第59話 勇者陣営の動向

          ◆


「残る魔界十将軍達が狙っているのは、アーモリーの壊滅だ」

 魔界で情報収集をしてきたというセイライは、私達にそう告げた。

 でも、どうしてアーモリーを?


「まず、人間界と魔界を繋ぐ転移口ゲートがすごく近い事」

 それだけ!?

 そんな、何かのついでみたいな理由で狙われるものなの!?


「近いところから潰すのは、定石か……」

「そういうことだ」

 コーヘイさんの呟きに、セイライは頷く。

 あ、定石なんだそれ……。

「もちろん、他にも理由はあるがな」

 そう続けたセイライが語る他の理由は、二つあった。


 ひとつは宗教国家であり、神に近いと言われる聖女(つまりはレルール)を擁する国を壊滅させる事で、邪神に対抗する人間達の心を折る事。

 召喚された勇者コーヘイさんがいるとはいえ、多くの人は彼の事をよく知らない。

 それだけに、アーモリー壊滅が実行されたら、心の拠り所を失った人達の精神的ショックは想像以上に大きくなるでしょうね。


 そしてもうひとつは、天使の降臨できるポイントを潰し、私達神器使いに力を与えないという事。

 まぁ……仲間の力を借りたとは言え、私みたいな防御タイプの者でも魔界十将軍の何人かを撃退してたら、そう思われるのも無理はないかな。


 《神器》の覚醒なんかについて、魔族側が知っているのかはわからない。

 けど、これ以上人間側にパワーアップされる恐れがあるなら、優先的に潰しておこうっていうのは、納得できる理由だわ。


「……だが、そうなるとエルフの国も危ないんじゃないのか?」

 あー、それはあるかもしれない。

 天使の降臨できる場所といったら、あそこもそうだもんね。

「ああ、だから早いこと手を打たなきゃなと思ってな。お前達に情報を渡したら、そちらにすぐ向かうつもりだったって訳だ」

 なるほど……でもそうなると、とある問題が発生するわよね?


「そうだ。どうしたって大人数で進めば、旅足は鈍る」

 もちろん、いかに魔界十将軍とはいえ、今日明日にでも攻めてこれる訳ではないとは思う。

 けど、こちらが準備を済ませるまで、待っててくれる保証なんてどこにもないのだ。


 一瞬、竜の姿になったウェネニーヴに運んでもらうという手も浮かんだ。

 でも、これだけの人数がいると、さすがに定員オーバーよね。

 あと、時々彼女は毒気を放つから、それに耐えられないと運べないっぽいし。


「でしたら、手分けして行動するしかありませんわね」

 そう切り出したレルールに、反対する声は上がらない。

 私も含め、皆それしかないと理解していたからだ。

 それから、どういう振り分けにするかで話し合いが行われた。

 多少は揉めたりしたけれど、なんとか話はついて下記の通りのグループになりました。


 まず、クロウラーの街へ向かうのは、コーヘイさんとマシアラ。

 勇者教の後始末に加えて、アーケラード様達との話し合いもあるから、それらが済んだら一緒にアーモリーへ向かってもらう予定になっている。

 ちなみに、なんでマシアラかと言えば、彼がキーホルダーサイズで目立たないから、コーヘイさんのサポートなんかをしやすいだろうという理由である。


「魔族の元幹部に、サポートしてもらう勇者様……」

 すごく複雑そうな顔をしてレルールが呟いていたけど、小さい事を気にしちゃダメよ。


 あと、はじめはウェネニーヴと別班になる事を全身全霊をもって嫌がっていたマシアラだったけど、無事に役目を果たしたらウェネニーヴが物理的に・・・・尻に敷いてあげますと確約した途端、すごい勢いで手のひらが回転してた。

