第4話 いざ旅立ちの時

「……ちくしょう、なんなんだ……なんで俺がこんな公開処刑みたいな目に会うんだ……」

 地面に突っ伏したまま、召喚された勇者(?)の少年は、ブツブツと恨み言を呟き続ける。

 よく見れば、私とだいたい同じ十代後半くらいみただけど、確かに人前であんな姿を晒すのはおつらいわよね。


「衆人環視の真ん前で、あんな姿を晒した俺を、シコルスキーとか言って皆で馬鹿にするんだろ……わかってんだよ、どちくしょう……」

 あ、なんだかよくわからない自虐をし始めた。

 まぁ、最悪のタイミングで召喚されたのはかわいそうだと思うし、この場にいる人間すべてからゴミを見るような目で見られていたら、現実逃避したくなる気持ちもわかるわ。

 だけど、いい加減に丸出しの下半身は隠してほしいなぁ。


「……だいたい、『異世界召喚』なんて、いまどき流行んねえよ。あんなのは、夢も希望も無えおっさん世代の最後の拠り所じゃねぇか……」

 うん?なんだか、在らぬ方向に喧嘩を売り始めた気がする。

 そろそろ彼の呟きを止めた方が良いと、私はバッグから予備のマントを取り出した。

 そうして少年に駆け寄り、その露出したままの下半身にマントをかけてあげる。


「……君は」

 初めて少年が顔を上げて、私を見上げるように覗き込んできた。

「初めまして、勇者様。私はエアルと申します」

 あなたの仲間になる者ですと告げると、少年の瞳にキラキラとした輝きが宿った。

 ホッ……どうやら、不貞腐れた状態からは、復帰してくれたみたいね。


「エアル……彼が本当に勇者かどうか解らないわ。危ないかもしれないから、下がりなさい」

 勇者様ふしんじんぶつに声をかけた私を心配して、アーケラード様がそう言ってくれた。

 この場にいるのは私と勇者様を除いて、貴族階級(それこそ王宮の衛兵なんかも)に当たる人達みたいだけど、彼に対する風当たりが強いなぁ。


 まぁ、平民の間では年頃の男の子がそういう事・・・・・をするのは公然の秘密だけど、割りと普通の事。

 その辺は、私も理解はあるつもりだ。


 でも、貴族階級だとそういう訳ではないらしい。

 むしろ、変態的行為と思われているなんて話も聞いたことがあるから、彼への嫌悪感がすごいのもわかるわ。


「アーケラード様、ご心配ありがとうございます。ですが、皆さんの前でその……下半身丸出しの殿方を放置するのもどうかと……」

 そう言うと、勇者様がまたキラキラした瞳で「天使か君は……」と私を見ながら呟いた。

 その言葉で私の頭の中に天使エイジェステリアの顔が浮かび、あんなのと一緒にされたくないとの気持ちから、「そんな事は無いですよ」とやんわり否定しておいた。


 だけど……この少年が勇者だっていうのは、間違いない。

 何故なら、私はこっそり自分の《加護》の一つ、【加護看破】で勇者様に付与された《加護》をチェックしていたからだ。

 いやー、三つも付与された私をおじいちゃんは「スゴい!」って言ってくれたけど、勇者様はさらにスゴい。

なんせ、《加護》の数は、


 【身体能力超強化】、【言語翻訳】、【魔力超増幅】、【学習能力超向上】、【病気耐性】、【好感度上昇】、【記憶能力向上】、【幸運】


の八つで、私の倍以上の《加護》を保有している。

 これはまさに、勇者ならではの優遇っぷりだわ。


 ちなみに、アーケラード様の《加護》は一つ、リモーレ様の《加護》は二つだ。

 まぁ、私は《加護》の数だけ多くても、個人の能力がお二方よりもかなり下だから、それでようやく同じラインに立てたといった感じなんだけどね。


 さて……一瞬、勇者様の《加護》の数を告げれば信用してもらえるんじゃないかなと思ったのだけれど、私は【加護看破】の能力を隠している以上、それを話す訳にもいかない。

 どう証明したら良いものかと考えを巡らせていると、衛兵の人達が何かを持ってきた。


 それは、なんとも見事な出来栄えの輝く銀色の鎧。


 しかし、ただ素晴らしいというだけでなく、人目を惹き付けてやまないそれは、おそらく私達の授かったのと同じ《神器》の類いに違いない。


「……これは、本物の勇者にのみ身に纏う事ができると、神より授けられた《神器》。その名も『無崩の天鎧』」

 輝く鎧を勇者様の前に置かせて、王様は彼を試すように言い放った。

「醜態を晒したお主が本物の勇者であるというなら、この鎧を着こなしてみよ!」

「ちっ……さっきから勇者、勇者って……俺には渡 康平って名前があるんだよ」

 ワタリコーヘイ?それが勇者様の名前かぁ。

 やっぱり、異世界から喚ばれただけあって、変わった名前なのね。


 そんな風に、威勢よく名乗った彼だったが、王様から「もしお前が本物じゃなかったら、鎧からすごい電撃が流れるかんな」と脅されて、「マジで?」とビビりながら恐る恐る鎧へと手を伸ばしていた。


 そうして、ワタリコーヘイ様の手が鎧に触れた瞬間!

 まるで内側から吹き飛ばされたかのように鎧がバラバラに弾け、次いで自ら勇者様の体に飛び付いていく!

