たしいです」

 うん、まぁ無理もないわ。


 なんにしても、ラトーガとの戦いは終わった。

 まさか皆のパワーアップ直後に戦闘になるとは思ってなかったし、危ない所ではあったけど、結果的に見れば良かったかもしれない。

 なにより、これでこの後に攻めてくる魔界十将軍の人数を減らせたっていうのが大きいわ。

 それに、レルールの鎖で隷属化したラトーガから情報を聞き出せれば、魔族に対する対抗処置も取りやすくなるってものよ。

 うん、やっぱり結果オーライね!


 なんだか気分が楽になった私は、ウェネニーヴに手を差し出して立ち上がらせると、静かになったレルール達の方へ向かう。

 ……あ、なんか王様と教皇様が、仁王立ちするレルールの前に正座させられてる。

 きっと、レルールがキレるまで構い続けたんだろうな。

 でも、王族のこういう悲しい絵面って、私達が見ちゃっても大丈夫なのかしら……。


「あ、エアル様にウェネニーヴ様」

 そちらに歩いていく私達を見て、レルールがにっこりと微笑む。

 それで一応、スーパーお説教タイムは終了になったみたいで、王様達の表情にもホッとしたような雰囲気が浮かんでいた。


「お恥ずかしい所をお見せしてしまい、申し訳ありません」

「いやいや、どこの家でも孫を溺愛するお爺ちゃんなんて、同じようなものよ」

「そ、そういうものでしょうか……」

 まぁ、確かに王様達のは愛が重い気もするけどね。


「さて、あまり気を抜いてばかりもいられません。慌ただしくはありますけど、ラトーガから情報を聞き出しましょう」

 レルールは、自身の鎖の先に捕らえられているラトーガ達に視線を移しながら、キッとした大司教の顔へと気持ちを切り替える。

 ライアランの時の事は参考にならないから、一応は隷属しているとはいえ、どこまで自由意思を奪えているのかを試すつもりみたいね。

 場合によっては、拷問チックな事を行うのも想定しての、仕事モードなんだろう。


 いまだに意識を失っているラトーガ達を、強引に起き上がらせようとして、レルールは鎖の《神器》を引き寄せる。

 だけど、その時!

 私達が、予想もしていない事が起こった!


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