第62話 神託の間にて
翌朝。
朝食をいただき、いよいよレルール達の《神器》開放の儀式を行う段と相成った。
「神殿の一番奥が、神様や天使様達から神託を授かる、特別な場所になっているんです」
そう説明してくれたレルールに、なるほどと私は頷く。
つまりは、エルフの国にあった世界樹の上の広場みたいな場所ね。
天界に近づくために、わざわざ高い場所へ行かなくてもいいというのは、さすが信仰の中心地って感じがするわ。
立会人なんていっても、ほぼ見物に近い気楽な私とウェネニーヴに比べて、やはりレルール達は緊張の面持ちを隠せていない。
儀式を行う場所へと向かう今も、彼女達は一言も口を開こうとはしていなかった。
「心配するな、お前なら必ずやれる」
「そうだ。いつも通りの力を発揮すれば大丈夫だ」
無言で歩く一団の最後尾にいる、
……って、こら。
何しに着いてきてるのよ、お爺ちゃんズ!?
「ひ、暇だったから……」
スッと目をそらして、ボソリと呟くリングラン陛下。
「そんな訳ないでしょうが!」
「そうですぞ、陛下。あなたは仕事が山積みでしょう」
私の尻馬にのって、オーダムラー教皇が王様を責める。
いや、あなたも大概でしょう?
「わ、私には監督責任があるし……」
「それを言ったら、私にも国の行く末を判断するための責任があるっつーの!」
くっ!ダメだわ、このお爺ちゃん達。
おおかた、昨夜の『儀式によって、レルールが危険な目に会うかもしれない』って話を聞いて、居ても立ってもいられなくなったって所かしら。
「お爺……国王陛下に教皇睨下?立会人にはエアル様がいらっしゃるので、多忙なお二方に立会っていただかなくても結構なのですが?」
孫にたしなめられ、一瞬ひるんだ二人だったけど、ゴホンと咳払いなんかしてレルールを見据える。
「レルール大司教。君は、我が教団の宝なのだ。なればこそ、私は最高責任者として、君の試練を見守る必要がある」
「そして、宗教と国政が切り離せぬ我が国の王としても、この試練の結果を見届ける義務があるのだよ」
もっともらしい事を言いながら、彼等は引こうとしなかった。
その目には、レルールが心配であるというのと他に、孫の晴れ舞台をこの目に焼き付けたいという、祖父の野望が燃えたぎっている。
ああ、こういう状態のお爺ちゃんは、何を言っても引き下がらないわ……。
「で・す・か・ら!事が成ったら報告はいたしますので、お二方はお仕事に戻ってください!」
しかし、祖父の心の内など気にしない孫の一喝に、王様達はシュンと項垂れる。
「うう……(孫と)この国の将来が心配なだけなのに……」
「教団の長(あとレルールの教育をしてきた者)として、務めを果たそうとしてるだけなのに……」
何か含みがあるけど、ちょっとかわいそうな気もするわね……。
「ダメですよ、エアル様。これが、この二人の常套手段なのですから!」
レルールからは、そう注意が飛んでくる。
……いつもこんな事やってるのかしら、この二人。
そんな呆れる私に、まるで『拾われた捨て猫が、その日の内にまた捨てられそうになってる』みたいな、すがるような目でこちらを見つめてきた。
さらに、お爺ちゃん特有の孫ラブのオーラ!これが中々無視できない。
何て言うか、故郷のお爺ちゃんを思い出すのよね。
私が旅立つ時に、色々と旅の心得や冒険者時代の話をしてくれたお爺ちゃん……。
それを思うと、この二人の想いもなんとかしてあげたくなってくる。
「……まぁ、少しくらいならいいんじゃないかしら?」
私がそう言うと、王様達はパアッと顔を輝かせ、逆にレルールは渋い顔つきとなった。
「エアル様……」
「あー、もちろん邪魔しない事が前提条件よ!? あと、各々の仕事が入ったら、そっちを優先させるって約束してくれるならね」
「アーモリー王の名において誓おう!」
「同じく、アーモリー国教皇の名において誓う!」
仰々しく誓いの言葉を口にするお爺ちゃん達。
いや、孫のいい所を見たいだけなのに国とか出されても……。
ウキウキしている王様達に、レルールはまだ何か言いたそうだったけど、ひとつため息を吐いて諦めたみたいだった。
「もう、お好きになさってください。ただ!」
ぐっとレルールは王様達に詰め寄る。
「くれぐれも、試練の邪魔はなさりませんように!」
「誓う、超誓う!」
「マジ誓うわ!」
調子良くコクコクと頷く二人に、レルールは再び大きなため息を吐いた。
──そんなわけで、正式に見学する事となった王様達も含めた私達の一団は、神殿の最奥、「神託の間」と呼ばれる部屋の前にたどり着いた。
この部屋は、普段は厳重に施錠されて、祭事の時にしか開かれないという。
その扉の前にレルールは歩みでて、膝をつくと祈りの言葉を口にした。
すると、扉の向こうでガコンと大きな音が鳴り、軋むような音を立てながら勝手に扉が開いていく。
おお、なんかすごいな!
「さあ、参りましょう」
レルールに促されて、私達はゾロゾロと室内に歩を進める。
「わぁ……」
そして、思わず声が漏れた。
広い部屋の中は、飾り気どころか窓がひとつ無い、殺風景な物だった。
けれど、どこから取り入れているのか、光が満ち溢れていて、荘厳な雰囲気に包まれている。
そして、そんな部屋のど真ん中に、目を引くオブジェがポツンと鎮座していた。
あれは……扉?
