第64話 聖女の咆哮
「……それがどのような力かはわかりませんけど、世界を救うために必要なら受け入れます!」
悲痛な表情で、レルールは手にしている《神器》を握りしめる!
わかるわ……年頃の女の子が、【ゴリラパワー】なるものを受け入れるのに、どれだけの覚悟が必要なのか。
もうすでに、その《加護》の名前だけで辛いもの。
「ウホ……」
「ゴリラエル様は、『いや、そこまで悲壮感を出さなくても……』とおっしゃっています」
心なしか、ションボリしたゴリラエルさんの言葉を、ソルアハルが通訳する。
まぁ、気持ちはわかるけど、こればかりはイメージの問題だから仕方がないのよね。
さて、そんな訳でレルールを始めとしたそれぞれの《神器》使い達は、自分の守護天使達と試練の義を開始する。
単純に戦うもの、《神器》の力を引き出すものなど、色々と動き出した中で、どうしても目を引くのは鎖の《神器》の試練だ。
だって、ゴリラと美少女が真正面から対峙してる絵面なんて、気にするなって言う方が無理よ。
「ウホッ、ウホホ、ウッホ!」
「『この試練は、鎖の《神器》で私を縛り上げる事ができれば成功です。無論、神気をもって抵抗はするので、頑張って試練を突破してください』とおっしゃっています」
ゴリラエルさんの言葉を通訳するソルアハルの言葉に、レルールはひとつ頷く。
何て言うか、通訳がいちいち面倒くさいわね。
「ウッホ!」
「『始めっ!』」
開始の合図と共に、ゴリラエルさんの体から、神々しいオーラが炎のように噴き出した!
熱こそ発していないものの、彼の全身の毛が逆立ちながら金色に輝き、他の天使よりも一段階上の存在感を放っている!
「ウホホウホッ……ウホッ!」
「素晴らしいです、ゴリラエル様!あ、『これが天使を越えた天使……大天使の力です!』とおっしゃいました!」
た、確かにすごいわ!
前に、私の試練の時に全力を出したエイジェステリアにも驚いたけど、今のゴリラエルさんは、あの時の彼女を軽く凌駕している。
「凄まじいですね……大天使とは。できれば敵に回したくありません」
竜であるウェネニーヴが、ブルリと身震いしながらそんな事を呟く。
この娘にここまで言わせるんだから、それと向かい合っているレルールは、どれだけのプレッシャーを受けているのかしら……。
小さな体が吹き飛ばされていないか心配したけど、彼女はキリッとした顔つきで、ゴリラエルさんを真っ直ぐ見つめていた。
すごいわ、さすが聖女と名高いレルール!……と、思ったけど、よく見れば足がガクガクと震えている。
ああ、うん……でも、漏らしたりしてないだけでも、立派だと思うわよ!
「ウッホ、ウホホ!」
「『どうしました、この程度で怯んでいては、試練を乗り越えられませんよ!』」
「くっ……私は……みんなのため、世界のためにも、負けるわけにはいかないんです!」
可憐な容姿に似合わない、気合いの雄叫びを上げるレルール!
それと同時に、彼女の体からも炎のようなオーラが噴き出した!
これは……たぶん彼女の《加護》である、【超・信仰】が発動したのね!
自らの信仰心の高さによって、あらゆる能力が上昇するという、レルールの奥の手!
でも、そのために二回りくらい大きくなった体は、まるで……。
「なんだか、すでに【ゴリラパワー】を身に付けてるみたいな外見ですね」
私がちょっとだけ思っていた事を、ウェネニーヴはズバリと口にしてしまう。
その瞬間、レルールから立ち上るオーラが若干弱まってしまった!
「ウェ、ウェネニーヴ!ダメよ、そういう事を言っちゃ!」
「す、すみません……」
信仰心の現れとしてなら受け入れられるけど、ゴリラっぽいと言われると傷付く乙女心。
その辺の心の機微を、彼女にはもう少し学んでほしいわ。
「大丈夫だ、レルール!ゴリラっぽくても、お前は可愛いぞ!」
「そうだ!お前がゴリラっぽくても、お爺ちゃん達はいつでもお前の味方だからな!」
国王と教皇に励まされて、またレルールのオーラが弱まる。
応援する気持ちはわかるけど、デリケートな話なんだから、もうちょっと言葉は選んでほしい!
「ウッホ……」
うん?
気のせいか、ゴリラエルさんのオーラも弱っているような……?
