第34話 《神器》の守護天使達

 炎のように揺れる髪、波しぶきみたいに跳ねる汗、ステージを照らすスポットライトの光に陰日向となって、踊る数人分の妖精達!

 それは天に捧げる供物に相応しく、情熱的で熱狂的で魂を揺さぶるような音楽と舞いの融合!


 なんだろう……目頭が熱くなってくる。

 でもそれは、感動からくる物とかそういった類いではない。

 なぜなら、舞っているのはセクシーな衣装を纏ったおっさん達なのだから……。


 いや、一応の芸術性は確かにあると思うのよ!?

 でもね、見てごらんなさいよ!

 舞い踊るおっさんエルフ達の、破壊力はすさまじさを!

 さらに輪をかけて酷いのは、彼等の歌。

 司会のお姉さんの説明では、高い魔力を声に乗せて「歌」という形で放出してるらしいんだけど、これを歌というのはすべての吟遊詩人に対してケンカを売ってるようなものじゃないかしら!?


 大樹を揺らす衝撃波を発生させ、脳を芯から揺らすように響く声!

 そのせいなのかしら……王様達の背後に、気持ちよく歌う太めのガキ大将という、よくわからない幻覚が見えた気がするわ……。


 そんな、ステージで繰り広げられる阿鼻叫喚の催しに、モジャさんとセイライは完全に失神しちゃったし、ウェネニーヴもステージの隅で吐いてしまっていた!

 客席からは歓声が時々あがっているけど、ほとんどがヤケクソ気味で、どちらかと言えば断末魔の絶叫に近い。

 あっ、またあそこでエルフが吐いてる……。


 私は【状態異常無効】の加護が効いているのか、そこまで体調を崩す事はなかったのだけど、気分は悪いままだし、正常と異常の境界に立たされてる感じだった。

 いっそ、モジャさんみたいに失神できたらどれほど楽か……初めて、この加護に感謝できなかったわ。

 でも、これって本当に天に捧げる物なのかしら……逆に冒涜してない?

 益々キレを増していく悪夢の踊り手達を前に、私は一刻も早くこの儀式が終わる事を、天に祈るのであった。


 ──だが、そんな祈りも虚しく、それから小一時間ほど地獄は続いた。


『…………センキュ!』

 締めくくりと思われる言葉が王様の口から飛び出し、彼等はやり遂げた喜びを讃えあうように、晴れやかな笑顔でステージ上の中央でがっしりと抱き合う。


 一方、同じステージ上にいた私達も、地獄の時間を乗り越えて生還できた喜びから、ガッチリと肩を組んだ。

 見れば、客席の方でも最後まで立っていられた数人のエルフ達が、互いの健闘を讃え地獄を乗り越えた喜びを噛み締めあっている。


 うんうん、まるで一時間が丸一日と勘違いしそうなくらいの、苦行の時間だったもんね。あなた達も立派だわ!

 なんて、戦場から帰ってきた帰還兵みたいな気分でいたら、会場を包んでいた暗闇がパアッと晴れていった。


「…………見よ!」

 セクシー衣装のエルフ王が空を指差しながら、ポツリと告げる。

 その指が示す方向、大きな雲の切れ間から、こちらに向かって陽光が射し込んできた。


 その光の中に、三つの人影が見える。

 翼を伴い、一見ハーピーが何かの魔物と勘違いしそうになるけど、この光景には見覚えがあるわ。

 背中の羽を羽ばたかせ、ゆっくりとこちらに降りてくる彼等は、まさしく天使!

 そして、その中の一人は忘れもしない。

 顔が好みというだけで私に《神器》を持ってきた、ふざけた天使、エイジェステリアだ!


 向こうも私達に気づいたのか、エイジェステリアはこっそりと手を振ってくる。

 その無邪気な態度に呆れていると、私の隣で天使達を眺めていたウェネニーヴが小さな唸り声をあげた。


「ど、どうしたのウェネニーヴ?」

 ひょっとして竜と天使って仲が悪かったりするの?

「あの天使……お姉さまを狙っています。私の敵ですね……」

 ああ、単にライバル心が刺激されただけなのね。

 そういえば、エイジェステリアは私が死んだら、魂を手元に置きたいとかなんとか言ってたっけ。

 ……なんでこう、変なのにばっかり特殊なモテ方するんだろう、私。


 そうして皆の注目を集める中、天使達は音もなくステージ上に降り立った。

 それと同時に、クルリと観客達の方へ振り向くと、唐突に自己紹介を始める!


「弓の《神器》の守護天使!イヨウテルミル!!」

「槍の《神器》の守護天使!クルボアナクエル!!」

「盾の《神器》の守護天使!エイジェステリア!!」


 名乗りを上げ、三者三様のポーズを決めた瞬間、なぜか彼等の背後でカラフルな爆発が起こった!

