第63話 大天使

「人間界に来るのは久々だな……おっ、私が担当するメイスの《神器》使いだ!」


「元気そうで何よりだ、我が鉄球モーニングスターの《神器》使い殿」


「やあ、天秤の《神器》は上手く活用できているかな?」


 天界への扉から現れた三人の天使達は、各々が担当となっている《神器》使い達の元へ、にこやかに声をかけていく。

 うーん、さすがに美男美女ばかりね。

 レルールの守護天使はまだ姿を見せていないみたいだけど、ちょっと楽しみだわ。

 それにしても、エルフの国に舞い降りた守護天使達は、派手な爆発と共に自己紹介していたけど、彼等はそういう雰囲気じゃないのね……。


 そんな事を考えていた時、ふと守護天使達とは別に、ひとりだけ場違いな天使の姿があるように見えた。

 はて、気のせいかしら……?


「やっほ~、エアルちゃ~ん!」


 気のせいじゃなかった!

 パタパタと犬の尻尾みたいに羽をはためかせながら、私の盾の守護天使・・・・・・・・である・・・エイジェステリアがこちらに寄ってくる。

 いや、なんであなたがいるのよ!?


「この場にある《神器》の反応で守護天使が呼ばれたから、私も来ちゃった!」

 ペロリと舌を出して、ポーズを決めるエイジェステリア。

 うーん、あざとい。でも、それが似合うくらい綺麗なのが複雑だわ。


「なんだか、今日は静かな登場なのね」

「まぁ、私だって場の空気くらいは読むしね……」

 お祭り騒ぎしながら呼ばれたら、あれくらいのサービスはするとエイジェステリアは言う。

 あれって、サービス演出だったんだ……。


「そんな事より、しばらく会ってなかったけど、エアルは元気?大丈夫?まだ処女?」

 フワリと風に乗るように浮いたエイジェステリアは、私の周囲を漂いながらペタペタと身体中を撫でまわしてくる。


「や、やめてよ!人前で何をやってるのよっ!」

「照れなくていいじゃない、私と貴女の仲なんだし!」

「どんな仲よっ!」

「死んでも離れらない、深い仲……かな?」

 ニヤリ……と、いやらしい笑みを浮かべるエイジェステリア。

 もうやだ、この天使。


「いい加減にしなさい、淫乱天使がっ!」

 グイグイと間に入ってきたウェネニーヴが、私とエイジェステリアを引き剥がす!


