第11話 竜・少女
「はぁぁぁ……」
大きなため息と同時に全身から力が抜けて、私はへなへなとその場に尻餅をついた。
弱点をつかれた毒竜は、力なく気絶してるけど、よくこんなのを倒せたなぁ……。
「おおぅ……」
変な声と一緒に今ごろになって恐怖感が沸き上がり、体がガクガクと震え出してきた。
うう……生きるか死ぬか、無我夢中だったから竜に挑むなんて真似ができたけど、できれば二度とはやりたくないよ……。
でもまぁ、あれかな……選ばれし者を辞退して村に帰ったら、いい土産話にはなるかもしれない。
竜を倒した少女……ひょっとしたらなにかの物語にでもなって、うちの村が観光名所になったりして。
でも変に英雄視されると面倒事に巻き込まれるかもしれないし、そうなると厄介よね……。
そんな風に、疲れた私が軽い現実逃避に浸っていると、不意にポンと肩を叩かれた。
「お疲れ、お嬢さん。よく頑張ったな」
いつのまにか毒から回復したお頭さんが、いい笑顔で語りかけてくる。
え?なにその後方師匠顔……?
ほぼ何もしていないのに、なぜか「お前がやり遂げる事ができて、俺も鼻が高いよ」といった顔をしているお頭さんを、ジッと半睨みで見ていると、気まずげに顔を反らして部下の褌おじさん達に命令を下した。
「よーし、お前らぁ!やることはわかってるな!」
お頭さんの声に、「おおっ!」っと気合いの入った声が返ってくる。
まぁ、お頭さんの態度はともかく、彼等の士気も高いみたいで、元気よく返事をした後、テキパキと動きだした。
動きだしたんだけど……何やってるの、この人達?
私の目の前では、倒れた竜を背景にして褌おじさん達の大写生大会が始まっている。
まるで自分達で竜を倒したかのように絵に綴る彼等に、私は声もなく呆れていた。
「こらぁ、なにやってんだお前ら!」
さすがに、お頭さんからお叱りの声が飛ぶ!
いいぞ、もっと言ってやって!
「その構図は、下からあおりぎみにした方が格好よく描けるだろうが!」
何の指導してるのよ、真面目にやんなさいよ!
もう、いいかげんな大人達に向かって、一言いってやらなくちゃ!……そう思って一歩踏み出した時、ふと私はあることに気がついた。
「っ!!!!」
血の気が引くような感覚を味わいながら、まだ
(お頭さーん)
私の小声の呼び掛けに、お頭さんが顔を向けるも、声が聞こえてないのか、怪訝そうな表情を浮かべるだけだ。
(後ろ、後ろー)
「ん?あんだって?」
(うー、しー、ろー!)
「聞こえねぇだぁよぅ?あんだって?」
「後ろって言ってるでしょうが!」
思わず大きな声で答えてしまい、慌てて口をふさぐ!
「後ろ?」
くるりと振り向いた彼等は、バッチリと向き合ってしまう。意識を取り戻した、竜の目線と。
「きゃあぁぁぁぁぁぁぁっ!」
絹を裂くような悲鳴と共に、彼等は蜘蛛の子散らすように竜から飛び退き、私の後ろに身を隠した。って、ちょっと!
いたいけな女の子の影に隠れるって、大人としてどうなのよっ!
「いや、俺達は何の役にも立てませんでしたし」
「ここは、後ろからお嬢さんを支えますよ!」
「背中は俺達に任せてください!」
頼もしいこと言ってるけど、正面に竜がいるのに背中を守ってどうするっていうのよ、こんちくしょう!
なんとか先頭から逃れようとして、後ろのダメな大人達と揉み合っていると、上体を起こした竜が意外にも穏やかな声で語りかけてきた。
『娘よ……我を敗北かせた、汝の名を教えてくれ』
え?私の名前?
うーん、どうやら激昂して襲いかかってくる雰囲気じゃないみたいね。
ちょっと警戒しながらも私の名前を告げると、竜は噛み締めるように名前を反芻した。
『エアル……それが、我が主の名』
んん?今、なんて!?
聞き返そうと口を開こうとした瞬間、いきなり毒竜は目映い光に包まれる!
