第56話 不穏の種

 そう、それは守護天使の試練を乗り越え、《神器》が覚醒しているかどうかの違い!


 私の盾も、モジャさんの槍(あと、ついでにセイライの弓)も、エルフの国でレベルアップしていた。

 たぶん、天秤の《神器》は覚醒していないから、ひとつ上の《神器》になった私達には通じなかったんだろう!


 でも、神様の声を聞けるレルールなら、覚醒の事とか聞いててもおかしくなかったのに……。

 まったく、天使達といい神様といい、そういう説明はちゃんとやってほしいわよね!


 さて……まだライアラン達は、私達の《神器》が能力を使用できる事に気づいていない。

 これは、不意打ちの大チャンスだわ。

 そーっと……敵に気付かれないようにゆっくりと……モジャさんが槍の穂先をライアランに向け、狙いを定める。

 槍の腕前はゴミだよ……と自称する彼でも、油断しまくって棒立ちになってる、今のライアランになら当てられるに違いない。

 タイミングを見計らって……槍の《神器》の穂先が、獲物に襲いかかる牙の如く飛びかかっていった!


 しかし、ギャリン!と、硬い金属同士が当たる音が周囲に響く!

 ライアランを貫くべく、伸びた槍の穂先!

 それを、ラトーガが短剣で弾いて、防いだ音だった!

 うそっ!完全に不意打ちだったのに!?

 驚く私達をラトーガは一瞥して、フッと小さく笑った(ような気配がした)。


『暗殺者の前で、暗殺を行えると思わない事だ』


 な、なるほど……そっちの方が本職なだけに、暗殺や不意打ちには勘が働くっていうことなのね。

 見事に防いだラトーガに対して、モジャさんも「プロやな──」と素直に感心していた。


「な、なんだ今のは!?その槍は一体……」

 ラトーガとは対称的に、動揺しながらライアランがモジャさんの槍を睨み付ける。

「フッフッフッ……確かに一見しても、ただの槍にしか見えないだろうな。だがっ!」

 注目を集めて気分が良くなったのか、モジャさんはネタばらしとばかりに槍の《神器》の擬装能力を解除した!


「おお……」

 真の姿を現した槍の《神器》の造形美に、誰からともなく感嘆のため息が漏れた。

「まさか、その槍が《神器》だとは思わなかったぞ……」

 まぁ、パッと見だと、褌一丁のおじさんがテキトウな槍を持ってるようにしか見えないもんね。

 おまけに、モジャさんは戦闘時に槍を使わないから、見抜けなくても無理はないでしょう。

 ……ほんと、なんで天使はモジャさんを選んだのかしら?


「……その槍が《神器》だった事はいい。だが、なぜ貴様の《神器》は力を封じられていないのだ!?」

 それに関しては、コーヘイさんもレルールも興味深そうにこちらを見ている。

 それに対してモジャさんは……。

「うるせえ、バーカ!」

 まるで子供みたいな罵声で返していた!


「なんでワザワザ、敵に情報をくれてやらなきゃならねぇんだよ!知りたかったら、力ずくで聞き出してみやがれ!」

 ごもっともな意見だわ。

 それに、「まだなにか奥の手が有るかもしれない」と思わせておけば、相手に無駄な精神的負担を与えられるもんね。


「……ふん、ならばもう聞くまい」

 ちょっと拍子抜けするくらい、あっさりとライアランは問いかけを切り上げた。

「《神器》の能力が封じられていようがいまいが、貴様らの相手をするのは、私の人形達なのだからな!」

 その言葉通り、虚ろな表情のジムリ達が、ライアランを庇うように歩み出てくる。


「ククク……先程の小競り合いとは違い、今のこいつらに貴様らを殺す事への躊躇はないぞ。さらに降参もしなければ、死への恐怖もない」

 まさに人形。

 そんな状態の彼女達は、ゆらりと武器を構えた。


「ラトーガ、お前も手伝え!」

『しょうがないにゃあ……』

 ライアランの要請に、ラトーガもやれやれと参戦の意を示す。

「だめ……ジムリ、ルマッティーノ、モナイム……やめて……」

「フフフ、無駄ですよレルール嬢。なぁに、これが終れば、すぐ貴女も私の人形にしてあげます」

 か細い声で仲間を止めようとするレルールに、ライアランは被虐的な笑顔を向けて覆い被さろうとする!

 言動も絵面も最悪だわ!これ以上は、全年齢対象に相応しくない!


「いくわよ、みんな!コーヘイさんも大丈夫?」

「ああ、能力が使えないだけで、鎧の防御力は落ちたわけじゃないからな!」

 一刻も早くライアランを撃退するべく、私達は動き出す!

 そしてそれを防ごうとする、操られたジムリ達!

 再び、戦いの火蓋は切って落とされた!