「だ、大丈夫ですゴリラエル様!女性陣には受けが悪いかもしれませんけど、ゴリラは格好いいですよ!」
あ、どうやら度重なるゴリラ批判に、落ち込んでるみたい。
そんな彼を、ソルアハルが頑張って励まそうとしているけど、意外と繊細なのね、大天使……。
「……うおおおおおおおおおっ!」
突然、レルールが叫びながら鎖を振るい、先手を取った!
「今の私に、落ち込んでる余裕などありません!外見がどう変わろうと、我が信仰のためにっ!」
いち早く立ち直った彼女の鎖が、左右からゴリラエルさんに襲い掛かる!
「ウホッ!」
しかし、彼を縛り上げる寸前で、再び噴き出したオーラがゴリラエルさんの体に鎖が絡み付くのを遮った!
「ウホッ、ウホホ……ウッホホ!」
「『お恥ずかしい姿を見せました……ここから本番といきましょう!』とおっしゃっています!」
お互いに気を取り直し、いよいよ鎖の《神器》を開放する試練が幕を上げる!
◆
「……ふうぅぅ!」
「……ホホッホ!」
レルールとゴリラエルさんの、力比べは一進一退のまま、すでに三十分近くが経過していた。
でも、ここまで来ると私にでも、どちらが有利なのか見てとれるようになってきているわ……。
滝のような汗にまみれながら、それでも《神器》に力を送り続けるレルールに比べて、ゴリラエルさんの表情にはまだ余力があるように見える。
いや、ゴリラの表情の見分けとかあんまりつかないけど、そんな気がするってことね。
「……ウホッ?」
「『そろそろ限界ですか?』」
「ま……まだ……です……」
口ではそう言うものの、肩で息をするレルールの限界は近そうだ。
「レルールゥ……」
「おのれ、ゴリラァ……」
あと、孫を愛するお爺ちゃん達の我慢も限界に近い。
暴走すると厄介だから、ウェネニーヴに二人を抑えてもらい、私は決着が間近であろう、聖女と大天使の戦いに注目した。
「……っ、はぁ……はぁ……」
「ホホッ、ウホホ……」
「『ここまで、ですかね……』」
確かに、端からみてもレルールは立ってるのがやっとだ。
これ以上は、力を使いすぎた反動もあるかもしれないから、もう終わりにした方がいいかも。
だけど、レルールは諦める事無く、気力を振り絞る!
そんな彼女に、ゴリラエルは諭すように声をかけた。
「ウッホホホ、ウホッホ。ホホッ」
「『これ以上は、貴女の命を削る事になります。私の試練に失敗しても、命までは取りませんから、諦める事も大切ですよ。ただ、少々の罰ゲームは受けてもらいますが』と、おっしゃっています」
え、そうなの?
他の天使の試練は、一歩間違えば死んでも仕方ないよね、テヘッ☆って感じだったのに、大天使なんて肩書きがあるだけあって、優しいのね。
でも、どんな罰ゲームなのかしら?
「ウッホー!」
「『なぁに、ちょっと外見がゴリラになるだけですよ!』」
「いやあぁぁぁぁっ!!!!!!!!」
罰ゲームの内容を聞いた瞬間、レルールの絶叫が響いた!
さらに彼女のオーラは限界を超え、噴火したマグマのように噴き出すと、手にした鎖は雷となってゴリラエルさんのオーラを切り裂いていく!
「ウッ、ウホォッ!?」
「『な、なにぃ!?』」
「うあぁぁぁぁっ!!!!」
レルールの激情のままに、鎖はゴリラエルさんを縛り上げると、そのまま彼の巨体を天井近くまで持ち上げていった!
「ウホオォォォォッ!」
「『うわあぁぁぁっ!』」
いや、その通訳いるっ!?
なんて、私のツッコミも間に合わないほどの勢いで、ゴリラエルさんは受け身も取れずに、頭から堅い床へと叩きつけられていった!
