第61話 儀式前夜の訪問者

 ウェネニーヴの力を眼前で見せつけられ、お偉いさん達が失神したり失禁……ゴホン!

 とにかく、会議どころではなくなってしまった。


 そんな彼女が私にべったりな事から、もはやこちらに頼りなさを感じている人はいない。

 というか、ちょっと恐れられている感すらあるのよね。

 それでも一応は「他国との調整は国政側が、魔界十将軍への対応は教会側が」という、今後の方針についてだけは決めることができた。

 後方支援は国に任せて、勇者率いる《神器》使い達は、敵と戦うことに集中してもらえばいいというのは、正直助かるわ。

 そうして会議はお開きになったんだけど……私達はどうすればいいのかしら?


 会議前のゴタゴタもあり、騎士っぽい人達には聞きづらいから、その辺にいた神官らしき人に声をかけてみる。


「と、とりあえず、エアル……殿とウェネニーヴ殿には、教会の神官達が使う寄宿舎に一部屋、用意します」

 なんだか、妙に腰が低いというか、ビビっているというか……偉い人達に、何か言い含められたんだろうか?

 うーん、それともさっきのパフォーマンスは効きすぎたかな?

 へりくだって私達を案内してくれる神官の人に恐縮しながら、私達は今夜の宿泊場所へと向かった。


            ◆


 その夜。

 夕飯をいただいた後、特にやることもないので、あてがわれた部屋でウェネニーヴの髪に櫛を通していると、コンコンと扉をノックする音が響いた。


『レルールです、こんな時間にすいません。少し、お時間よろしいでしょうか?』


 うん、もちろん構わないわ。

 どうぞと声をかけると、レルールの他に二人、フードを目深にかぶった人物が彼女の後に付いて部屋に入ってきた。


 はて……?

 一瞬、ジムリさん神器使いの誰かかと思ったけれど、背丈なんかがまったくちがう。

 それに顔見知りの彼女達なら、わざわざ顔を隠す必要もないか。

 だとしたら、いったい誰が……?


 不思議に思って首を傾げていると、謎の人物達は被っていたフードを脱ぎさった。

 その下から現れた顔は……。


「王様!?それに教皇様も!?」

 思いよらぬ大物が現れて、つい大きな声を出してしまった。

「しーっ!静かに……」

「すまないが、我々はお忍びで来ているのだ」

 二人に静止されて、私は口を紡ぐ。

 ええ……でも、なんでこの二人が、私達の所に?

 ま、まさか、さっきちょっと失禁したのを知った私に、口外するなと釘を刺しにきたとか!?

 いや、別に言いふらすつもりはないけれど、何らかの罪に問われたらどうしよう。


「……どうかしたのかね、エアル殿?」

 怖い妄想に、ひとりアワアワとしていた私に、訝しげな目を向けながら教皇様が聞いてきた。

「い、いえいえ!なんでもないです!」

 パタパタと手を振りながらそういうと、教皇様は「そうかね……」とあっさり引いてくれた。

 ふぅ……。


「まずは、こんな時間に尋ねてきてすまなかったな。孫を助けてくれた君に、礼が言いたくてね」

 王様らしからぬ柔和な笑みを浮かべて、リングラン様が頭を下げる。

 って、ちょっと!

 やめてくださいよ、そんな姿を他人に見られたら……あ、だから人目につかないこの時間に、お忍びでってことか。

 でも、孫って……?


「陛下、頭を上げてくださいませ」

「こら、レルール!身内しかいない時は、『リングランお爺様』と呼びなさいと言っているではないか!」

「フフフ。私の育て方が良かったせいで、すいませんね兄上」

 寂しいだろ!とレルールを諌める王様と、レルールの教育に自信を見せる教皇。

 その姿はまさに、親バカならぬ爺バカそのものだわ。

 …………ん?

 リングラン陛下がレルールのお爺様で、オーダムラー教皇がその弟?


「それって、レルールも王族って事!?」

 軽く言われてたからすぐに気づかなかったけど、えらい事じゃないですかっ!

 驚く私に、三人はしーっ!と口の前で人差し指を立てる。

 その仕草が妙に一致していて、私はつい気の抜けた笑いをこぼしてしまった。


「一応、『公然の秘密』ではあるのですが、黙っていて申し訳ありませんでした」

 レルールは少し気まずそうにお詫びの言葉を口にする。

 いや、それはベラベラ吹聴するものじゃないとは思うし、別に構わないけど……。

 しかし、貴族階級なんだろうなぁ……くらいには予想はしていたものの、まさか王族とは予想外過ぎたわ。

 もしもライアランの策が上手くいってたら、本当にシャレになってなかった訳ね。


「この娘が、危機に陥っていた事は聞いている。ある意味、君達はこのアーモリーという国全体を救ってくれたも同然なのだ」

「『勇者教』の事もあり、あまり表だって君達に謝辞を述べられない我々の立場を察してくれるとありがたい」

 ……そうか、最初は勝手に宗教っぽいことを始めたコーヘイさん達を、抑えるために出てきたんだもんね。

 それが逆に不覚をとり、勇者達に救われたと公になれば、レルールどころか教会全体の不祥事みたい扱われて、政争の道具にされるかもしれない。

 世界が大変になるかもって時に、そんなことでゴタゴタはしてられないっていうのは、よくわかるわ。

 まぁ、てっぺんの人物がこっそりお詫びと感謝の言葉を伝えに来たのは、色々と大っぴらにしないでね!といった、口止めの意味もあるんだろう。


 あー……でも不可抗力とはいえ、彼女と戦ったコーヘイさんは、今後この孫バカっぽいお爺ちゃん達に睨まれたりしないかしら。ちょっと心配ね。


「それにしても、レルールが王族だったなんて……」

「王族などといっても、お父様もお兄様達もいますし、私など継承権も一番下です。私自身、まだまだ未熟者ですから、どうぞお気になさらずに、今まで通り接してくださると嬉しいです」

