第57話 絶望の兆し

「……まぁ、ちょっとモヤモヤは残るけど、みんな無事みたいだし良しとしましょう」

 勤めて明るく言うと、みんなから「そうだな」といった返事が帰ってくる。

 心配だったジムリ達も、今はボーッとしてるけど、意識はあるみたい。


 ライアランが死んで、ちゃんと呪縛は解かれたみたいだし、とりあえずはひと安心だわ。

 マシアラも重石になってたゴーレムをよけ、ジムリ達を解放した事で、緊張も解けて弛緩した空気が漂いはじめる。

 ただ、そんな中でレルールひとりだけは、悲痛な顔をしていた。


「……皆様」

 よろめきながら上体を起こしたレルールが、私達に呼び掛ける。

 ああ!無茶しちゃダメよ!

 助けようとしたけれど、それより早く彼女は両手を地面につけて、深く頭を下げて土下座した!

 え?なになに?

 ど、どうしたっていうの!?


「私が未熟だったばかりに、ライアランのはかりごとに乗せられ、危うく取り返しのつかない過ちをおかすところでした……」

 頭を下げたまま、震える声でレルールは続ける。


「皆様に止めていただけなければ、私は奴に利用されて、さらに恐ろしい事態になっていたと思います。本当に……私自身の不甲斐なさに、こうしてお詫びする事しかできません」

「レルール様……」

 主のそんな様子を見て、解放されたジムリ達も、同じように土下座をしてきた。

「我々も同罪です!ご迷惑をおかけしました!」


 ちょ、ちょっと待ってよ!

 確かに乗せられていたとはいえ、貴女達も悪気があった訳じゃないんだから、そこまで頭を下げなくても……。

 しかし、レルール達は頭を上げようとしない。

 うう、困ったなぁ。

 こういう時って、どうすればいいんだろう。

 許すっ!って言えばいいのかな?


