第70話 閑話・魔将軍会議3

         ◆


『……というわけで、これが今回の暗殺及び諜報活動の報告書だ』

 ボロボロのローブを纏った暗殺者から配られた資料に目を通した一同が、それぞれの反応を見せる。


「お前の分身四体を相手に、一人も暗殺できず……か。相手が《神器》使いや、竜である事を差し引いても、これは脅威だな」

 腕組みしながら、魔界十将軍筆頭のザラゲールが重苦しいため息を吐いた。


「あちらの方が人数が多かったとはいえ、ジジイの一匹も殺れねぇとはな。お前の腕が鈍ったんじゃねえのか?」

 嘲笑うような獣人将軍バウドルクの物言いに、ラトーガから僅かな殺気が立ち上る。


「まぁ、エアルとかウェネニーヴは強敵っていうか曲者だから、ラトーガが苦戦したのもわかるわぁ」

 緊迫しかけた空気を読まない、ほんわかとしたルマルグの言葉に、バウドルクとラトーガも毒気を抜かれたようだ。

 漏れ出していた殺気も霧散し、やれやれと肩をすくめながら、椅子の背もたれに体を預ける。


「姉上の言う通り、やはり敵の《神器》使いの中において要注意なのは、盾の《神器》使いであるエアルでしょうね」

 ルマルグの双子の弟である、ベルフルウも報告書を置いて姉の言葉に同意を示した。

「竜を使役し、ちょっと想定の範囲外の行動を取るあの人間は、我々にとってもやりづらい事この上ない」

「お前ら姉弟にそうまで言わしめるとはな……」

 敵ながら大したものだと、半分呆れたようにザラゲールが感想を漏らす。


「で、ラトーガ。奴等の戦力分析はできているんだろうな?」

 凄腕の暗殺者という事はもちろんではあるが、何度でも分身を先行させ、確実に標的の実力や奥の手などを分析するという、この攻略法こそがラトーガを魔界最高の暗殺者足らしめる要因であった。

 しかし、その便利な能力にも、一部の不都合がある。

 それは分身が得た情報を、本体が共有できる訳ではないという事。

 つまりは、敵と分身が戦った場合、それの戦いをラトーガの本体が見届けていなければ、意味がないのだ。

 とはいえ、その彼女が分身体を全て使いきって戻って来たのだから、おそらく敵の戦力は丸裸だろう。

 それを期待しての、ザラゲールからの問いかけだったのだが……ラトーガは、フイッと横を向いて目をそらした。


「どうした?」

『…………』

「おいおい、こんな時に無口キャラみたいな設定を思い出してるんじゃねぇぞ!?」

 先程、一触即発だったバウドルクからも怪訝そうな声が飛ぶ。


『…………私の分身は、すべてやられていた』

「いや、それはわかっているから、どう殺られたのかを教えてほしいのだが……」

 戸惑うようなザラゲールの問いに、ラトーガは再び沈黙を守る。

 その姿は、どう答えればよいのか模索しているようにも見えた。


『わ……』

「わ?」

『私は、分身達がやられる所を見ていない……』

「なんだって!それはどういう事だい!?」

 当然の事ながら、皆の疑問がラトーガに集中する。

 そんな中で、ラトーガはゴニョゴニョと小声で答えた。


『せ、整理現象で、場を外していたから……』

「……仕事の前に済ませておくのが、大人だよね?」

 残念な奴だなぁ……と心の声が聞こえてきそうなくらい悲しげな視線を向けられ、思わずラトーガは『違う』と否定してしまった。

 なら、どうしてだ?と、再び当たり前の質問が飛んでくる。


『お、女の……整理現象だ……』

 ラトーガの言いにくそうに答えに、男性陣は「ああ……」と何かを察して口ごもった。

 と同時に、何となく微妙な沈黙が場を支配する。


(……よし、なんとか誤魔化せたようだ)

 ラトーガは、ひとり胸の内でガッツポーズをとっていた。

 男女間での身体的特徴について、デリケートな問題だけにあまり深くつっこまないのは、魔族であってもあまり変わらない。

 これで、変に評価も下げずに自分のミスもうやむやにできるだろうと、彼女は目深にかぶったフードの奥でこっそりほくそ笑んでいた。

 だが。


「あれ?ラトーガは、分身に任せて食事してたんじゃなかったの?」

 ごく普通に、小首を傾げながらルマルグが爆弾を放り投げてきた。

「……どういう事かな?」

 気まずいような顔をしていたザラゲールが、無表情になってルマルグに尋ねる。


「え?いや……ラトーガからアーモリーで美味しいご飯を食べたって話を聞いてたから、食事中に分身がやられちゃったんじゃないのかなって……」

『ばかぁ!』

 手近にあった報告書を丸めて、ルマルグの顔面に投げつけるラトーガ!