 にっこりと笑ってそう告げる彼女の様子に、お爺ちゃん達は「さす孫!」みたいな感じで大きく頷いていた。

 まぁ、私としても礼儀作法に詳しくないから、気楽に接していられる方がありがたいわ。


 それからしばらくの間、雑談なんかも交えながら、色々とこれからの話をしていく。

 さしあたって、身近な話だとアーモリーの《神器》使い達の覚醒についてだろう。

 早ければ、明日にでも行われるその儀式に挑む孫が心配な王様達は、すでにクリアしてきた私に色々と尋ねてくる。


「その、守護天使の試練とやらは、やはり過酷なのだろうな」

「そうですねぇ……油断すれば大怪我、下手をすれば」死ぬことだってあるかも……」

 その言葉に、王様達が一瞬固まった。

 だけど、これは割りと誇張でもなんでもない。


 私の時は守護天使エイジェステリアが自分から盾に突っ込んできて自爆したような物だけど、それがなければ無事でいられたとは思えないのよね。

 それくらい、あの時のエイジェステリアが放っていた闘気はすさまじい物だったのだ。

 しみじみと語っていたけど、ふと気がつくとお爺ちゃんズの顔色が悪くなっている。

 うっ、孫バカにはショッキング過ぎる話だったかしら。


「レ、レルール……お前は、神の声を聞く聖女としての務めもあるのだから、あまり無理をしては……」

「…………」

 ソワソワしながら、遠回しにレルールが試練に挑むのを止めようとするリングラン王。

 そして、言葉にこそしてはいないけど、オーダムラー教皇もその表情から同じことを考えているのがわかった。


「お爺様方が心配してくださるのは、ありがたいと思います。ですが、仮にも聖女等と呼ばれ、《神器》使いとして選ばれた以上、全身全霊をもって、成すべき事を成したいと思っております!」

 力強く、そして決して曲がることのない意思のこもったレルールの言葉に、王様達は返す言葉もない。


「……わかった。だが、本当に無理だけはするなよ。これは教皇としではなく、お前の身内としての願いだ」

「はい、オーダムラーお爺様」

「オイオイオイ!私も心配しているんだからな!本当に危なくなったら、すぐにやめるんだぞ!」

「なるべく、そうならないように努力しますわ、リングランお爺様」

 不安は拭えないけど、誇らしげに孫娘を見つめる二人の目はとても優しい。

 はぁ、いいなぁ。私も久しぶりに、故郷のお爺ちゃんに会いたくなってくるわ。

 そのためにも、頑張って平和を取り戻さないとね!

 改めて気合いを入れる私だったけど、ふとレルールが漏らした呟きが耳に届いた。


「それにしても、この鎖の《神器》の守護天使様は、どんなお姿をしているんでしょう……」

「あれ?《神器》を受けとる際に、守護天使と会わなかったの?」

「はい。この鎖の《神器》は、この国に昔から伝わっていた物でして……」

 ああ、コーヘイさんの鎧の《神器》や、セイライの弓の《神器》みたいな物か。


「守護天使の姿を想像すると、少し楽しみになってきますね」

「まぁ、美男美女は当たり前だと思うから、楽しみにしておくといいかもね」

「そうですね」

 話を合わせてクスクス笑うレルールだったけど、その背後からすごい形相で王様達が天を見上げている。


「私の可愛いレルールをたぶらかしたら、天使といえど許さんぞ……」

「神よ……守護天使が迂闊な真似をしたら、そいつを天に還す事・・・・・になるであろう事を、お許しください」

 ちょっと王や聖職者に似つかわしくない事を口走ってるような気がするけど、大丈夫かしらこの人達。


 そんな一抹の不安を抱えたまま夜は更け、やがて王様達は来たときと同じように、フードを目深にかぶり直して、部屋を出ようとしていた。


「ああ、そうだ。エアル殿」

 ん?

 チョイチョイと手招きされて、私は王様に近づく。

「どうかしましたか?」

「念のために言っておくが……我々が漏らした事も、口外せんようにな……」

 まったく目が笑っていないにこやかな笑みで、リングラン王はそう告げた。

 わ、私が気づいた事に気づいていたのね……。


 わかってるね?と、無言の圧力をかけてくる王様と、その後ろから背中越しに存在感を醸し出す教皇に、私は無言のままコクコクと頷いた。

 最後に、王が醸し出すプレッシャーというものがこれほどの物かと、存分に感じられたわ。


「遅くまで、申し訳ありませんでした。ごゆっくりお休みくださいませ」

 王様達を送り出した後、レルールも一礼して部屋を出ていく。

 残された私とウェネニーヴは、来客達の余韻に浸りながら、静寂が戻った室内でぼんやりしていた。が、やがてどちらからともなく欠伸が漏れ、そのまま流れるようにベットへと潜り込む。

 それにしても、最後の王様達のプレッシャーはすごかったなぁ……。


「はぁ……」

 思わず漏れたため息と共に、夢の中には王様達が出てきませんように……と、小さく祈って私達は眠りについた。

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