 そんな風に困惑している私達に代わって、コーヘイさんがレルール達の所へ歩み寄っていく。

 そうしてレルールの前で膝をつくと、彼女の肩にポンと手を置いた。


「あんたらが来てくれなきゃ、俺も自堕落な生活で腐っていくだけだった。そういう意味じゃ、助けてくれたも同然だよ」

「勇者様……」

 ようやく顔を上げるレルール。

 その瞳には、涙が浮かんでいた。


「未熟な勇者に、未熟な聖女。どっちも未熟なら、誰が悪いとかは無しにしようぜ」

 にっこり笑って、立ちなよとレルール達にコーヘイさんは手を伸ばす。

 おお、なんだか物語りのワンシーンみたい。

 レルールが美少女というのもあって、すごく映えるわ。


 珍しくちゃんと勇者っぽい事をするコーヘイさんに、イイハナシダナーと感心していたけど、実は少しだけ気になる事もあった。

 それは、ライアランに封印されたコーヘイさんの《加護》が、復活してるかもしれないという事。

 また、勇者フェロモンとか垂れ流しはじめて周囲の人間を魅了しだしたら、ややこしくなりそうだもんね。

 だから私は念のためにと、こっそり彼の《加護》をチェックしてみた。


 すると、【好感度上昇】の《加護》はボヤけたままで発動していないみたい。

 どうやら、ライアランの封印……というか呪いは、奴が死んでもそう簡単には解けなかったみたいね。

 うん、これならしばらくは安心かな……いや、安心と言ったらおかしいかもだけど。

 なんにせよ、今後の人間関係はコーヘイさん自身の力で頑張ってもらいましょう。


 あ、そうそう。

 ライアランといえば……。

 私は、ひっくり返った亀のような状態で息を引き取った吸血鬼のそばに歩みより、死因となった《神器たて》を回収する。

 しかし、苦しそうな顔をしてるなぁ……。

 今後は、なるべくこういう倒し方・・・・・・・は、止めておこう。


「……吸血鬼って、俺の世界の伝承じゃ基本的に不死身らしいけど、こっちじゃどうなんだ?」

 何気ないコーヘイさんの問い掛けに、みんなギョッとする。

 そ、そうなんだ。

 日光に弱いとか言ってたから雑魚扱いかと思ったけど、意外にすごいのね、異世界の吸血鬼……。


「小生のように復活できるとは思いませんが、一応は『聖属性の炎』などで火葬しておけば良いのでは?」

 そうね、その手の魔法を得意とするレルール達もいるし、ここはひとつお願いしようかしら。

「お任せください!」

 汚名返上のチャンスとばかりに、レルール達は意気揚々とライアランを荼毘に伏した。


「……考えてみると、死んだ魔界十将軍の二人とも、お姉さまがトドメを刺してるんですね!」

 すごいです!とウェネニーヴは誉めてくれるけど、盾による圧死とか撲殺っていうのは、ちょっと複雑な気分だわ……。


 さて……一段落ついた所で、当然ながら今後の行動についての話になる。

 うーん、やる事が山積みだけど、こういう時は身近な所から処理していくのが賢明よね。


 そんな訳で、まずは勇者教が幅を聞かせていたクロウラーの街をどうするか。

「……めっちゃ謝ってくるよ」

 消沈しながら、コーヘイさんがそう告げる。

 まぁ、だいぶ好き勝手絶頂だったもんね……。

 ただ、それに関してはレルール達も口添えしてくれるそうなので、いきなり吊るされるような事は無いでしょう。


「あ、そういえばアーケラード様達はどうなったのかしら……?」

「彼女達は、クロウラーの街で待機してもらっています。まぁ、個人的・・・に勇者様にお話があるとは、言っていましたけど」

 それを聞いたコーヘイさんの額から、滝のような汗が流れ出す。

 勇者フェロモンの力があったとはいえ、バッチリ夜の相手もしてたからなぁ……そりゃ、言いたい事もあるだろう。


「修羅場ってやつですか?」

 無邪気に聞いてくるウェネニーヴの言葉に、コーヘイさんはまた大きなため息をついた。

 まぁ、修羅場になるかどうかは、コーヘイさんの態度しだいでしょ。


 次に議題になったのが、エルフ達との共闘について。

 一応、コーヘイさんも心を入れ換えた事だし、これに関してはあんまり心配する事はないかな?

 ああ、でも《神器》開放の事もあるし、いずれはみんなで顔を出さなきゃいけないかも。

 とりあえず、スケジュール的に大丈夫か尋ねてみると、レルールが手を上げて問い返してきた。


「その《神器》の開放については、必ずエルフの国で行わなければならないのでしょうか?」

 ……そう言われると、たんに『守護天使の試練をクリアすればいい』だけだから、彼等を呼び出す場があればいいのかもしれない。

「それでしたら、アーモリーの大神殿でも大丈夫かもしれません」

 聞けば、レルールが所属する宗教国家であるアーモリーの大神殿には、時々、天使や神の声が降りてくるという。

 そういえば、私達も初めは《神器》を捨て……外す方法はないか探すために、アーモリーを目指そうとしてたっけ。


 ふむう……またエルフの所で、見世物みたいに戦うのは、ちょっとなぁ……。

 それに、《神器》使い達が集結するには、森の奥にあるエルフの国より、アーモリーの方が集まりやすいと思う。


「とはいえ、エルフ達と打合せもしなきゃならんだろうから、一度は向こうに顔を出さなきゃな」

 そうねぇ……モジャさんの言葉に、私も頷いた。


「エルフの国と連絡をつけるその役目、俺に任せてもらおうか」


 不意に横あいから声をかけられ、その場にいた全員がそちらに顔を向ける!

 あれ、でもこの声は……。


 みんなが注目する先で、森の奥から姿を現したのは、輝く弓の《神器》を背負ったエルフの青年。

「久しぶりだな」

 不敵な笑みを浮かべて挨拶してくる彼は、元魔界十将軍の一人であり、今は私達の味方となった弓の《神器》使い、セイライだった!