「あらあら、まだいたのね竜っ娘。怪物風情が……と言いたい所ではあるけれど、私の・・エアルの貞操を守ってる所だけは、認めてあげるわ」

「そうですね、貴女からワタクシの・・・・・お姉さまを守るのも、使命だと思っていますよ」

 フッフッフッ……と、二人は笑顔で余裕を見せ合おうとするけど、視線は蛇のように絡み合って火花を散らしている。

 いや、どちらの物でもないからね、私は。

 はー、前もこんな感じだったし、しょうがないなぁ、この二人は。


「あなた達、その辺にしておきなさい!」

 声をかけると、ハッとして離れる二人の姿に満足し、私はウェネニーヴの方に近づく。


「ウェネニーヴ、守ってくれるのは嬉しいけれど、誰彼かまわず噛みつくのは良くないわ。もう少し、冷静さを保ってちょうだい」

 注意をされて、シュンと項垂れるウェネニーヴ。

 そんな彼女に、エイジェステリアは勝ち誇った笑みを向けていた。

 大人げないな、この天使は。


「それと……」

 私はウェネニーヴを抱き締めながら、エイジェステリアの方へ顔を向ける。

「私の大事な可愛い妹分に、怪物風情とか酷い事を言うのはやめてよね!」

 そう言って「ねっ?」とウェネニーヴに声をかけると、彼女はパアッと顔を輝かせて「はいっ!」と元気良く答えた。

 うん。可愛い、可愛い。


「……あの、お取り込み中に申し訳ありません」

 竜と天使が、私を挟んでマウントを取り合う所へ、おずおずとレルールが尋ねてきた。

「私の《神器》の守護天使が、いまだにいらっしゃらないのですが……」

 あ、言われてみれば確かに。


「ひょっとして、エイジェステリアが兼任してるなんて事は……」

「それはないわよ。たぶんもうすぐ来ると……あ、ちょうど来たみたい」

 彼女の声に『天界への扉』へ目を向けると、ちょうどひとりの小柄な天使が扉をくぐって姿を見せていた。


「わぁ……」

 思わず、ため息混じりの声が漏れてしまう。

 そこに現れたのは、息を飲むような美しい天使だった。

 ちょっと癖のある金色の髪に、女の子と見間違うばかりの中性的な顔立ち。

 そこに少年特有の、母性本能を刺激するようなあどけなさと、無邪気さが宿っている。

 衣服から伸びる四肢は細身ながらも引き締まり、きめ細かい柔肌の下には筋肉質な固さ感じさせながら、男性としてはいまだ未発達な柔らかさも見てとれる。

 うーん、その筋の人が見たら、まさに垂涎ものかもしれない美少年だわ。


 その美少年天使は、レルールの姿を認めるとニコリと微笑んで、軽やかに跳躍して彼女の側に降り立った。

 見つめ合う、天使と聖女。

 二人ともかなりの美少年と美少女だけに、すごく絵になるわぁ……。

 思わず、拝みたくなってくるわね……なんて思っていたら、いつの間にかジムリさん達がすでに拝んでいた。

 美味しい所を、見逃さない人達だなぁ……。


「はじめまして、鎖の《神器》使い……いえ、レルール殿」

 そう美少年天使が挨拶をすると、ちょっとだけレルールは驚いた顔をした。

「初対面なのに、私の名を知っていていただけるなんて、光栄です」

「いえ、我らが神のお気に入りである貴女は、天界でも有名人ですからね。そんな貴女のお手伝いができる、私こそ光栄に思います」

「そんな……と、とにかく、よろしくお願いします。えっと……」

「はい。……ああ、失礼。まだ名乗っていませんでしたね」

 ちょっと慌てたように、天使は一礼してレルールに名前を伝える。


「僕の名前は、ソルアハル。鎖の《神器》を司る、大天使様の従者です・・・・・・・・・

 ……ん?従者?

 え、彼が守護天使じゃないっていう事?

「あ、いらっしゃいましたよ!」

 ソルアハルの言葉につられて『天界への扉』へ目をやると、そこからもうひとりの天使が姿を現す。


 彫りの深い、厳つい顔立ちながも知性の光を宿した瞳。

 分厚い胸板に、相応しい筋肉量を連想させる丸太のような太い腕。

 それでいて、腰からのラインはスラリも細く、キュッと引き締まったお尻はある種の色気を感じさせる。

 そんな太めの上半身を支えに、前傾姿勢でノッシ、ノッシと歩くその姿はまるで……。


「ゴリラじゃん、これぇ!」


 つい大声でツッコんでしまった!


 でも、間違いない!

 私がもっと子供だった頃、うちの地方の大きな街に連れていってもらった時に、見世物小屋で見たことがあるもの!

 たしか、海を渡った南方の大陸に生息する生き物だそうで、地元では最高に格好いい動物として不動の人気を誇るとかなんとか。

 でも、それを天使……しかも大天使だって紹介されて、驚くなという方が無理だわ!


「ちょっと!僕の上司を見るなり『ゴリラだ!』なんて失礼じゃないですか!」

 プンプンと頬を膨らませて、ソルアハルが抗議してくる。

 けど、どう見てもゴリラだし……。


「ゴリラエル様は、天界でも四人しかいない大天使の称号を持つすごいお方なんですからね!」

 名前にもゴリラって入ってるじゃん!

 ゴリラっぽいけどゴリラじゃない、ゴリラエル様ってややこしいわっ!

 いや、むしろわかりやすい?


 そんな風にいまだ混乱する私達に、さらに何かを言おうとしたソルアハルの肩を、ゴリラエルさんはポンと叩いた。

「ウホッ」

 ウホッ!? 今、喋った……っていうか鳴いたよね!?

「わ、わかりました……ゴリラエル様が、そうおっしゃるなら……」

 えっ、なんて言ったかわかるの?


「ゴリラエル様は、『落ち着きなさい、私が見た目で驚かれるなど良くあることですよ』とおっしゃっています」

 冷静クール

  しかも穏やかな物言いが、ダメっぽい天使エイジェステリアよりも人間ができてると感じさせる!


「ウホッ、オホホ、ウホウホッ」

「ゴリラエル様は『人の身でありながら、強大な邪神と魔族に挑む、貴女方の勇気を称えます』とおっしゃっています」

 そ、それはどうも……でも、本当にそんな長い台詞を言ってるのかしら。

 っていうか、ソルアハルが従者として彼に付いてるのは、ひょっとして通訳が必要だからなの?


「ウホッ、ウホッ、オホホッ」

「『さっそくですが、鎖の《神器》の試練を行いましょう。厳しい試練ではありますが、貴女なら乗り越えてくれると信じていますよ』」

「ウホッホ……ウホッ!」

「『そして、合格の暁には……貴女には古の《加護》、【ゴリラパワー】が宿る事でしょう』!」


 【ゴリラパワー】……。

 いや、ゴリラエルさんとソルアハルは盛り上がってるみたいたけどさ……。

 私は、ちらりとレルールの方へと目を向ける。

 そこには、すごく複雑な表情をした聖女が「ゴ、ゴリラパワー……ううん……」と呟きながら、首を傾げる姿があった。

 うん、そりゃそうよね……。

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