台座の上に設置された
うーん、なんだろうこれは?
部屋の中に大扉だけがどーんと設置されてるなんて、シュール過ぎてちょっと理解が追い付かない。
ちなみにその後ろに回ってみたけど、本当に何もない、ただの扉だけといった代物だった。
「……何これ?」
「これは『
首を傾げる私に、レルールがそう説明してくれた。
へぇ、天界へ導く……って、何それ!?すごい!
はぁ……そんな《神器》っぽい物があるだけで、ここが特別な部屋だというのはわかるわ。
確かに、この国は神様にもっとも近い場所とか言われるほど信仰の度合いが強い国だけど、まさかこんな物まで有るなんてね……。
いや、
「それでは時間も有りませんし、さっそく守護天使達を呼び出しましょう」
卵が先か、鶏が先かみたいな思考で頭の中がグルグル回っていた私は、そんなレルールの一言でハッと我にかえる。
と、同時に不吉な予感が頭をよぎった!
『守護天使を呼び出す』
そう言われて、
あの、セクシーな衣装に身を包んだおっさんエルフ達が、半狂乱で唄い踊りながら天使へと呼び掛けていた、地獄のような悪夢……。
あ、ちょっと吐きそう……。
「……エアル様、大丈夫ですか?」
気分の悪くなっていた私に、ジムリさん達が声をかけてくれた。
「え、ええ……大丈夫です。ただ……」
レルール達も、エルフの長老達のように、
いや、確かに美少女や美女揃いのレルール達がやるなら、それは素晴らしい舞いになるだろう。
だけど、それって完全に十八禁扱いになるかも……。
しかもそれを、王様と教皇様の前でやるのだとしたら、ちょっと心配になってきちゃうわね。
「あ、あの!天使を召喚って、どういう方法を行うんですか?」
不安のあまり、私はジムリさん達に尋ねた。
すると、彼女は大扉の方へ進むレルールへ視線を向けて、ご覧になっていてくださいと頷いて見せる。
皆が見守る中、無造作に大扉の前に立った彼女は、枠の所にあった何かのスイッチに手を伸ばし、おもむろにそれを押した。
『ピンポーン!』
静かな室内に、軽快な音が鳴り響く。
『……はぁい、どちら様ぁ?』
少しの静寂の後、扉から声がちょっと間延びしたような女性?の声が聞こえてきた。
「ご無沙汰しています、レルールです」
『あらぁ、レルールちゃん!久しぶりねぇ。今日はどうしたのぉ?』
「『本日は、《神器》の力を開放してもらうべく、守護天使の試練を受けに参りました」
『あらあら、それはそれは……。ちょっと待っててねぇ』
そう言うと、扉の声は別の方向に向けて、呼び掛けるような物に変わった。
『みんな~、レルールちゃん達が来てるわよぉ。試練が受けたいんですってぇ』
声をかけた後、また扉の声をレルールに向けられる。
『すぐに行くから、もうちょっと待っててねぇ』
「御手数をかけます」
『いいのよぉ。それじゃあ、レルールちゃんも頑張ってねぇ』
そう言うと、それっきり扉の声は止んで、再び部屋には静寂が訪れた。
……なんだったの、いまの会話?
それに、レルールは誰と話していたんだろう?
ちょっとジムリさん達に聞いてみようとしたら、なぜか彼女達は感無量といった表情で涙を流していた。
「ど、どうしたんですかっ!?」
「すみません、あまりの尊さに……」
「普段は、レルール様しか聞くことのできない声が聞けて、感激のあまり……」
涙を拭きながら、《神器》使い達は誇らしげに口を開く。
「いま、レルール様とお話になっていた、あのお声……あれこそまさしく、神の声に違いありません!」
…………はぁっ!?
神様?あれがっ?
「いやいや、あれじゃまるで『子供の友達が遊びに来た時の母親』みたいな対応だったじゃないですか!世間一般の神様のイメージと違いすぎて、ビックリしますよ!」
「神様は、我らを創造したお方。言うなれば、みんなのママですから……」
み、みんなのママ……。
な、なるほど、貴女達ほどの実力者がそう言うなら……って、ならないわよっ!
いや、確かにさっきの扉の声からは、威厳というか包容力みたいな物は感じたけどさ!?
「あの気さくそうな割りに、レルール様にしかお答えくだされない辺りが、ポイントよね」
「わかるー!」
気分が高揚しているのか、ジムリさん達はキャッキャッと盛り上がっている。
ダメだわ……私みたいな一般人と、教会の人達では受ける感動に差があるみたい。
「はー、神様と対等に渡り合える私の孫が尊すぎる」
「私も育ての祖父として、鼻が高いですな……」
《神器》使い達と一緒に神様の声を聞いたっていうのに、こっちのお爺ちゃん連中はまったくブレない。
でも教皇様の方は、もうちょっと何か感銘受けた方がいいんじゃないかな……とは思うけど。
「皆さん、来ますよ」
いつの間にか、扉の前から私達の所に戻ってきていたレルールが注意を促した。
おっと、不意打ちとかはないだろうけど、一応は気を付けておかなきゃね
気を取り直して、私達が『天界への扉』へ目を向けた、その時!
存在しないはずなの
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます