第58話 命の洗濯

          ◆


「はふう……」

 巨大な浴場で心地よい湯に浸かりながら、グッと全身で伸びをする。

 そんな私の口から、思わず心地よいため息を漏れていた。


 くあぁぁ……気持ちいい!

 文字通り、疲労が体から溶けて出ていく感じがする。

 実家の狭い風呂桶と違って、こんなにもゆったり入れるお風呂なんて、すごく贅沢だわ。

 さすがは、アーモリーの大神殿にある上位神官専用の大浴場ね。


 ──さて、なんで私達が突然こんな場所でくつろいでいるかと言えば……。


「お姉さま~!」

 私の思考を遮るように、ウェネニーヴの声が浴室に響いた。

 そして、そのまま勢いよく駆けてきた彼女は、一気に湯槽へ飛び込んでくる!

 派手に水飛沫がとびちり、水面が大きく波打つ!

 あぁん、もう!


「そんなにはしゃいだらダメじゃない、ウェネニーヴ!」

「すみません!ですけど……」

 怒られたのにニコニコしながら、ウェネニーヴは私の隣にピタリとくっついた。


「お姉さまと裸の付き合いができるのが、嬉しくて嬉しくて……ウフフ」

 んんん、確かにウェネニーヴと一緒にお風呂に入るなんて、彼女が仲間に加わった最初の頃ぶりくらいかしら。

 あの頃は、まだ人間に変化したばかりで、常識的なものがわかってなかったからなぁ。

 だから、ウェネニーヴがはしゃぐのも無理はないかもしれない。

 でも、今のところ利用者が私達だけとはいえ、マナーはちゃんと守りなさい!


 はーい!と返事だけは良いものの、ウェネニーヴはそれでも私から離れようとしない。

 ふぅ、やれやれ。


 ……しかし、こうして全裸で密着してこられると、嫌が応にも感じられるのが、圧倒的な彼女のパワー

 私より背は低いのに、そこのサイズだけは比べ物にならないわ……。

 その存在感を強調するみたいに、ウェネニーヴは豊満な胸を押し付けてくる。

「お姉さまぁ♥」

 ……あらやだ、この娘もしかして発情してる?


「ワタクシ……もう辛抱たまりません!」

「ちょ、ちょっと!待ちなさい、ウェネニーヴったら!」

「浴場では、お静かに願います!」

 私を組み敷こうとしたウェネニーヴに抵抗していると、横合いから抗議の声が投げ掛けられた。

 その隙に、私は彼女の(竜だけど)虎口から脱出する。

 あ、危なかった……。


「ありがとう……助かったわ、レルール」

 私がお礼を言うと、顔を真っ赤にしながらレルールは「どういたしまして……」と、か細く答えた。


「あの……それと、ウェネニーヴ様……お願いですから……ま、前を隠してくださいっ!」

 いい所で邪魔をされ、少し膨れっ面で仁王立ちになってる彼女に、レルールは顔を手で覆いながらお願いする。

 いや、顔を隠してはいるけど、指の間から見えてるわね、アレは……。

 だけど、ウェネニーヴの方はその申し出に応える気は無さそうだった。


「何を隠せと言うのですか。ワタクシとお姉さまの愛の前には、何も隠すものなどありませんよ!」

 いや、あるでしょ。

 もうちょっと、慎みを持ちなさいって!


 私からも促され、ウェネニーヴは渋々タオルで体の前面を隠す。

 それでようやくホッとしたのか、レルールも小さなため息を吐いた。


「それにしても……ウェネニーヴ様の正体が、あの時の竜であるというのには、驚きました」

「両性というのにも、驚きましたけどね……」

「私達ごときには、まだまだ量りかねる事が多いですね」

 風呂に入る前からのぼせそうになっていたレルールを助けるように、部下であるジムリさん達も湯槽に入ってくる。


 むむ……法衣の上からではわからなかったけど、みんなかなりのスゴいプロポーション。

 腹筋も割れるほど鍛え上げられているけど、出るところは出ている辺り、マニアには堪らないでしょうね。


 まさにボンッ!キュッ!ボンッ!って擬音が聞こえてきそうな彼女達に比べて、年相応な控え目ボディラインのレルールが、微笑ましく見えるわ。

 まぁ、バランスのとれた美しさという点では、彼女が一番なのかもしれないけど。


「……せっかくお姉さまと、久しぶりにイチャイチャできると思っていたのに」

 レルールを見て、ひとり和んでいた私の様子を見たウェネニーヴが、また抱きついてくる。


「お姉さまは、もっとワタクシを見てください!」

 んん?何か変な邪推してない?

 ちょっとだけ、年下のレルールを見て、実家の弟妹達を思いだしてただけなんだけど。

 しょうがないなぁ……ちょっとふてくされるウェネニーヴを宥めていると、レルールが小さく呟いた。


「や、やはりお二人はそういうご関係で……」

「はい!その通りで……」

「違う違う!あくまで、この娘は妹みたいな物だから!」

 ウェネニーヴに先んじて、そこは即座に否定させてもらう!

「そ、そうですか。いえ、なんだかエアル様はウェネニーヴ様の裸を見ても、動揺していらっしゃらないようなので、深い仲なのかと……」

「いや、動揺してない訳じゃないのよ?ただ、実家ではよく弟とかお風呂に入れてあげてたし、ちょっとは耐性があるってだけ」

「なるほど……」

 納得したのかしてないのか、レルールはなんだか曖昧な返事をしてきた。


「それにしても、レルール様には少し刺激が強すぎましたね」

「う……あ、貴女は平気だというの、ルマッティーノ!?」

「私は、婚約者がいますから」

 えっ!そうなの!?

 聖職者の上に《神器》使いなんて危険な役に着いてるのに、婚約者がいるなんて……ちょっと興味がわくじゃない!

 それに、慣れてる的な物言いって事は、そういう事よね・・・・・・・

 年齢も上だけど、そっちの経験も上みたいなルマッティーノさんには、いずれ色々と聞いてみたいものだわ。


「わ、私はレルール様の味方です!」

「ありがとう、モナイム……」

 控え目な感じのする天秤の《神器》使いであるモナイムさんが、ここぞとばかりに前のめりでレルールに迫った。

 その勢いに、さすがのレルールも少したじろいでるみたい。

 うーん、ライアランの件では、彼女がいの一番に奴の手にかかっていたからなぁ。

 真面目な人そうだし、挽回するために気合いが入っているのかもしれない。

 でも、なんだろう……がっちりレルールの手を握ってるし、見つめる視線に妙な熱がこもってるような……?


「あの《神器》使い……ワタクシと似たニオイ・・・を感じますね」

 フフンと小さく笑いながら、ウェネニーヴが呟く。

 ……怖いから、なんのニオイなのか、深く追求するのはやめておこう。


「あの……少しお訊きしてもよろしいでしょうか?」

 ふと、レルール達から離れて私達の所へ来たジムリさんが、ヒソヒソと小声で尋ねてきた。

「え?どうしたんですか?」

「あの……その……」

 顔を赤らめて、モジモジと指先を所在無さげに弄るジムリさん。

 しかし、意を決したように、キッと私の目を見据えた。


「モ、モジャ様には……お、お付き合いしている方はおられるのでしょうか!?」

 ……はい?

 モジャ様って……うちのモジャさんの事?

 念のため確認すると、至極真面目な顔付きで頷き返してきた。

 え……ええええっ!?


「え、えっと……モジャさんにそういう人・・・・・は、いないハズですけど……」

 そう答えると、ジムリさんは心底ホッとしたような安堵の表情を浮かべた。

 こ、この反応は間違い無さそう。


「あの……ジムリさんは、モジャさんが好きなんですか?」

 ストレートに尋ねると、文字通り彼女の顔から火が噴き出す!

「すすすすすす、好きとか嫌いとかそういうのじゃなくて……」

 ワタワタと慌てる彼女の様子で、もう丸わかりである。

 語るに落ちるとは、このことよね。


 それにしても……へぇ~、あのモジャさんをねぇ……。

 いったい、どの辺が好きになったのかしら?

 いつも褌一丁で、体毛もモジャモジャなのに……本当にどうして?

 本気でわからなかったので、こっそりとジムリさんに尋ねてみた。


「あ、あの人と最初に戦った時、私の攻撃を平然と受け止めてて、すごく逞しい人だなって……」

 ああ、確か一定時間ダメージ無効になる《加護》で受け止めてたっけ。

「それに、抱き締めようと迫ってくる姿が、すごくワイルドで情熱的でしたので……」

 それはたぶん、捕まえてブン投げるつもりだったんだと思う。

 実際、彼女がライアランに操られていた時はそうしてたし。


 うーん、多少の誤解はあるみたいだけど、ここであれこれと言うのは野暮ってものよね。

 せっかく、モジャさんにも春が訪れるかもしれないチャンスだろうし。

 それに、私だって年頃の娘として、自他を問わずに色恋沙汰に興味があるわ。

 ここはひとつ、恋バナとかに花を咲かせてみようじゃないの。


「安心して、ジムリさん!私も、あなた達が上手くいくように応援するから!」

「エアル様……」

 瞳を潤ませるジムリさんと、力強く頷いた私は、ガッと突き出した拳を合わせた。


 ──それから二時間ほど、乙女なトークで盛り上がった私達は、ようやくお風呂からあがって、用意してもらった服に着替えた。

 はー、ちょっとのぼせたけど、なかなか有意義な時間だったわ。

 やっぱり時々はこんな会話をして、心に潤いを与えないとね。

 晴れやかな気持ちでウェネニーヴを拭いてあげていると、何やら浮かない顔のレルールと目が合った。

 どうかしたのかしら?


「いえ……クロウラーの街へ向かった勇者様達と、エルフの国へ向かったモジャ様達が少し心配で……」

 ……………はっ!?

 そ、そうだった!

 ついのんびりしていたけど、私達が別れて行動していたのも、理由があっての事だったんだ!

 しかも、その中で一番の激戦区になるかもしれないのが、ここアーモリーなのだ。


 うう……英気を養い、疲れを取ってから、これから始まる儀式に挑む彼女達をサポートしなきゃならないのに。

 うっかり、お風呂で気を抜きすぎてたわ。

 ひょっとすると、若干の現実逃避が入っていたかもしれないけど。


 ──さて、いい加減、なぜ私達が先行してアーモリーに入ったのか。

 改めて、その理由を語らなければならないわね。


 そう、それはセイライが持ってきた、『魔界十将軍全員での、人間界へ向けた進行作戦が計画されている』という情報が発端だった……。

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