第3話 異世界から来た勇者様

 村を出た私は、無事に王都ガッデスの中心・・・・・・・・・にそびえる王城前・・・・・・・・に、たどり着いていた。


 ……別に、迷子とかになって流れ着いた訳ではないのよ?

 ちゃんとドルコンの街で、ドルニャコン公爵様には会ったっのだから。

 ただ、会ったのだけど……そこで私は、大いにやらかしてしまった。


 そう、あれだけ村長から「襲うなよ」と念押しされたにも関わらず……その、襲いかかってしまったのだ。

 いや……なぜかと言われれば、言い訳にもならないけれど、領主であるドルニャコン公爵様の外見が怖すぎたからである。


 挨拶に伺ったお屋敷で、公爵様と顔を合わせた瞬間、私の脳裏に浮かんだ言葉は二つ。


人食い鬼オーガだ、これ!」と「殺らなきゃ、殺られる!」だ!


 恐怖と生存本能に引っ張られ、「チェストオォォォ!」と奇声を上げながら、領主様に襲いかかってしまった私は、たちまち守衛ガードの人達に取り押さえられてしまった。

 それで正気に戻り、私は地面にめり込むほど頭を下げたのだけど、領主様は「まぁ、初対面の人はこういう事がよくあるから」と、笑ってあっさり許してくれたではないか。

 なんと心が広い事だろう……でも、よくある事なの、それ?


 さらに、「若い身空で大変だろう」と、この王都までの移動手段と路銀まで提供してくれたのだ。

 恐怖に駆られて襲いかかってしまった、我が身の不徳を反省するしかない私は、せめて一日でも早く邪神を倒せるように頑張ると領主様に誓う。


 しかし、領主様はそんな私を諭すように言った。

「選ばれた者とはいえ、君のような若い娘が亡くなったら家族も悲しむだろう。危なくなったら、いつでも戻って来なさい」

 うう……なんて、慈悲深い言葉をかけてくれるんだろう。

 もう、ほんとに良い人だとしか言いようがない!

 なんだか怖かった外見も、優しげに見えてき……ごめんなさい、やっぱり怖いです。

 そんな顔は怖いけど優しい領主様に、私は改めて打倒邪神を誓うのだった。


 ──まぁ、そんな訳で、私は今こうして王城前に立っているのよね。

 改めて思い出すと恥ずかし過ぎて顔から火が出そうだけど、城門前で悶えていると不振人物過ぎるから、キッパリと割りきって前に進もう。

 門を守る衛兵に、ドルニャコン公爵様からの紹介状を渡すと、即座に城内へと通してくれた。


 城内に入ると、出迎えてくれたメイドさんに案内され、こちらでお待ちくださいと連れてこられた部屋は、私の実家がすっぽり入りそうな、広い控え室。

 無駄な広さに思えるけれど、王様みたいな立場の人だとこのくらいの見栄は張る必要があるって事かもしれないなぁ。

 しかし、やっぱりお金は有るところには有るものなのね……。


 田舎の村娘でしかない私はいまいち落ち着けず、せっかく出してくれたお茶の味もよくわからなかった。

 そんな風に、微妙な堅苦しさを感じる時間がしばらく過ぎた頃、王様と謁見させるとの事で、衛兵の人が迎えにやって来た。

 よし、いよいよ顔合わせね!


 これを乗り越えれば、堅苦しいお話も終わりだろうと、私は内心だった気合いを入れる。

 衛兵さんの後に着いていくと、先程の控え室よりも、さらにだだっ広くて大勢の人間が集まっている部屋にたどり着いた。

 おお!これが玉座の間ってやつかしら!?

 ずらりと居並ぶ人達の目線が、私に一気に集中する。


 そこには、「こんな、どこにでもいるような小娘が選ばれし者?」といった感情がアリアリと込められていた。

 別に、好きで選ばれ訳じゃないんだけどな……。


「よくぞ来た、『神の盾』を持つ者よ。たしか……エアルといったな」

 一番奥にいたおじさんが、こちらへと私に手招きをする。っていうか、あのおじさんは多分、王様よね?

 田舎者の私は、王様の顔なんて見たことがないから王冠らしきものを被ってるというだけで判断するしかない。

 まぁ、顔を知らないのは、あんまり興味ないせいとも言えるけど。


 でも、呼ばれて前に出るのはよいのだけれど、これだけの人に注目された事なんて今まで無なかったため、緊張のあまりギクシャクした妙な動きで、部屋の真ん中まで歩を進めることになった。