 ガチャガチャと金属音が響かせながら、ものの一、二秒で立派な鎧姿となったワタリコーヘイ様が呆然としながら立ち尽くしていた。


「お……おお!」

 内側から沸き上がる何かを感じたのか、ブルブルと身を震わせる勇者様。


「うおおっ!燃えろ、俺の小宇宙コスモ!」

 よくわからない雄叫びを上げながら、勇者様が天井へ向けて拳を突き上げた。

 すると、不可視な力の奔流が室内に突風を巻き起こす!

 初見の下半身丸出しから一転、その雄々しい姿に、周囲の人々が「おお……」と驚愕と感嘆の吐息を漏らした。


「これで、俺が勇者だって証明になった訳か……」

 握りしめた拳を見つめながら、ワタリコーヘイ様が感慨深そうに呟いた。

 これはチャンス!

 自虐して落ち込んでいた事を忘れてもらうためにも、少しでも気を良くしてもらわないと。


「お、お見事です。ワタリコーヘイ様……」

 なるべくにこやかな笑みを浮かべて称賛すると、ワタリコーヘイ様は嬉しそうに笑顔を見せた。

「ありがとう、君のお蔭だ」

 へっ? 私、何かしたっけ?

 まぁ、彼が何か立ち直る切っ掛けになってたなら、別にいいか。


「あと、俺の事は康平と呼んでくれ」

 あれ……ワタリコーヘイって名前じゃないの?

 もしかして、ワタリかコーヘイのどちらかが家名なんだろうか。

 ひょっとしたら、彼も貴族階級か何かかもしれないの?

 だとしたら、恥ずかしい行為を行おうとする彼の姿を見た平民の私は、どうなるのかしら!?

 ま、まずいわ!


 しかし、何か口封じ的な事をされるのではと、戦々恐々とする私に対して、以外にもコーヘイ様は「これからよろしく」と右手を差し出してきた。

 握手って事なんだろうけど、その右手はさっきまで「ピー」を握っていた……ぐっ、なんてデリカシーの無い!

 だけど、ここで「せめて手を洗え!」等と正論を言って、彼に逆ギレされたら困る。

 手甲の上からだから我慢、我慢と自分に言い聞かせ、私はぎこちない動きで、差し出された彼の手を握った。


「ふん、先程の力……なるほど、勇者というのは間違いないらしいな」

「力は強大。コントロールは未熟」

 いつの間にか、アーケラード様とリモーレ様が私達の近くに来ていて、声をかけてきた。

 よし、助かった!とばかりに素早くコーヘイ様の手を離した私は、お二方に場所を譲る。


「まぁ、リモーレの言う通り、力は強そうだが他の部分は未熟そうだ。旅の道中で、私が鍛え直してやろう」

「同じく」

「ふうん、あんたらも仲間って訳か……」

 一瞬だけ、お二方とコーヘイ様の間に火花が走った気がしたけれど、さすがにもめる事はなく彼らは握手を交わした。

 あ、しかもまた「ピー」を握ってた方の手で……。

 お二方は気にしてないのか、気づいていないのか知らないけれど、引っ掻き回すのはあれだから黙っていようっと。


「……なんにせよ、《神器》を持つ勇者一行が揃った事で旅立ちの時は来た。これは、我々からの餞別だ」

 王様が指示を出すと、私達の前に人数分の小振りな鞄が置かれていく。


「それは、様々なアイテムが収納可能な魔法の鞄マジック・バッグだ。旅に必要な基本的な道具や魔法薬ポーション等が入れてあるから役立てくれたまえ」

 魔法の鞄マジック・バッグの容量は大きく、まだまだアイテムが入るらしい。

 これは……ありがたい。

 良い物を貰ってホクホク顔の私達に、王様はさらに旅に必要や情報を教えてくれる。


「今や世界は、未曾有の危機に瀕している。そのため、我々の国も、他国の者も人類は一致団結して、お主らを支援するになっておる。故に、《神器》を持つものは国境を無視しても構わぬ」

 うーん、それは地味にありがたい。

 平和条約的なものを各国と結んで、すでに根回し済みな王様の手腕に感心していると、王様は真面目な顔で頭を下げた。


「頼むぞ、勇者達よ……世界を、世界を救ってくれ」

 その真摯な態度に、コーヘイ様は力強く頷いた。


「ああ、任せとけ!で、世界を救うって、なにをすればいいんだ?」

『そこからかよ!』

 再び、皆のツッコミの声がきれいに重なった。


 ──こうして、私達の旅は始まるのだけれども、ちょっとだけ気になる事があった。

 それは、コーヘイ様の《加護》の一つである、【好感度上昇】。


 戦闘や成長度を上げる能力とは違い、どういう能力なのかと興味が湧いたので、ちょこっと【加護看破】で解析してみる。

 すると、頭の中に【好感度上昇】の詳しい能力が浮かび上がってきた。


 ……ふむふむ、ようするに『勇者フェロモンなるものを発生させ、それを吸い込んだ同族の好感度を上げる』能力か。

 なるほど、突然の知らない世界で生きていくには、現地の人に好感を持たれる事は大事よね。

 まぁ、私には【状態異状無効】があるから、勇者フェロモンとやらは効かないみたいだけど。

 でも、これでコーヘイ様をゴミムシくらいに見ている、アーケラード様やリモーレ様が、少しでも早く彼と仲良くなれたらいいな。

 パーティの仲が良いほど、生き残れる可能性は高くなりそうだからね。


 その時の私はまだ、そんな呑気な事を考えていた。

 しかし、その勇者フェロモンのヤバさに気付くのは、それからしばらくしての事だった……。

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