 なんだろう……何かの演出なんだろうけど、エルフの王様達みたいな、ふざけたこだわりを感じるわ。


「……我々に呼び掛けたのは、お主らか?」

「んです。あなた神器の守護天使に、是非ともあっちの者達の願いを聞いてもらいっちぐっで、召喚さしてもらったんです」

 リーダー格らしい天使のイヨウテルミルは、王様のエルフ訛りに一瞬「ん?」といった顔になるが、彼に促されて私達に顔を向ける。


「さて……《神器》を司る我々に選ばれた君達が、いったい何を望むというのかね?」

 そんな守護天使の問いかけに、私達はいっせいに答えた。


「この盾の《神器》を捨てたい……」

「槍とか使わんし、いらんのだが……」

「どうか俺を正式な弓の《神器》の使い手に……」

「お姉さまに色目を使わないでもらいたいんですが……」


「うるっさいよ!」


 同時に訴えかけた私達を一喝するように、イヨウテルミルの声が響き渡った!

「そんないっぺんに言われたって、わかるわけないでしょ!?一人ずつにしなさい、一人ずつにっ!」

 若干、オネエっぽい口調になってはいるけど、彼の言うことも、ごもっとも。

 これはいけないわと反省した私達は、今度はちゃんと順番にそれぞれの願いを告げていった。


 全員分の話を聞き終えた天使達は、困ったような顔で腕組みをしてしまう。

「うーむ……そこなエルフの願いは理解できるのだが、君達は何を言ってるんだ?」

 君達って……私達?

 私、モジャさん、ウェネニーヴの三人に向かって、天使達はうんうんと頷いてみせた。


「なぜ、《神器》を手離してこの戦いから降りたがる?世界を賭けた戦いに参加するのは、誉れな事だろうに」

 まぁ、冒険者や王公貴族ならそうなんでしょうけどね。

 でも、こちとら先祖代々の平民だし、何より勇者のハーレム入りとかしたくないの。

 隠しても仕方がないから、ハッキリとそう告げると、なぜか「ハーレム入りしたくない」のくだりで、ウェネニーヴとエイジェステリアが頷いていた。


「お姉さまはワタクシとつがいになっていただくんですから、あんな勇者くそガキに触れさせたくないです!」

「エアルちゃんは、私の元に来るまできれいな体でいてくれなくちゃ困るのよね!」

 私に対する欲望を口にした、竜と天使が睨みあう。

 いや、どっちの物にもならないからね?

 私は普通の人と、普通の結婚をしたいと思ってるし。

 でも、今それを口にするとこじれそうな気がしたので、とりあえずは黙っておこう。


「……君達の意思は、変わらんのか?」

 クルボアナクエルの静かな問いかけに、私とモジャさんは力強く頷き返す。

「ならば、我々と闘ってもらおう!」

 ふぅ……とため息をついたクルボアナクエルに換わって、リーダーのイヨウテルミルはそう提案してきた。

 いや、なんでそうなるの?


「己の我が儘を通すならば、障害となる物を全て払い除けて、推し通してみよ!」

「それが、願いをかなえるということである!」

 そんなこと言われてしまうと、こちらも返す言葉が無くなってしまう。

 でも、天使と闘うだなんて、そんな……。


「こうなったら、やるしかねぇな……」

 ポキポキ指をならして、モジャさんが一歩前に出た。

「戦いから下りるために闘うってのも変な話だが、覚悟を決めろよエアル。ここが正念場だぜ」

 世界を守る天使に挑むってヤバくない?と、迷っていた私にモジャさんは言う。


 ……そうね。

 私の平穏な生活を取り戻すためにも、やるしかないのよね!

 私はキッと、相手となるエイジェステリアを見据える。

 たぶん堅い表情をしていたであろう私と違って、向こうは優しくしてあげるわと言わんばかりの、余裕のある笑みを浮かべていた。

 そもそも、私がこの盾の《神器》を持つ事になったのも、彼女に気に入られたから。

 そして、早くきれいな体のまま、戦死して天に召されてほしいなんて、ふざけた理由だったからなのよね……あ、なんだか、すごい腹立たしくなってきた!

 ていうか、普通に考えたらとんでもない理由よね!?天使って言うか、むしろ悪魔の発想じゃない!?


 そんな事を考えてたら、沸々と怒りがわいて来る。

 そうよ!考えてみれば、これは合法的にあの天使に仕返しをするチャンスでもあるわけよ!

 よーし、なんだか俄然やる気が出てきたぞ!


「やるわよ、モジャさん!」

 急にやる気になった私に怪訝そうな顔をしながらも、モジャさんは応!と答える。


「では、守護天使さど《神器》持ち達は、それぞれの相手の前さ出できてくなんしょ!」

 エルフ王の声に、私達と守護天使達はステージ上で各相手と対峙し、刺すような視線を絡ませて火花を散らしていた。

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