「お主で、邪神と戦う勇者の供なる者は揃った」

 うっ、私が最後だったのか。

 でも、先に来てた人ってどんな人だろう。

 私みたいな、田舎の平民がいてくれたら嬉しいんだけどなぁ。


「勇者と共に戦う者達よ、前へ!」

 王様の呼び掛けに応え、立ち並ぶ人達の中から二人の人物が前に歩み出てくる。

 その二人を見て、私の願望は脆くも崩れ去った事を隠すために知った。


 一人は白銀の鎧を纏う、見目麗しき女性騎士。

 金色の髪に透き通るような白い肌、それに凛とした雰囲気が映えて、まるで物語の世界から抜け出してきた英雄みたいだ。


 そしてもう一人は、これまたおとぎ話から現れたような、漆黒のローブを身に付けた女性魔術師。

 艶のある黒い髪をなびかせた妖艶な雰囲気は、同性の私でもゾクリとするような色気を感じた。


 お二人とも、二十代なかばくらいかしら。

 まだ若いのに、それなりの地位にいるっぽいのは、すごいわ。


 ……っていうか、あれよね。

 わかってはいた事だけど、やっぱり都会の洗練された美女達と比べられると、私なんか普通よね。

 二人が香しい芳香を放つ大輪の華なら、私は精々野菜が受粉するための花って感じだわ。


 だけど、そんな強烈な美女二人よりも目を引く物がある。

 それは、騎士様が下げている『剣』と、魔術師さんがその手にしている『杖』だ。

 私の持っている『盾』と同じように、それ自体が人目を引くような存在感を醸し出していた。


「初めまして、神の盾を持つ方」

 たしかエアルと呼ばれていたわねと、女騎士様はニコリと私に笑いかけながら、自らの名を告げてきた。

「私の名は、アーケラード・エリステトラ。王室近衛騎士団の三席で、『斬魔の神剣』を授かった者よ」

 腰の剣をポンと叩きながら、アーケラード様は、また微笑んだ。


「ワタシはリモーレ・ラハーツァ。王国魔術室の主任の一人。授かったのは『豊穣の神杖』」

 アーケラード様が自己紹介を終えたと同時に、横にいた魔術師のリモーレ様が簡潔に自分の事を伝えてくる。

 どうも気だるげな雰囲気の人だったけど、話し方もそんな感じで、必要最低限な事しか話すつもりはないようだった。


「は、初めまして。……えっと、ただの村娘のエアルです。その、『天堅の神盾』を授かりました……よろしくお願いします」

 平民だから家名は特に無いし、役職が付くような仕事にもついていない私は、リモーレ様よりもさらに簡単な自己紹介をする。

 すると、クスクスとアーケラード様が小さな笑い声を漏らした。


「ただの村娘って……面白い言い回しね」

 それは決して平民を小バカにしたような嘲りではなく、単純に私の物言いが面白かっただけみたいだ。

 見下すような雰囲気も無いし、一緒に旅をするこの人が、良い人そうでよかった。

 一方、リモーレ様は何が面白かったのかわからないたいった風に首を傾げている。

 こちらも貴族や平民の身分差に頓着する様子は無いので、私は内心ホッとしていた。


「では、選ばれし者達が集った今、いよいよ勇者召喚の儀式を行う」

 王様の宣言に合わせ、私達を中心に十数人の魔術師がぐるりと円を画くように囲みを作った。

 すると、半球体の淡い光が私達を包み、そこに様々な文字が浮かび上がって慌ただしく動き始めたではないか。


「魔法文字。立体式召喚魔法陣」

 何が起こったのか、訳もわからずオロオロする私に、リモーレ様がポツリとそう告げる。

 あ、魔法使ってるだけだから安心しろって事かしら……?

 リモーレ様の顔を覗き込むと、私の予想があってるよといった感じで、ニコリと笑いかけられた。

 ああ……この方も優しい。


 ──魔法文字の乱舞と呪文の詠唱は、どんどん激しさを増していく。

 髪を振り乱し、白目を向いて魔法を発動させようとする周りの魔術師達は、端から見ればかなり危ない集団みたいだ。

 やがて詠唱のボルテージが最高潮に達した時!


「……来る!」

 リモーレ様の呟きと同時に、私達の真ん中で光が弾けた!

 さらに、激しい衝撃に見舞われ、私達はその場からはじき飛ばされてしまう!


「ギャン!」

 みっともなく尻から着地した私は、我ながら奇妙な悲鳴をあげる。

 それに比べて、アーケラード様もリモーレ様も華麗な着地を決めていて、ますます恥ずかしい。

 あ!でもそれどころじゃなかったわ!

 勇者様の召喚は、うまくいったのかしら!?


 光が弾けた場所に目を向けると、そこには今まで居なかったはずの、見知らぬ少年が寝転がっていた。だが……。


 少年は、驚愕の表情で辺りを見回す。

 おそらく、私達も似たような顔をしていた事だろう。

 何故なら、彼は下半身丸出しで・・・・・・・アレを握りしめた体勢・・・・・・・・・・だったからだ・・・・・・


 しばらくの間、部屋の中に沈黙と静寂の時間が流れ、我に返った少年が叫ぶ!


「なんだ、お前らはあぁぁぁっ!」

『こっちの台詞だよ!!!!』


 その場にいた全員のツッコミが、綺麗に重なった瞬間だった。

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