第33話 天使に捧げる舞い
「まずは、ウチの国の重罪人のセイライを捕まえんごどに協力してくっちゃ事に礼ば言わしてもらうわ。あんがとない」
礼の言葉と共に、エルフの王様は深々と頭を下げる。
いや、実質的にセイライを捕らえたのはプルファだし、私達がしたことなんて殆どないから、あんまり感謝されるのも気恥ずかしい。
「んで、プルファがら先に連絡は来てで、あんたらの望みも一応、聞いではいんだげんじょも……」
え?いつの間に?
チラリとプルファの方を見ると、できる女ですと言わんばかりに、ドヤ顔でビッと親指を立てていた。
なんでも、風魔法と植物魔法の合わせ技で、エルフの国に話を伝えておいたらしい。
そのシステムはさっぱりわからないけど、さすがは魔法に長けたエルフ。すごい技術だわ。
「すかし、魔族の幹部ど互角に渡り合う人間が、なんすて《神器》手放しでぇなんて思うんだ?」
「そごは色々あんだべ。人にはそれぞれ事情ってもんがあっがらなし」
王様の横に並ぶ長老格らしきエルフ達が、私達の望みについて怪訝そうな顔で言葉を交わす。
うん、割りと戦闘民族なエルフからすれば、やっぱり変に思うんだろうな。
「だげっちょよう、あの人間達が破棄すた《神器》はどないすんだ?」
「まぁ、弓の《神器》どおなんなじに、こごさ奉納すんでねぇのがい?」
「いやいや、いまは邪神の軍勢が悪さしてんだがら、ただ奉納すてんのももったいねぇべした」
「んだば、ウチの国がら適合する奴
「《神器》持ち三人がエルフってなったら、人間の国にもでっけえ顔でぎんない」
……おおい、
「じいちゃん連中は耳も遠いがら、みんな筒抜げなんだ」
そう言ってプルファはクスクス笑うけど、それなら尚更部外者の前で密談しちゃダメじゃない。
他人事ながら心配になっていると、王様がパン!と手を叩いて話を断ち切った。
「《神器》云々の話は後にすんべ。まずは、身内の不始末のケリがら付けねぇど」
王様の言葉に、モジャさんの槍に吊るされていたセイライがビクリと震え、長老達も頷いて姿勢を正す。
さっきまでの(外見は別として)お年寄り会議といった弛んだ雰囲気はナリを潜め、代わりにピンと張りつめた空気が周囲を支配した。
なんだか、関係ない私までドキドキしてきたわ。
「さで……セイライ。おめぇが《神器》を持ち逃げすたのは、
「あ、ああ……」
戒めを解かれたセイライは、少しばかり王様から目をそらしつつ、いまいちハッキリしない生返事をする。
「本来なら即刻打ち首だげっじょ、ちょっとは情状酌量の余地があっから、それは勘弁してやろでねぇの」
おっ、良かったわねセイライ。
どうやら、死罪は免れそうじゃない。
「だがら、腹を切れ」
ん?腹を……?
打ち首を免状した王様の口から出てきた言葉に、私達は困惑してしまった。
しかし、(セイライを除く)エルフ達は平然としているし……「腹を切れ」というのは、何かの隠語なのかしら?
ちょっと気になったので、プルファにどんな刑罰なのか聞いてみよう。
「ねぇ、『腹を切れ』ってどんな刑なの?」
「文字通り、腹をかっさばいて自害するこってす」
……死ぬじゃん。
平然と答えるプルファに、モジャさん達もちょっと引いてる。
いや、待ってよ!死刑を免れたのに、それじゃダメじゃないの!?
「打ち首は罪人としてですが、腹切りは自らを罰するちゅうごどで、名誉は守れます」
あー、騎士や貴族階級なんかでたまにある、名誉の自死ってやつなのか……。
でも、ああいうのって毒酒とかで、なるべく苦しまないようにするって聞くけど、自分で腹を切れってハードル高すぎない?
エルフの国、怖いわぁ。
それにしても、セイライは本当に切腹するのかしら?
回りの圧力はすごいけど、何となくそういう事はしないタイプに見えるのよね。
「……きない」
「んあ?」
自害を申し付けられた、セイライがなにかを小さく呟き、それを王様が聞き返す。
「自害など、できないと言った!」
顔をあげたセイライは、今度はハッキリと王様に言い返した!
「恥の上塗りする気が……?」
目を細めてセイライを見据える王様に、彼は真っ向から反論していく。
「俺が死ねば、《
あー、確かに!
彼の死後、結局プルファに《神器》が渡っちゃ本末転倒よね。
一応、言ってる事の筋は通ってるし、長老達の中にも何やら同意してるっぽい人もいる。
ただ、何となくセイライの横顔から、「上手い事、言いくるめてやったぜ!」的な下衆い考えが透けて見えるのは……きっと気のせいだろう。
「んだば、セイライにも人間の人らど一緒に、審判を受げさせたらいいんでないがい?」
長老の一人が、そう王様に進言した。
審判……いまセイライの処遇を決めてる、これはちがうのかしら?
「プルファ、審判ってなんの事だ?」
モジャさんも気になったのか、小声でプルファに尋ねる。
「んー、早い話が《神器》の守護天使を喚び出すて、その人が《神器》持ちに相応しいが試すてもらうんです」
天使を喚び出してって……そんな事ができるの!?