          ◆


 ──そして、戦いは終わった。

「早っ!?」

 思わずツッコンでくるライアラン。

 いや、それはそうでしょうよ。

 元々、相性を考えて戦う相手を決めていた訳だし、操られてるせいで不利になっても引こうとしないから、余計に早く倒す事ができた。

 特に、モナイムなんかは戦闘力が皆無と言っていいので、私の盾による殴り付けの一撃で沈んだほどだもん。


「お、お前らは、操られているだけの同じ《神器》使いに、思うところは無いのかっ!」

 それは少しはあるけど……さっきまで戦ってた相手だし、手加減はいらないかなって……。

 あと、操ってる本人に、そんな事は言われたくないわね。


「しばし、おとなしくしてもらいますぞ」

 《神器》使いの三人は、マシアラの作ったゴーレムで重石をして、ひとまず行動を抑えておく。

 ただ、ライアランの代わりに参加してきたラトーガを相手にしているウェネニーヴだけは、まだ戦闘が続いていた。


 なにしろ敵は四人に分身している上に、そのチームワークは完璧と言っていい。

 ただ、暗殺がメインなラトーガでは、ウェネニーヴの防御力を貫くのは容易ではないみたいで、掠り傷程度のダメージしか与えられていないようだった。


「はあぁぁぁぁっ!ウェネニーヴ様の珠のお肌に傷がっ!後で小生が、誠心誠意ペロペロして差し上げねばなりませんぞ!」

 興奮するマシアラをひっぱたいて、私達は彼女の攻防を見守った。


『……おかしいな』

「どうしました?ひょっとして、毒が効かない事・・・・・・・が不思議でしたか?」

『ふん、何か対策をしているということか……』

 どうやら、ラトーガの短剣には毒が塗られているみたいね。

 でも、その正体が毒竜であるウェネニーヴには、まったく通用していない。


『一撃は重く、防御は硬い。おまけに、毒も効かないときたか……』

「打つ手無しなら、逃げたらどうです?こちらとしても、早くお姉さまに褒めていただきたいので」

『……お言葉に甘えよう』

 そう言いうと、唐突にラトーガ達は四方に別れて、森の中に消えていった。

 え、本当に逃げたの!?

 まさかとは思ったけど、森へと消えたラトーガの気配は、すでに感じられない。

 思わぬ幕切れになんだか拍子抜けしていると、ウェネニーヴが笑顔でこちらに顔を向けた。


「お姉さま~!」

 両手を広げて、こちらに駆け寄ろうとするウェネニーヴ。

 だけど、その時!

 突然、彼女の背後から、逃げたはずのラトーガ達が襲いかかってきた!

 しかもその手には、短剣よりもはるかに貫通能力の高い刺突針剣エストックが握られている!


「ウェネニーヴ!後ろっ!」

 思わず私は叫んだ!

 だけど、ウェネニーヴはニヤリと笑いながら、ラトーガ達へと振り返る!


「そう来ると思っていましたよ」


 彼女が呟いた次の瞬間、その口から咆哮と共にまばゆいドラゴンブレスが放たれ、迫るラトーガ達を呑み込んでいく!

 凄まじい爆発音と衝撃が響き、大地を抉りながらラトーガだったモノ・・・・・・・・・を跡形もなく吹き飛ばしていった!


「チョロチョロと動かれて、面倒でしたからね。無防備な背中を晒せば、狙ってくると思ってましたよ」

 さ、さすがウェネニーヴ。すべて作戦通りだったのね。

 そんな風にラトーガを倒した彼女は、チラチラと私の方を見ながら、褒めてオーラを放ってくる。

 思わず私は苦笑しながら、ウェネニーヴ招き寄せてその頭を撫でてあげた。


「エヘヘ……」

 子犬みたいに、はにかむ彼女の様子が愛らしくて、私はさらにナデナデを加速させる。

 そこへ、鼻息を荒くしたマシアラが走ってきた。


「ウェネニーヴ様!お怪我の方は大丈夫でありますか!小生が、ペロ……ぶっ!」

「至福の時間を邪魔するんじゃありません」

 杭打ちみたいな一撃で、マシアラを地面にめり込ませたウェネニーヴは、もっともっとと私の胸に顔を埋めてすり寄って来た。

 んもう……しょうがないなぁ……。


「ば……かな……」

 レルールに馬乗りの状態になったまま、ライアランは呆然としていた。

「ぼーっとしてんじゃねえよ!」

 そこへコーヘイさんが攻めかかり、伸ばした腕で首を刈るような一撃をお見舞いする!

「こぼっ!」

 無防備だったライアランは喉を強打され、たまらずレルールの上から転げ落ちた。


「おい、大丈夫か!?」

「あ、貴方に助けられるなんて……」

「ああ、そういうのは後にしよう。とりあえず、回復するぞ!」

 そう言って、コーヘイさんは回復魔法を発動させた。


「させるかぁっ!」

 回復させまいと、ライアランが迫る!