『お、お前、こんな場でそんな暴露しなくてもいいだろうっ!』

「えっ?で、でもラトーガのしてくれたご飯の話が、本当に美味しそうでスゴいなぁって思ったし……」

『それはどうもっ!だけど、堂々とサボってるなんて言っちゃったら、どんなお仕置きをされるか……ハッ!』

 つい興奮してペラペラと喋っていたラトーガが、周囲の空気に気づいてハッとする。


「別に、仕事は自分のやり方で構わないし、その課程で息抜きをするのも構わんさ……だがな、遂行するべき事を放り出してちゃいかんよな?」

 静かに、そして穏やかに微笑んだザラゲールは、ラトーガの両肩をガッチリと捕まえた。


「この件は、邪神様にキッチリと報告させてもらう。懲罰室で、しっかりと反省するんだな」

『待て!それは勘弁して!』

 すがり付くようにして、ラトーガが懇願する!

 魔族の産みの親であり、支配者でもある邪神へ己のダメっぷりを報告されるのも辛いが、その邪神から下される罰も辛い!

 しかし、ザラゲールは彼女を諭すように告げた。


「いいか?俺達、魔界十将軍はこの魔界を統べる実力と権限を、邪神様より与えられている。そんな俺達がだらしない真似をすれば、下の者達に示しがつかないだろう?」

『魔界は実力主義だろ!下の者がどう思おうとも、私以上の力が無ければ、何も口出しなどできない!』

 開き直ったようなラトーガの言い分だが、確かに魔界においては正論と言える。

 それ故、他の魔将軍達も「わかるー」と頷いてみせていた。

 そんな彼等の様子を見て、ザラゲールは大きくため息を吐く。


「そうか、実力がすべてか……」

『そう。だから今回のミスは……』

 そこまで口にしたラトーガの台詞が、ピタリと止まった。

 なぜなら、彼女の肩を掴むザラゲールから凄まじい闘気が沸き上がったからである。

「なら……俺の判断も、お前の実力で覆してみるか?」

 その物言いは、きわめて冷静だ。

 しかし、言葉の裏側にはいつでも殺してやるぞといった、脅迫めいた殺気が籠っている。

 実力主義の魔族だからこそ、互いの戦力差は痛いほどにわかってしまう。

 諦めた暗殺者は、項垂れながらザラゲールの提案に従う事を受諾した。


『でも、ルマルグも人間界に行くとよく食レポとかしてきたから、懲罰を受けるべきだと思うの……』

「マジか。なら、一緒に邪神様へ報告させてもらおう」

 頷きあう二人の姿に、突然話題にされたルマルグが口にしていた水を噴き出した!


「な、なんで私まで!?」

「ラトーガの話だけじゃなく、お前は普段から抜けてる事が多すぎるからな。ちょうどいいから、この機会に性根を叩き直してもらえ」

「とばっちりすぎるよぉ!」

『ククク……死なばもろとも。バラしてくれたお前も、道ずれにしてやる』

「酷いよ、ラトーガっ!」

 涙目で抗議するルマルグ。

 そして、そんな姉の醜態が大好物なベルフルウが、とてもいい笑顔をルマルグに向けていた。


 ──ザラゲールが、ラトーガとルマルグを引きずって退室していった後、残された三人は今後の計画について話に花を咲かせていた。


「……なんにせよ、俺達が暴れられる時は近いな」

「ああ……まさか勇者や《神器》使い達も、魔界の最高戦力が一気に攻めて来るとは、夢にも思っていないだろうしね」

『戦力の小出しは愚策であるからな……元魔界五将軍・・・・・の我々の力を、思いきり振るうとしよう』

 ジャルジャウの意味深な呟きに、バウドルクとベルフルウも小さく頷いた。


 ──奇襲による戦果を確信している彼等だったが、この時点で気づいていない事がある。

 それは、魔界の大幹部である彼等の奇襲攻撃があるという事が、人間サイドにバレているという事実だ。

 上記にもあるが、ラトーガの分身と本体は、別個に手に入れた情報を共有していない。

 そのため、ラトーガの分身が得た「人間側が奇襲を知っている」という情報は、その分身が倒されたために魔族側に伝わっていないのである。


 対策が進められている事も知らず、自ら籠に飛び込もうとしている魔族の将軍達は、いかにして人間界を蹂躙しようかと、楽しげに語り合っていた……。

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