「この世界樹は、地上でもっとも天界に近い場所の一つなんで、儀式によっで訴えがける事ができんのよ」
へえぇ~。
宗教国家であるアーモリーにも、天使が降臨したって伝説があるのは聞いた事があるけど、エルフの国では直接喚び出しせるんだ。
すごいなぁ。
プルファの説明に感心していると、向こうも話が纏まったみたいで、結局セイライにも天使の審判を受けさせて、《神器》を没収されるようなら切腹と決まったようだ。
私達は《神器》を手放したいというのに、真逆の挑戦をしなくちゃならないのは大変ね。
「よす!したら、明日の朝から天使降臨の義を執り行うごどにすんべ。客人達も、今夜はゆっくりしてってくなんしょ」
ささやかだけど歓迎すると、エルフの王様は締め括った。
そうして解散となったのだけど、一応セイライは罪人だからということで、木でできた手錠をかけられる。
なんでも、許可なくこの国から出たら、手錠が締まって手首を千切り落とす仕様らしい。
いちいち怖いなぁ、ここのエルフのやり方は……。
「んじゃ、私の家に来てくんつぇ。そんなに広くは
どうやらこの国には宿屋もないみたいだし(他所と交流がないから当たり前か)、ここは素直にお世話になろう。
そうして、その夜はプルファの生家に宿泊し、彼女のご両親からもてなされた。
私達も旅の道中の話なんかをしたり、美味しかったエルフ料理のレシピを教わったりと、かなり充実した時間を過ごす事ができた。
ちなみにセイライは家の敷居を跨ぐ事は許されず、外で一晩すごす事になったのは、ちょっと気の毒だったかな……。
──翌朝。
世界樹の頂上は開けた広場になっており、端の方には一段高いステージになっていた。
何かの祭事がある時は、都のエルフ達がこの広場に集まり、あのステージ上で儀式を行ったりするらしい。
なんだか屋台みたいなのも出てるし、本当にお祭り気分なのね。
そして今回、天使を召喚して《神器》持ちとしての資格を問う私達は、ステージの上にあがらされ、集まったエルフ達の注目を浴びていた。
うひゃあぁ……これは、かなり恥ずかしい。
目立つ事になれてない私は集まる視線に畏縮しちゃうけど、ウェネニーヴはどこ吹く風だし、モジャさんにいたっては自分の筋肉を誇示している。
二人ともすごい度胸だな。
『それでは間もなく、天使降臨の義を執り行います。皆さま、ステージ上へご注目ください』
司会進行役のエルフの女性が、風魔法で拡張させた声で会場全体に呼び掛ける。
それで、今まで屋台の方へ向いていたエルフ達の目も、いっせいにこちらへと向けられた。
『こちらは今回、天使達へと己の資質を問う方々です。人間のエアル様、モジャ様、そして我が国の罪人であるセイライ氏となっております』
司会の紹介を受けた私達に、歓声とブーイングが同時に沸き起こる。
もっとも、ブーイングはセイライに向けられた物ばかりだったけど。
生まれ故郷なのにアウェー過ぎて、少し可哀想になってくるわね……なんて思ってたら、セイライは大きく舌を出して、不敵な表情で観客を挑発し返していた。
「野郎……
セイライの様子に、モジャさんがニヤリとしながら呟く。
よくわからないけど、何らかの役を演じているらしい。
ちなみに、《神器》持ちではないものの、ウェネニーヴもその外見の愛らしさからか、一部から喝采をうけていた。
そんな風に、良くも悪くも盛り上がる観客達に向かって、再び司会のお姉さんが呼び掛ける。
『それでは、皆さま!天使に舞を奉納する、踊り手達の登場です!盛大なる拍手をもってお迎えください!』
彼女の言葉が終わると同時に、朝のステージが一転して、夜のような闇に包まれた。
これも何かの魔法なんだろうけど、すごく演出に力を入れてるわね。
こんな風にこった演出をする、舞いを奉納する踊り手達ってどんな人達なのかしら。きっとすごい美人だったりするんだろうな。
ちょっとワクワクしながら待っていると、ステージ上の闇の中に数本の光の柱が差し込む。
その光に照らされて、きらびやかな衣装が現れた。
透けるような薄手の布地、大きく開かれた胸元、大胆に露出される太もも……その衣装は妖艶さも醸しながら、神秘的な輝きを放ち、エロスと芸術性をギリギリのラインで両立させている、見事なものだった。
きっと、普段だったらうっとりと見とれてしまっていただろう。
そうならなかったのは……その衣装を纏っていたのが、
威風堂々と立ち並び、セクシーな衣装に身を包んだダンディなおっさんエルフ達に、会場から歓声があがる……ってちょっと待ちなさいよっ!
私は思わず司会のお姉さんに詰め寄って、声を荒げてあの悪ふざけの産物について抗議した!
「なんなのよ、あのおふざけを通り越した罪深いユニットは!見なさいよ、モジャさんは白目剥いてるし、ウェネニーヴも体調を崩して踞ってるじゃない!」
捲し立てる私に、それでも司会のお姉さんは静かに語った。
「ごめんなさい……奉納の舞いを踊るべき踊り手達は、高い魔力を持つ者でなければならないの。そして、この都でもっとも魔力が高いのが王様や長老達でして……」
風魔法を解き、悲しげな瞳と小さな声で、そう訴えてくる。
うう……理屈はわかるけど、心情では納得できない、このもどかしさが辛い。
そんなモヤモヤを抱えていると、王様がバッと手を振ってエルフ達の歓声を静めさせた。
シン……と静まり返った会場に、王様の声が轟く!
『ミュュュジックゥ・スタアァァァァァトォッ!!!!』
腹に響く重低音のシャウトが響き渡り、流れ始めた軽快な音楽に乗せて、いよいよ悪夢のような奉納の舞いがスタートした!
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