◆
「本当に申し訳ありませんでした!」
床に額を擦り付けるようにして、レルールが治療中のゴリラエルさんに頭を下げる。
「まったくですよ!大天使であるゴリラエル様に、ここまで大怪我を負わせるなんて……普通なら、神の怒りを買ってもおかしくないんですからねっ!」
回復魔法で治療をしながら、ソルアハルが怒りの言葉をレルールにぶつける。
ちょっと言い過ぎな気もするけど、言い訳の余地がないレルールはひたすら恐縮するばかりだ。
「……ウッホ、ウホホホ」
「え?は、はい……ゴリラエル様がそうおっしゃるなら……。少し言い過ぎました、すいません」
何事かを言われたソルアハルは、ハッとしてレルールに謝罪する。
その豹変ぶりに、当のレルールもキョトンとしてしまう。
いったい、何を言われたのかしら……。
「ゴリラエル様は、『……この怪我は我が身の未熟ゆえ。互いに本気で戦った末の負傷なのですから、彼女を責めてはいけません』と……」
うーん、本当にできた人だなぁ……いや、できたゴリラ……うん、できた天使ね。
まったく、感心させられるわ。
「ウホホ、ホッホ」
「そうですね、他の天使達の試練も終了したようです」
二人の会話から、ジムリさん達の試練も終わった事がわかって、そちらに目を向ける。
すると、あちらではジムリさん、ルマッティーノさん、そしてモナイムさんが、各々の守護天使達と爽やかな笑顔で握手を交わしていた。
その様子からすると、どうやら試練は上手く超えられたみたいね。
「ウホホ、ウホホ、ホッホ」
「『さて、早速ですがこちらも真の力を得た《神器》の説明をしましょう』」
おおっ!
たしか、鎖の《神器》は相手を隷属させるって能力だったと思うけど、どんな風にパワーアップしたのかしら?
「ウホホ、ウッホ」
「『能力自体は変わっていません。ですが、鎖の先端を見てください』」
言われて、私達はレルールの両腕に巻いてある鎖の《神器》に目をやった。
おや?
なにやら、鎖の先端……左腕の鎖には玉子くらいの大きさの球体が、右腕の鎖には尖った矢尻のような物がついている。
「『左の鎖は、貴女の意識が向いていなくても、迫る攻撃を弾く
うわ、スゴいわそれっ!
さすがに、大天使が関わってるだけの事はあるなぁ。
思った以上のスゴい能力に、レルールも目を見開いて自身の《神器》を眺めていた。
「ウホホ、ウホ」
「『とはいえ、過信は禁物です。《神器》の能力にかまける事無く、精進することを忘れないでくださいね』と、おっしゃっています」
「はい……肝に命じておきます!」
決意を新たにして頷くレルールを、ゴリラエルさんは優しい眼差しで見つめていた。
「ウホホホ、ウホ……ウホッホ!」
「『さて、もうひとつの目玉は新しい《加護》……そう、【ゴリラパワー】です!』」
その単語に、レルールの体がビクッと震える。
「『この《加護》を発動させると、人知を超えた怪力を発揮することができます。その際、見た目がゴリラに近くなりますが、頼もしい能力なので、有効に使用してくださいね』」
ソルアハルの通訳に、満面の笑みを浮かべるゴリラエルさん。
いや、でもそれって、さっき提示された試練失敗の時の罰ゲームじゃん。
なんで、力だけならともかく、見た目もゴリラにしようとするかなぁ。
「ハイ、スバラシイ《カゴ》ヲ、アリガトウゴザイマス……」
それに対して、レルールは生気の抜けた無表情に機械的な棒読みで、一応天使達へお礼を告げた。
……この様子だと、あの《加護》は永久封印ってところね。
私だって、たぶんそうするもの……。
そう、乙女にとって「外見がゴリラ」は絶対NGなのだから!
「──それでは、皆さんの《神器》開放は成ったようですし、我々も天界へ戻りましょうか」
「ええ~……」
天使の一人がそう提唱すると、ひとりだけ不満そうな声を漏らす者がいた。
言わずと知れた、エイジェステリアである。
いや、元々あなたはこの集まりには無関係でしょうが。
「だって、私はまだエアルちゃんと、デートもしてないのにぃ……」
「ワガママを言わずに、さっさと帰って仕事をするべきではありませんか?」
私にすり寄ろうとするエイジェステリアを捕まえて、ウェネニーヴが他の天使へ引き渡そうとする。
「ウフフ、天使の皆様方がよろしければ、少しお茶でも……」
そう言いかけたレルールの表情が、突然固まった!
その理由……それは彼女の鎖が、反応を示したからだ!
「なっ!」
さらに、レルールの口から困惑した声が漏れる!
何故なら、敵の殺気に反応するその鎖が向かった先にいたのは、
何かの間違いかと止める間もなく、二本の鎖は流星のごとく尾を引いて、彼女の祖父達へと突き進んでいった!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます