第2話 私にできる事

 畑仕事をしていたはずの私が、見たこともないような立派な盾を抱えつつ、なぜか絶望的な表情で戻ってきた事に、両親はとても驚いていた。

 しかし、私が家族の前で事情を説明すると、さらに驚きの表情で口々に叫ぶ。


「マジか、俺の娘が世界を救うって!?」

「さすが、ワシの孫じゃぁ!」

「姉ちゃん、すごい!」

「すごーい」

 お父さんにお爺ちゃん、それに弟や妹達は、私が勇者の仲間に選ばれた事に、それは興奮していた。

 いやいや、盛り上がってる所悪いけど、私は何も嬉しくはないのよ?

 むしろ、ヤバすぎて泣きそうなんだけど。


「でも、大丈夫なの?勇者と共に、世界を救うなんて……」

 あなたには荷が重いでしょうに……と、母さんだけは心配してくれている。

 私もまったく同意見だけど、楽観的なうちの家族は「へーき、へーき」と浮かれてまともに取り合っちゃくれない。

 むしろ、大々的に村に言いふらしに行ってしまい、いつの間にか私の壮行会という名の大宴会が始まってしまっていた。


 とても「死ぬ確率が高すぎて、行きたくないです」と言えるような雰囲気ではなく、村の人達も頑張れとの暖かい励ましを送ってくる。

 うう……こうなったら、少しでも生き残れる可能性を高めるしかないわ!


 前向きにそう決めた私は、元冒険者であるお爺ちゃんを人気の無い部屋までこっそり引きずって、旅立つ前に色々も相談することにした。


「ほぉん……で、おめえはどんな《加護》をもらったんだ?」

 私みたいな村娘が魔神との戦いに生き残るには、授かった《加護》が生死を分けると、おじいちゃんは言った。

 だから私は、包み隠さずもらった三つの《加護》について説明する。


 まずは【状態異常無効】。

 文字通り、毒や麻痺なんかをはじめとする、あらゆる肉体的、精神的な異常を無効化してくれる《加護》である。

 まぁ、草刈りの最中に毒蛇なんかに襲われる事もあるから、日常生活にも役立ちそうで、たいへんありがたい。


 次に【加護看破】。

 他人の持っている《加護》を見破り、なおかつその特徴を私だけにわかるように分析してくれる《加護》。らしい。

 まぁ、《加護》持ちの人なんて見たこと無いから、どんな風に『解る』のかはわからないけど。

 でも、敵側にも《加護》持ちは居るだろうから、それを見破れるこれも便利そうな能力よね。


 最後に【気配隠蔽】。

 要するに、めっちゃ目立たなくなる能力。

 まぁ、地味な田舎者がさらに地味になるって感じかしら……。

 あんまり目立ちたくない私には、ちょうどいい《加護》かも……。


 そうして説明を終えると、黙って私の話を聞いてくれたおじいちゃんが、開口一番に意外な言葉を口にした。


「エアル……おめえ、自分の《加護》の事を他人に言っちゃなんねぇぞ」

「え?……そりゃ、別に言いふらすつもりはないけど……?」

「俺の言う『他人』ちゅーのは、旅の仲間も含む全員じゃ」

 それってつまり……勇者様達にも内緒にしろって事?なんで?

 自分の能力とか仲間の能力とか、情報は共有しといた方がいいじゃない!?

 そんな当たり前の疑問を投げ掛ける私に、おじいちゃんは首を横に振った。


「仲間ちゅーても、利害なんぞが絡んでくると、いつ裏切られるかわからんぞ? 特に、身分の違うパーティメンバーが厄介じゃ」

 嫉妬とプライドで、利害関係無しに裏切る事もあるからな……と、まるでそういう人とパーティを組んだことがあるかのように、おじいちゃんは遠い目をしながら話をしてくれた。