とても直視することはできずに、うっすらと目を開けるのが精一杯だったけど、光の中で竜の影が小さくなっていくのだけは確認できた。
いったい、何が起こっているの……!?
時間にすれば数秒くらいだったと思う。やがて光は収まり、竜の巨体は影も形も無くなっていた。
ただ、かの竜がいた場所には、ちょこんと見知らぬ少女が、目を閉じて一人立ち尽くしていた。
えっ、誰?なんて思うよりも先に、その少女の美しさに私達は目を奪われてしまう。
透き通るアメジストのような紫の髪、新雪を思わせるきめ細かな白い肌に、すらりと伸びる細い手足。
何より目を引いたのは、私よりも頭一つ小さい身長なのに、凶悪なまでに豊かな胸の双丘!
なにあれ、すごい!
私よりぜんぜん華奢なのに、あきらかに大きいんじゃ……!?
胸元が大きく開いた、見たこともない仕立ての服も、彼女の浮世離れした雰囲気によく似合っていて、本当に物語の世界から飛び出してきた登場人物なんじやないのかと思ってしまった。
そんな、突然現れた謎の美少女に見とれていると、彼女は月明かりを思わせる金色の光を宿した大きな瞳をぱっちりと開いた。
そうして私達の方に目を向けると、パアッと花が咲くような愛らしい笑みを浮かべて、こちらに駆け寄ってくる。
「エアルお姉さま!」
私を「お姉さま」なんて呼びながら、彼女がギュッと抱き付いてきた。
うわぁ、ちっちゃい!かわいい!柔らかい!……いや、ほんとに押し付けてくる胸の柔らかさがヤバいわ。
女同士だけど、変な気分になってきそう……。
おっといけない、それどころじゃないわ!
見た目には、村に残っている妹と同じくらいの年頃だろうか?
突然の状況に、冷静にならなきゃと頭では思っていたのだけれど、つい妹を思い出して、私も彼女を抱き締め返した。
すると美少女は、嬉しそうにスリスリと体を擦り付けてくる。
んん、なんか猫っぽい。ますます可愛くなってきちゃうじゃない!
でも、ちょっと確認だけはしておかなきゃならない事があるのよね……。
「ねえ、あなたはいったい何者なの?」
至極当然の質問をすると、彼女は抱き付いたまま頭を上げて、私の顔を覗き込んだ。
「ワタクシは『※◆♪ゑ〇』と申します!」
うん?なんて?
私が頭に「?」を浮かべていると、美少女はハッとして言い直してきた。
「申し訳ありません、今のは
ふうん、『ウェネニーヴ』ちゃんか。
それにしても、『竜語』に『人間の言語』ね……というとは、やっぱり……。
「はい!ワタクシは、人の姿をとった毒竜です」
多分、そうだろうなーと思いながらも彼女に問うと、ニコニコと微笑みながら彼女はそう口にした。
あー、やっぱり!
うん、まぁでも竜が人の姿になるなんて話は、おとぎ話とかでよくあるし、別にいいわよ。神秘的な美少女ってのにも説得力が増すし。
そんな風に私が納得してるのに、背後の褌おじさん達はいまだに半信半疑で行方を見守っていた。
んもう、おじさんは頭が堅いなぁ。
しかし解せないのは、そんな竜の美少女が、なんで私なんかを「お姉さま」と慕って抱き付いてきてるかって事なんだけど。
「お姉さまは、ワタクシを倒すほどの強さ見せ、トドメをささないお情けをくださいました。お慕いするのは当然です!」
熱い眼差しを私に向けながら、真剣な様子で彼女はそう告げてくる。
いやぁ、そんなふうに言われると照れるなぁ。
「ですから、お姉さま……」
ウェネニーヴは、少しだけ憂いた表情になり、頬を赤らめ潤んだ瞳を向けてくる。
うわ、すごいかわいい。思わず顔がニヤけそうだけど、彼女の様子に私も必死に我慢する。
「ど、どうしたのウェネニーヴ?」
なんとか平常心を保って問いかけると、彼女は意を決したように口を開く。
「ワタクシと
いい笑顔でそう言うウェネニーヴ。
それに対して、たぶん端から見た私は、ものすごい真顔になっていた事だろう……。
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