第5話 始まる私の逃避行
旅立ってから一週間ほどが経ち、私達は現在、王都から少し離れた大きな森の中でキャンプを張っていた。
それというのも、まったく戦闘経験の無かったというコーヘイ様と私を鍛えるために、さほど強くない魔物や野性動物を狩って、訓練とするためである。
《加護》や《神器》が優れていても、それを扱う土台がダメならすぐにボロが出るという、アーケラード様の指導の元、コーヘイ様だけでなく私も盾による戦闘方法などを学んでいた。
その甲斐もあってか、私もそこそこに囮役と壁役をこなすことに慣れてきた。
肝心のコーヘイ様も、最初は「魔物、怖い!血、グロい!」と片言になるくらいテンパっていたけど、今では泣かない位には精神的にタフになっている。
でもさすがは勇者ね……《加護》の恩恵もあるのだろうけど、剣や魔法の腕はどんどん上がって、もうすぐアーケラード様やリモーレ様に迫るんじゃないのかしら。
お二方も、コーヘイ様の上達ぶりを感心していて、今では普通に接している。
うんうん、こうやって絆を深めて邪神に打ち勝つのが王道よね。
まだ旅は始まったばかりだけど、なんだか上手く行きそうな気がして、私も囮として奇声を上げる訓練に身が入るのだった。
──だが、事件はそれから数日後に起こる。
その日は、たまたま遭遇してしまったゴブリンの大群との戦いでかなり疲労したため、私達は町まで戻って宿を取り休んでいた。
たかがゴブリンの群れだったというのに、アーケラード様が負傷してしまうのだから、数の暴力って怖い。
幸い、コーヘイ様が素早くフォローに回ったので大事には至らなかったのだけれど、弟子みたいな関係の彼に助けられた事で、少なからず落ち込んでいたみたいだった。
そして、翌朝。
皆がまだ眠りこけているであろう早朝だが、いつもの野良仕事の習慣から目が覚めた私は、アーケラード様の様子をこっそりと見に行く。
前日は落ち込んでたみたいだけど、ちゃんと寝れたのかな?と、そっと室内を覗きこみ……思わず固まった。
なぜなら、ベッドの中では
「!!!???」
訳がわからないまま、思わず【気配遮断】を発動させて、私は自分の部屋に駆け戻る。
そうしてベッドに潜り込みながら、さっき見てしまった光景について考えを巡らせていた。
あ、あれは一体どういう事なの!?
初対面の時の、害虫を見るような雰囲気からだいぶ緩和されていたとはいえ、あの二人がベッドを共にするほど仲良くなっていたとは思えない。
……やはりあれなのかな、昨日コーヘイ様がアーケラード様を助けたのが切っ掛けなのかな?
そんな事を思案しているうちに、ようやく落ち着いてきた。
まぁ、ピンチの時に助けてくれた相手に惚れるなんて事も無くはないし、二人ともいい大人なのだから、恋仲になっても別に悪い事ではないわよね。
突然過ぎてびっくりしたし、アーケラード様もチョロい気もするけど、ここは素直に祝福してあげよう。
ただ、アーケラード様には貴族としての体面があるだろうから、お付き合いしてると向こうから打ち明けてくれるまでは、私も知らない振りをしておこうっと。
そんな訳で、私はその後の朝食時に、妙に熱い視線を交わしあう二人をさりげなく無視していた。
しかし、さらに数日後。
私はまたも目撃してしまう……ベッドで共に眠るコーヘイ様とアーケラード様、そして
ええええっ!?な、なんで!?
端から見ればバレバレだけど、密かにお付き合いしてるらしいアーケラード様だけならともかく、なんでリモーレ様まで!?
特に切っ掛けらしき物もなかったのに……。
ひょっとしてリモーレ様は、アーケラード様に輪を掛けてチョロいんだろうか?
ドロドロの愛憎劇に発展したらどうしよう……ああ、でも一緒に寝てるし、貴族間では愛人とか認められてるからそれはないかな……。
なんて、混乱しつつ変な心配をしていた私の脳裏に、ふと閃く物があった。
あ……これってもしかして、コーヘイ様の勇者フェロモンのせいじゃないのかな?
それを取り込んだ人間の好感度を上げるという、《加護》由来のフェロモンのせいで、二人はコーヘイ様にメロメロになったのかもしれない。
この急激な間の縮まり方といい、勇者フェロモンが効かない私だけが普通に接していられる事といい、それが原因と考えれば納得がいくというものだ。
うあぁ……しかし、まいったなぁ。
絆が深まるのはいいんだけれど、なんだか私だけハブられそう。
かといって、勇者ハーレムに入るのも御免だし……どうしよう。
ひとまず三人を置いて食堂へと逃げた私は、今後の身の振り方に頭を悩ませるのだった。
──そして、その日の午後。
私達は再び森の中で、弱い魔物相手に戦闘訓練を行っていた。
しかし、コーヘイ様の「一休みするか」の声に、私を除く三人はそそくさとテントの中に入ってしまう。
そして、ほどなくして聞こえてくる甘い嬌声。
あのさ……真っ昼間から、
……しばらくして戻って来た私だったけど、まだプレイ中だと困るので、一応【気配遮断】を発動させてから、そっとテントの様子を伺う。
どうやら行為は終わっていたようだけど、『エアルの……』と、私について何か話し合っている声が聞こえた。
なんだろうと思って聞き耳を立てると……要するに、私もハーレムに入れようかという話し合いだった。
って、冗談じゃないわよ!