「コーヘイひとりでは、心細いでありましょうからな!」

 なんて、格好つけていたけれど、さすがに女性陣は皆引いてたな。

 まぁ、ちょっと心配な気もするけど、今のコーヘイさんなら前のように自堕落になったりはしないでしょう。

 だから、アーケラード様達との話し合い・・・・を、穏便に済ませてもらいたいものである。


 次に、エルフの国へと向かうグループ。

こちらは、セイライとモジャさんが担当してくれた。

 セイライは別にひとりで構わないとか言ってたけど、彼だけじゃいまいちエルフ達からの信用は薄いのよね。

 だから、かつて彼の国で《神器》を覚醒させたモジャさんが一緒に行けば、勇者を旗印として協力を得る算段がついた件についても、信憑性が増すと思う。

 こちらのチームも話がつき次第、アーモリーを目指してもらう事になった。


 そして、最後は一足お先にアーモリーを目指す私達のグループ。

 レルール達の国だから、彼女達と一緒なら私達もすんなり入国できるし、いち早く《神器》を覚醒させる必要もあるため先行する事になったのだ。

 それに、万が一にも敵の進行が思ったより早かった場合、魔界十将軍と戦った経験がある私とウェネニーヴがいれば心強いとの事で、白羽の矢が立ったのである。


最高の防御力エアルさま最強の攻撃力ウェネニーヴさまが一緒なら、安心できますわ」

 正直なところ、魔界十将軍が総出で来たら、ウェネニーヴはともかく、私は詰むと思う。

 思うんだけど、キラキラした瞳のレルールにそんな事は言いづらいかった……。

 だから、私は「精一杯、頑張ります……」とだけ答えるしかなかった。


「それじゃあ、みんな!アーモリーで会いましょう!」

 応!と気合いの入った返事が交差し、私達はそれぞれの目的地へと向けて、踵を返して進みはじめた。


          ◆


 ──とまぁ、こんな感じで私達は今、アーモリーにいる訳である。

 到着したのは、皆と別れてから三日目の早朝だった(少しだけウェネニーヴ竜形態に乗ってきたから、着くもの早かった)けど、すぐに大神殿に通されて事情を説明しておいた。


 あとは国王様やら、教会サイドの別のお偉いさん達が会合を開き、今後の方針について決定するのだろう。

 当然、レルールもその会議には出るのだろうけど、そのための準備もあるし、時間があるからお風呂で旅の疲れを流してくださいと勧められて、先程の冒頭に繋がる訳である。


「……それにしても、各国の協力を得られれば良いのですが」

 ルマッティーノさん達に、身嗜みを整えるのを手伝ってもらいながら、心配そうにレルールが呟く。


 実は三手に別れた時に、初めに彼女達が勇者コーヘイさん捕縛の時に連れてきていた神官兵達を、各国へ使者として送り出していたらしいのだ。

 そうして一刻も早く、他の国にいる《神器》使い達をアーモリーに集め、魔界十将軍達に対抗するためにと、レルールの打った手のひとつである。


 もちろん彼女の独断であるため、この後の会議で突き上げをくらうかもしれないけど、事は緊急を要するし判断としては間違っていないと思う。

 ただ、問題は……。


「他国がすんなりと、《神器》使い達を派遣してくれるかどうかは、わかりませんわ……」

 そう漏らしたジムリさんの言葉に、レルールも表情を堅くした。

 そう、そこなのよね。


 確かにアーモリーが落とされれば、人間界にとって一大事だ。

 だけど、自国の国防を考えれば、そのために《神器》使いという高い戦力を秘匿する可能性も無い訳じゃない。

 宗教国家であるアーモリーは、他国に対して完全な中立を貫いている。

 そのため、アーモリーなら信用できるとしても、その他の国も信用できるかと言えば……答えはノーだろうなぁ。

 実際、邪神復活が無ければ、今でも小競り合いくらいはやっていてもおかしくない国同士もある。

 そういった、邪神との戦いが・・・・・・・終わった後・・・・・の事を考えて、足並みが揃わない事もあるかもしれないのだ。


 まぁ、今回は《神器》覚醒という餌はあるし、もしもアーモリーが落ちたら次はあんたらだよ?という危機感もあるだろうから、大丈夫だとは思うけど

 励ますつもりで、レルール達にそう言ってみると、彼女達も少しは元気が出たみたいだった。


「地位のある人間とは、あれやこれやと気苦労が絶えませんね」

 面倒な事ですと、ウェネニーヴが私にだけ聞こえるくらいの音量で鼻を鳴らす。

 そうね、私もそう思うわ。

 だからこそ、無事にこの戦いを終わらせて、村に帰ったらのんびりと過ごしたいと切に思う。


「そうですね……その時は、もちろんワタクシも一緒に。あ、子供は何匹くらい作りましょうか?」

 ものすごく良い笑顔で聞いてくるウェネニーヴに、私は聞こえないフリをしてソッと目をそらした……。


 それから少しして、私達の所に会議の準備ができましたと、使いの人がやって来た。

「わかりました」

 そう答えて、レルール達が立ち上がる。

 うーん、彼女達はこれから暫くは小難しい会議かぁ……私達はどうしよう。

 時間も空くし、なんならこの街を散策でもして、美味しい物めぐりなんてするのもいいかも。


「……ル様、エアル様!」

「ひゃい!」

 美味しい物に想いを馳せていた私は、急に名前を呼ばれて思わず上擦った返事をしてしまう。って、何?どうしたの?

「いえ、ですから会議が始まりますので、参りましょう」

 …………は?何で、私達、が?

 キョトンとしている私に、レルールも意外そうな顔をした。

 いや、だって私は他国の人間だし、加えて言うならただの村娘よ!?


「ですが私達の中で、本気の魔界十将軍と対峙したことがあるのは、エアル様達だけですもの。ぜひ、アドバイザーとして参加してくださいませ!」

 ああ、そういう事ね……。

 ライアラン戦で不覚をとったレルール達は、心なしかしょんぼりしながら協力を求めてきた。

 でも、そんな事を言われてもなぁ……ほとんどウェネニーヴのお陰だし、ろくなアドバイスなんて、出来やしないわよ?


「構いませんわ。経験者にお話を聞くというのが、重要なので」

 ま、まぁ、貴女ほどの人がそう言うなら……。


 そんな訳で、不安な気持ちを抱えたまま、仕方なく私も会議に参加する事となった。

「なぁに、ややこしい事を言ってくるようなら、ワタクシが国王だってぶん殴ってみせますよ!」

 頼もしい彼女が、ブンブンと拳を振って見せる。

 ありがとう、ウェネニーヴ。その気持ちは嬉しいわ。

 でも、本当にやったらダメだからね……。

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