第10話 やればできるさ、やってやれ

『痛ったぁ!マジ痛ぁ!』

 盾の一撃を受けた指を器用に押さえて、竜はブルブルと震えながら痛みを堪える!


 多分、釘を打つ時に間違って、自分の指を金槌で打ってしまった時の痛みに近いんだろうか?

 いや、《神器》の50トンという重量を考えれば、その衝撃はもっと凄いかもしれない。

 なんだか、身近な痛みの例に喩えたせいで、すごく悪い事をしちゃったな……って気になってくる。


 でも、痛みに耐えかねて大暴れするかと思いきや、頑張って堪えるとは思いもしなかった。

 無様な姿は晒さないという、竜族のプライドの高さを垣間見た気がするわ。

 だけど、ここで手を抜く訳にはいかない!


『おのれ、人間風情がっ!』

 竜の怒りに燃える目が、私を捉える。

 よーし、囮としては大成功・・・・・・・・

「お頭さん、私が引き付けるから攻撃して!」

 私の声に、竜はチラリとお頭さんの方に目をやるが、フッと鼻で笑うだけだった。


 ふふん、まんまと引っ掛かってるわね!?

 お頭さんの持つ槍が《神器》の仮の姿だと知らない竜は、ただの槍だと思って完全に油断している。

 そんなスキだらけな竜になら、一撃で大ダメージを与えて降参させられるかもしれない。

 と、そんな計画を立てていたんだけど、お頭さんは、私に向かって思いがけない事を言ってきた。


「すまん!まだ腰が抜けてる!」

 生まれたての小鹿みたいに足をガクガク震わせながら、お頭さんは真顔で吼える!

 ……なんで、そんな体たらくで竜を協力させようなんて思ったのよ!

 なんて、呆れていても仕方がない。

 ここは、いやが応にも奮い起ってもらわないと、私達は竜のご飯になりかねないんだからね!

 だから私は、彼等がもっとも奮起しそうな言葉を口にした!


「あ~あ、竜を屈伏させたら、すごくモテるんだろうけどな……」

「かかってこいや、毒竜この野郎!」

 言い終わるか否かって所で、お頭さんの雄叫びが響いた!

 震えていた足腰もすっかり立ち直り、わかりやすいくらいにやる気に満ちている。


『まずはこの娘から食らってやろうと思っていたが、邪魔をするなら……』

 そう言った所で、竜の言葉が止まった。

 多分、私と同じ物を見たからだろう。


 私達の視線の先、そこでお頭さんが自分の武器である槍を振るっているのだが、それがあまりにも見事だったからだ。

 風を斬り、まるで演舞のように滑らかな動きと手つきで、自由自在に槍を振り回す。

 攻撃範囲内に入ればタダではすまないと、素人目にも確信できる……まさに達人の動きだった。


『ぬぅ……』

 武器は普通ながらも、それを扱う者が警戒に値すると感じたのか、竜の意識が私よりもお頭さんに向けられていく。

 この隙に、もう一枚くらい爪を潰せるかもと思ったけれど、さすがに毒を吐き散らかされては困るので、ここはおさえよう。


「いくぞ、毒竜!」

 振り回していた槍を腰だめに構え、お頭さんは竜へ向かって突進していく!

 その鋭い踏み込みに、竜も対抗すべく身構えた!

 だが、何を思ったのか竜の手前で立ち止まると、「えい!えい!」といった掛け声と共に、ド素人みたいな突きを放ち始めた。


『…………』

「…………」

 突然の奇行に、私も毒竜も目が点になって言葉を失う。

 あの……なにやってるの、お頭さん?


「真面目にやってくださいよぉ!」

「真面目にやってるよぉ!」

 抗議の声を上げる私に、お頭さんも反論の声をあげた!っていうか、真面目にやってそれな訳がないでしょう!?

 さっきの槍さばきは、竜も一目置くほどの達人っぽかったのに、それで素人だったら詐欺じゃない!


「いや、三十代童貞まほうつかいに成ったときに、格好よく杖を振り回せたらモテるかと思って、その練習だけはやってたから……」

 詐欺だった!

 いや、それなら魔法の一つも覚えようとしなさいよ。

 なんで、ペン回し的な一発芸で格好つける方に行っちゃうのかな!?


『……見た目通りのアホだったか』

 竜鱗をサクサク削るも(それも《神器》あっての事だけど)、肉にまでは届かずろくにダメージを与えられないお頭さんに、呆れた声で呟いた毒竜は、フッと毒の息を吹き掛ける。


「ぐえーっ!」

 それを浴びたお頭さんは、絞められた鶏みたいな声をあげて、お頭さんはバッタリと倒れた。

 うん、もうそのまま寝ててくれていい。


『さて、小娘。今度こそ、貴様を食らってやろう!』

 再び照準を私に合わせた毒竜が、私を睨み付ける。

 一度気の抜けた状態からまた対峙すると、すごい圧迫感だ。

 いいわよ……こうなったら、私がやってやるっつーの!


 大丈夫!私には《神器》と、アーケラード様に習った盾での戦闘方法があるんだ。

 相手はただの大きな建物みたいな巨体に、すごい牙や爪を持ってるだけ……じゃ……ないの…………って、弱気になるな、私!