 そして、《加護》の事を打ち明けるなら、精々【状態異常無効】くらいにしておけと、真面目な顔で言う。


「相手の《加護》がわかるっちゅーのは、そいつの切り札を知るのと同じじゃからな。そんな力があるとわかれば、真っ先に狙われるわ」

 言われてみれば確かに……。

「それに気配を消せると知られてなけりゃ、逃げるしかなくなった時に役に立つってもんよ」

 なるほど。

 おじいちゃんのアドバイスは、さすが役に立つわ。


 でも、とりあえずは逃げる算段より戦うための手法が知りたいのね……。

 だから私には、もうひとつ聞いておかなきゃならない事があった。


「ところでおじいちゃん、私『盾』を授かったんだけど、どう戦えばいいんだろう……」

 あのきらびやかで、立派な盾……使う人が使えば鉄壁の守りとかできそうだけど、正直なところ私じゃ自分の身を守るのが精一杯な感じだ。

 すると、おじいちゃんから盾に何らかの能力はあるのかと聞かれた。


「なんかね、使用者の負荷にはならないけど、自由に重さを変えられるみたい」

 あの盾を手にした時に、そんな情報が頭に入ってきたのだ。

 なんでも、上下の幅は50トンから0キロまでと、まるで子供が適当に考えた馬鹿みたいな重量差だ。

 まぁ、重くしても私に負担は無いということだから、それを振り回せばちょっとは戦えるかも……いや、無理かな。

 素人が振り回しても、仲間にぶち当てて悲劇をもたらす結果しか見えないわ。

 でも、そうなると本格的に戦闘では役に立てそうにないのよね……。


「……そうだなぁ。まぁ、ド素人のおめえにできる事ったら、最前線で囮をやるくれぇか」

「囮!?」

 思わず声が出る。

 ううん……確かにそうかもしれないけど……。


「なぁに、囮ったって、前に出て仲間が敵を倒すまでの間、自分の身を守ってりゃいいだけよ。それならできんだろ」

 ああ、なるほど。確かに、それくらいならできそうだ。

 私が弱くても、勇者様や戦士系の仲間は強いだろうし、死ぬ気で防御しながら囮を勤めれば、ちょっとは役には立つだろう。


 そんな風に考えると、戦力差子犬:古龍魔神でも生き残れる気がしてきたぞ!

 それに、家の手伝いで磨かれた家事スキルは冒険の道中できっと役に立つと、おじいちゃんも太鼓判を押してくれた。

 やっぱり、美味いご飯を作れるってのは正義よね!


 世界を救うとか大変な旅になりそうだけど、私でもやれそうだと安心したら、なんだかお腹も空いてきた。

 せっかく皆が開いてくれた私のための壮行会だし、ここはお腹一杯食べておこう!

 お爺ちゃんと宴会場へと戻り、調子に乗った私は、勇者と一緒に世界を救ってやるつーの!と大きな口を叩いて、大いに場を盛り上げるのだった。


 翌日の朝。

 村の皆から旅の役に立ちそうな、携帯しやすい日用品を詰め込んだバッグを餞別としてもらい、私は《神器》の盾を掲げて意気揚々と村を後にした。

 最初に目指すは、この地方の領主である、ドルニャコン公爵の屋敷があるドルコンの街。

 領主様宛に、村長から事情をしたためた手紙を送ってもらったので、私がドルコンの街に到着する頃には、訪ねる経緯は届いてる事だろう。


 ……それにしても、近くの町までしか行ったことがないから、都会に出るのはちょっとワクワクするわ。

 でも、おのぼりの田舎者だと舐められると、悪いやつらのカモにされるかもしれないから、十分に気を付けなくちゃ!

 村からだいぶ離れた辺りで私は気合いを入れ直し、名領主と名高いドルニャコン公爵様に失礼の無いよう、村長から教わった挨拶の言葉を頭の中で反芻した。


 今回、私は初めて領主様に会うのだけれど、噂で聞いた話では「とても厳つい外見に、天使のような人格者」とか言われている。

 外見の噂はともかく、人格者というのは間違いない。

 なんせドルニャコン公爵領内では、貴族だけでなく平民にも学校へ通うことを推奨しているのだ。

 しかも、平民に対しては読み書きや単純な計算などの初等教育が、無料で行われている。

 おかげで、私も少し前まで村の学校に通えていたのだ。


 『基礎的な学力があれば、それは領民の幸せに繋がり、そこから優れた人材が現れれば、貴族の幸せにも繋がる』というのが、領主様のお考えらしい。

 そのため、このドルニャコン公爵領では、平民でも識字率は十割に近い。

 ほとんどの者が、家の家業や農業に従事することを選ぶとはいえ、時折研究職に進む者もいるし、なにより悪徳商人にピン跳ねされたり、騙されるような事が激減したのは、領主様のお陰だろう。

 ほんと、ありがたい事だと思うわ。


 ……でも、「いいか!?襲うなよ!絶対に襲いかかるなよっ!」っていうのは、どういう注意なのかしら?

 いくら外見が厳ついからって、そんな立派な領主様にいきなり襲いかかるような人がいるわけないじゃない。

 よくわからない事を念推しをしていた村長の様子に首を傾げながら、私はまだ見ぬ都会に対して胸を踊らせていた。

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