思わず漏れそうになった声を、口を押さえて飲み込む!
話の内容的には、『エアルばかり放っておくのはかわいそうだ』とか、『仲間ハズレはいけない』とか聞こえてくる辺り、アーケラード様達は親切心から言ってくれているんだろう。
でも、その心遣いはありがた迷惑以外の何物でもない。
私はこの旅が終わったら故郷に帰って静かに暮らしたいし、女性関係にだらしない男は好きじゃないのだ!
つまり、勇者様は完全に対象外。ハーレム入りなぞ、絶対に拒否したい!
どうしたものかと頭を抱えていると、『なあに、ちゃんとエアルも可愛がってやるさ』とコーヘイさん(様をつけるほど、もう敬えない)が自信満々で語りだした。
『なんせ、エアルはすでに俺に惚れてるからな』
『えっ!?』
『そうなの!?』
知らなかった!……って、何を言い出すんだ、あの勇者は!?
『エアルの態度を見てればわかる』
驚く二人(と私)に、コーヘイさんそう言うけれど、私的にはそんな態度をとった覚えは無いのだが……?
『俺がこの世界に来た時に、最初に駆けつけたのはエアルだったろ?それに、天使かよって誉めた時にはやたらと恐縮してた。極めつけは、握手をした時にお前達から横から声をかけられて慌てた、あの態度……ありゃ、完全に俺を意識していたに違いない』
たぶん、得意気な顔で語っているんだろうけど……完全に勘違いよ、それ!
もう一度、プロローグ04を読み直してほしい!
俺の目に狂いはないと豪語してる節穴っぷりに、目眩がしてきそうだ。
しかし、そんな私の内なる声も知らずに、『すごいな、コーヘイ!』『さすがの洞察力』などと、アーケラード様達は、彼を誉めちぎっている。
勇者フェロモンで好感度が上がりまくっているとはいえ、凛としたあの二人がこんなにポンコツになっているのが、少し悲しい。
いや、二人をそんな風にしてしまう、【好感度上昇】の《加護》が恐ろしいのだろう。
そんな事を考えていると、私の意向を無視した形で、どんどん勇者ハーレム完成のための計画が練られていく。
はっきり言って味方はいないこの状況は辛い。
くっ……こうなったら仕方がない、アレをやるしかないわ!
まさか、万が一のために集めておいた、この食材を使う時が来るなんてね……。
私は深呼吸して覚悟を決めると、バッグの中からとある食材を取りだして、少し早めの夕飯の準備を開始した。
「……皆さん、夕飯の準備ができましたよ」
夕飯の支度を済ませた私は、テントの外から声をかける。
すると、中からがさごそと身支度をする音が聞こえ、少し紅潮した顔付きで三人が出てきた。
「あ、ああ……すまないな、いつものエアルにばかり支度をさせて」
「いいえ、
にこやかにそう告げると、三人は少しばかりバツの悪そうな顔をした。
「さ、どうぞ」
そんな彼等に、煮込んでいたスープを配り、祈りの言葉を告げてそれを口にする。
「うん、エアルの料理は美味いな」
「いえいえ、ただの家庭料理ですよ」
いつも通りの他愛ない会話をしながら、夕食は進む。
そして……不意に、私を除く三人は突然昏倒した!
ふっ、効いてきたみたいね。
あるキノコとある薬草を混ぜ、それを煮る事によって丸一日ほど眠り続ける強力な睡眠薬を作る事ができる。
私の村では、猪なんかを取る時に罠として作っていたのだが、味を整えてそれを夕飯として出したのだ。
【状態異状無効】がある私には効かなかったが、この三人には予想通り効果てきめんだったわね。
ふふふ、悪く思わないでくださいね。
これも、無理矢理ハーレム入りさせようなんてするからですよ。
さて、眠った三人をテントに押し込み、町で買っておいた魔物避けの簡易結界キットを使用する。
これで、寝てる間に魔物に襲われ死亡ということはないはず。
あとは、『これ以上は足手まといになるから、パーティ辞めます。《神器》を手放す方法を探すので、私の事は放置してください』との置き手紙を置いてっと。
これで良し!さぁ、逃げなくちゃ!
ただの村娘な私なんか、追ってこない可能性の方が高いけど、万が一捕まったら説得という名の強姦祭りが始まらないとも限らない。
……なんか自分で想像しておいて、ひどく胸くそが悪いわ、それ。
さようなら、勇者様。そして、アーケラード様にリモーレ様。
割りと清々した気持ちで別れを告げて、私はこの場を後にする。
さて、どこへ逃げようか。
町だと手配されて捕まる恐れがあるわね。となると……。
なるべく足のつかない方へと判断した私は、一路山岳地帯を目指して走り出すのだった。
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