 しかし、横から両者の間に飛び込んだモジャさんが、吸血鬼の体を捕まえた!

 そのまま、綺麗な弧を描いて投げられたライアランは、受け身も取れずに背中から地面に叩きつけられる!


「ぐはあっ!」

「今だ!エアル!」

「オーケー!」

 モジャさんの合図に、私は二人の元まで走ると、《神器たて》の重量を最大・・にして、ライアランの胴体へと打ち付けた!


「ぐえーっ!」

 怪鳥みたいな悲鳴をあげて、ライアランがメキメキと胴体へめり込んでいく盾の重さに驚愕する!

「ん、んほぉ!な、なにこれ、しゅごいいぃ!でりゅ!お腹の中からぜんぶ出ちゃうぅぅっ!」

 取り澄ました態度もかなぐり捨てて、必死で盾の重さに耐えようとしているライアラン。

 けど、いくら吸血鬼とはいえ百トンという重量をはね除ける事は出来なさそうだった。


 うーん、このまま放っておけば倒せそうだけど、ジムリ達を元に戻すためには、ライアランの手が必要なのかしら?

 もうちょっと軽くしようかな、どうしようかな……と悩んでいた時、不意に後ろから体を引っ張られた!


「ふぇっ!?」

 間抜けな声を出して、後方に数歩よろめくいてしまう。

 だ、誰よいったい……。


 後ろを振り返れば、私を引っ張ったのはウェネニーヴだった。

「どうしたの、ウェネニ……」

 彼女の名前を呼ぼうとしたのとほぼ同時に、フッと空気が動いた気がした。

 何事かとまた振り返って見ると、さっきまで私の立っていた場所に、静かに刺突針剣を突き立てている影がひとつ!

 ローブはだいぶボロボロになっているけど、間違いない!

 こいつ、ラトーガだわっ!

 まさか、ウェネニーヴのドラゴンブレスを至近距離で食らって、無事だったなんて!


『ちっ!』

 舌打ちをしたラトーガは、モジャさん達を牽制しながらライアランの側へと、滑るように移動する。

 だけどその反動で、纏っていたボロボロのローブは、完全に砕け散り彼……いえ、彼女・・の正体が露になった。


「ダークエルフ……」

 そう、誰が呟く。

 暗殺者の黒いローブの下から現れたのは、褐色の肌に銀の髪と尖った耳の美形。

 まさに、以前出会ったエルフ達とは色が違うだけといった姿をしている、黒いエルフがそこにいた。


「おまえ、女だったんか!?」

 口調を忘れて、マシアラが驚きの声をあげる。

「女で何か問題でもあるのか?」

 口元を隠す布も崩れ落ちたからか、先程よりはっきりとした声が、凄味を含んで突きつけられる。

「あ、いえ……問題とかないっす」

 そんなラトーガに気圧されて、マシアラはスゴスゴと引き下がった。


「ま、まさか、女だったとはな……そ、それは、ともかく……早く、この盾を……どけてくれぇぇ!」

 驚いたけど、それどころじゃないんだと、悲痛な声で懇願するライアラン。

 それを聞いて、ラトーガはやれやれと肩をすくめながら、彼の胴体を押し潰している盾に手をかけた。


「ぐぬぬぬぬぬぬ…………」

 女性らしからぬ声を絞り出して、ラトーガは力を込める!が、盾はビクともしない!

「んんん………………無理だ、これ!」

 見切りをつけたラトーガは、パッと手を離してライアランに向けて手を合わせた。


「ちょ、ちょっとおぉぉっ!」

「悪いな、ライアラン。まぁ、あなたが失敗しても、計画・・に支障はないから、安心して逝っていいぞ」

「あ、安心できるかぁっ……グフッ!」

 ツッコミみたいな絶叫を最後に、魔界十将軍の一人であるライアランはあっさりと事切れた。


「本当なら、もう少し人間界を混乱させておいてほしかったけどな……」

 動かなくなったライアランに手を合わせながら、ラトーガはポツリと呟く。

 そんな彼女を、私達は即座に取り囲んだ。


「お前ら……いったい、何を企んでいやがる!」

「まぁ……じきにわかる」

 コーヘイさんの問いに、妖艶な笑みで答えたラトーガは、素早く何かの魔法を発動させようとした!

 一瞬、身構えた私達の前でごく短い詠唱が終わると、いきなり彼女の隣の空間に、虫食いのような穴がパックリと口をあける!


「今日の所は、退散させてもらおう」

 軽くそう告げ、サッと片手をあげてると、彼女の姿は空間に飲み込まれるように消えていった。


「空間転移……そんな魔法まで使うのか……」

 誰かがそんな事を呟く。

 改めて魔界十将軍の底知れなさと、なにがしらの大がかりな作戦があるらしいという謎だけが心に残された。

 残された私達は、ラトーガが消えた辺りを見つめたまま、しばらくその場に立ち尽くしていた。

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