 落ち着いて狙い通りに行ければ・・・・・・・・・、勝てなくても手痛いダメージを与える事はできるはずだ。


 そうだ、アーケラード様から、戦闘の初歩は勝つまでのイメージと戦略をしっかりと構築する事だと以前教わっているじゃない!

 自分の持ち味を生かし、巨大な敵に打ち勝つには……それの戦略を頭の中で組み立てて、私は竜を睨み返した。


『生意気な面構えをしよって……』

 少しイラッとしたように、竜が前足を振りかぶるようにして、私を蹴りつけようとする!

 だけど、私はその攻撃を読んでいた。

 毒のブレスが私に効かない以上、肉弾戦で来ることは想定内。

 だから私は、盾の重量を最大に設定したまま、迫りくる竜の爪先へと突進していった!

 次の瞬間、軽い衝撃と激しい金属音が響き渡る!


『ゴアァァォッ!』

 そして竜の苦痛の声。ヨシッ!

 盾が衝撃を散らしてくれたから、私にはたいした反動もなかったけれど、毒竜には手痛いカウンターになったみたい。

 あらゆる攻撃には、最大の威力を発揮するポイントがある。

 敵の攻撃がそのポイントに達する前に、間合いを詰めて攻撃を潰すのが盾での戦い方の一つだと、アーケラード様は言っていた。

 町の付近でゴブリンや野性動物で行っていた、特訓の成果がでたわ。

 ありがとうございます、アーケラード様!


『小賢しい真似を……』

 憎々しげに、竜は唸り声をあげる。

 私みたいな小粒な存在を粉々にできなかった屈辱と、それをさせなかったなんらかの力を警戒をしてるんだろう。

 さすが、生まれた時から強者である竜だわ。

 逆上してくれた方が、突け入り易いのに。


 うまいことカウンターになる形で竜にダメージを与えはしたけど、こちらからはやたらと攻める事はできない。

 少しの間、お互いに決め手にかけるチマチマとした攻防が続いた。


『グルルル……』

 苛立ちのこもった竜の唸り声が、徐々に大きくなっていく。

 よーし、いいわよぉ……。

『……ええい、ちょこまかとうっとうしいわ!』

 叫びと共に、竜の前足が踏み潰そうと高く振り上げられた!


 やはり来た!

 人間みたいな小さい相手に、巨体な竜が出す最も有効な攻撃。それが、踏み潰すという行動!

 人間だって、虫みたいな相手にはよくやるもんね。

 ブレスが効かなくても、攻撃の衝撃が打ち消されても、圧倒的重量で踏み潰してしまえば、竜の重さに耐えられる人間などいない。

 事実、まともに受けたら、私もぺちゃんこだろう。

 だからいつか、この攻撃がくると思っていたんだ!

 そう、足を振り上げたせいで、体のバランスの崩れる・・・・・・・・・・この攻撃がねっ!


 私は一気に竜の懐、振り上げられた足の対角線上にある後ろ足へ向かって走り出す!


『ぬっ!』

 竜はそんな私を追って、振り上げた足の落とし所に狙いをつけてくるけど、田舎者の脚力をなめないでよね!

 攻撃に気をとられ過ぎた敵の体勢がどんどん崩れ、バランスが保てなくなる形になっていく。


「いっけえぇ!」

 私は走りながら狙いをつけて、竜の体を支える軸足目掛けて、最重量にした盾を思いきり横薙ぎに叩きつけた!


『グアッ!』

 最重量の《神器》による打撃に竜鱗が砕け、肉の奥にある骨まで衝撃が届いた感触が伝わってくる!

 案の定、軸足へのダメージと足を刈られてバランスを保てなくなった毒竜が、地響きを立てて大地に転がった。


『お、おのれ……』

 苦痛を抑えてすぐに起き上がろうと毒竜だったけど、そうはさせない!


「お頭さん、いまよ!竜の目を狙って!」

 私の呼び声に、竜は過敏に反応した。

 きっと、目を狙うような指示が飛んだ事もあるだろうけど、ひょっとしたらお頭さんも毒の効かない人間わたしみたいなのかもしれないと、警戒していたせいね。

 しかし、そちらに向けた竜の目に写ってるのは、いまだに毒を食らって倒れているお頭さんの姿だけのはず。


 そして私の真の狙いは、首を伸ばしたせいであらわになってる、竜の喉元なのよっ!

 昔、おじいちゃんから聞いたある伝説に記された竜の喉元にある弱点、それが逆鱗・・だ!


「うわあぁぁ!」

 知らず知らず口から飛び出した雄叫びと一緒に、盾を思いきり投げ放つ!

 回転しながら飛翔する《神器》は、狙い通りに逆鱗を砕いて、竜の喉へと突き刺さった!


『ゴハッ!……なん……だと……』

 血を吐き、驚愕に染まった瞳が私を捉え……グルリと白目を向く!

 そのまま意識を失った竜の頭は、再び地響きを立てながら地に伏して動かなくなるのだった。


「はぁ……はぁ……」

 肩を揺らして息をしながら、私は静かに呟く。

 「……勝った」と。

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