 って言うか、『久しぶり』じゃないわよ!

 こっちが大変だった時に、一体どこをほっつき歩いてたっていうの!?


「ピンチの時に颯爽と現れようかと思ったけど、実は秘密裏に動いて重要な情報を持ってくる方が、格好いいと思っただけさ」

 ……ああ、うん。

 あなたの行動規準は、そういうのだったわね。

 この期に及んでブレないなぁ……。

 小さくため息をついていると、ゴーレムの肩に乗ったマシアラがセイライの前に出てきた。


「相変わらず、男の美学に忠実な御仁でありますな」

「なっ、マシアラ!?なんでお前が……」

 マシアラがウェネニーヴの下僕志願してきた時、別行動をとっていたセイライは、彼がこの場にいることにすごく驚く。

 まぁ、エルフの国を襲撃してきた奴がどの面下げて……と、言いたくなるのもわかるけどね。


「かつての敵が仲間になるパターンが続いたら、俺の格好よさがボヤけるだろうがっ!」

 怒るポイント、そこなの!?

「というか、なんだその姿はっ!?もしや貴様、可愛いさアピールでマスコットのポジションまでかっさらっていくつもりでは……」

 ギリギリと歯軋りしながら、訳のわからない嫉妬の炎を燃やすセイライ。

 そんな彼に、私達はおろか初対面のコーヘイさん達も残念な物を見るような目で、見ていた。


「あの……こちらのエルフの方を、紹介していただいてよろしいでしょうか?」

 さすがは礼儀を重んじる大司教だけあって、レルールがおずおずと聞いてくる。

 うーん、そうねぇ……なんて紹介したら角が立たないかしら……。


「俺の名はセイライ。元魔界十将軍であり、今は《神器》を覚醒させた戦士。闇と光を渡り歩き、群れる事を好まぬ孤高の狩人だ」

 変な決めポーズを取りながら、勝手にセイライは自己紹介をする。

 波風立てないようにしようとしてた、こっちの気も知らないで、こいつは……。

 あと、なぜかコーヘイさんが「厨二かよ……」とか呟きながら顔を赤くして伏せていた。

 やっぱり、セイライの自己紹介はまずかったのかしら。


「まさか……魔界十将軍を、二人も配下にしていたのですか!?」

 ん?

 セイライとマシアラを交互に見ていたレルールが、驚愕と共に、キラキラした瞳で私の方を見てきた。


「あ、いえ……配下っていう訳じゃなくて、まぁその……仲間?っていうか……」

「いえ!それでも凄いです!」

 しどろもどろな私に対して、興奮ぎみなレルールがグッと詰め寄ってきた。


「やはりエアル様の功績は、《神器》使いの中でも群を抜いております!是非とも貴女様を私の仲間に……いえ、むしろ私を、仲間に加えていただきたいです!」

 ギュッと私の両手を握り、そう提案してくるレルール。

いやいや、ちょっと落ち着いて!

 あと、ウェネニーヴはレルールを威嚇しないの!


 なんだか私を慕ってくれる、ありがたいけどちょっと困った美少女達を宥めていると、不機嫌そうなエルフが口を挟んできた。


「あのさぁ!重要な情報を持ってきたんだけど、そろそろ発表していいかなぁ?」

 少しばかり蚊帳の外に置かれたからって、そんなに拗ねなくてもいいでしょうに。

 なんにせよ、その情報とやらを聞いてみなくちゃ、重要かどうかはわからない。

 だから適当に持ち上げつつ話を促すと、セイライは勿体ぶったような咳払いをひとつした。

 ……面倒くさいな、このエルフは。


 そんな事を思いつつ、もしも大した話じゃなかったら、軽くお仕置きしてやろうと考えていた私だったけど、セイライの口から飛び出した言葉に、血の気が引く音を聞いたような気がした。

 彼のもたらした情報、その内容とは……。


「残る魔界十将軍の全員で、この人間界に直接乗り込んでくるらしい」


 等という、そんな絶望的な情報だった……。

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