第6話 山中での出会い
◆
チチ……チ……。
ん……。
小鳥の囀りで、私は目を覚ます。
朝の気配を感じるのに、薄暗い今の場所を知覚して、一体ここは何処だっけ!? と、一瞬焦ってしまった。
あ、そうだ。勇者パーティから逃げ出して、この洞穴で休んでたんだっけ。
軽く休憩するだけのつもりだったのに、どうやらガッチリ熟睡してしまったみたいだわ。
思えば、パーティを抜け出してから三日ほど山の中に潜伏していたけど、ろくに休めてなかったもんな。
完全に追跡を逃れたらしい喜びから、どうも気が抜けてしまったみたいね。
「んん……」
毛布を羽織ったまま、グッと伸びをする。
まだ疲れは残っているけど、よく眠れたお陰で気分はスッキリしていた。
いやー、それにしても逃げてる間って、本当に気が休まらない物なのね。
常にビクビクと辺りに気を配る生活は、真っ当な人間なら絶対に慣れないと断言できる。
逃亡中の犯罪者は眠れないなんて話を聞いたことがあるけど、きっと本当なんだと確信したわ。
そんなの別に、知りたかったわけじゃないけど……。
さて、そろそろ移動しなくちゃ。
干していた服に手をかけると、残念ながらいまだに半乾きの状態である。
うう……できればちゃんと洗濯して、お日様の元でしっかりと乾かしたい。
でも、今はそれすら贅沢と言わざるを得ない環境だ。
はぁ……。
仕方なく私は、半乾きのままの服を身に付けていく。
肌にぺっとりと張り付く、不快な感触に顔をしかめながら、私は今後の計画について考えなければいけなかった。
休んでいた洞穴の入り口に置いてあった、カモフラージュのために泥で汚した盾を手に取り、外へと出た私は今度は思いっきり全身を使って伸びをした。
んん~……体の節々が、ペキペキと音を立てている。
あぁ、気持ちいい。
疲労感は残っているけど、のんびりもしていられない私は、さっそく思案を始めた。
勇者一向から逃げる事に成功し、数日が経過したとはいえ、このまま町に戻るのは危険だろう。
逃走前は、どこにでもいる村娘の私に執着しまいとタカを括っていたが、考えてみれば私は《神器》を持ったままなのだ。
そうなると、捕まえようと躍起になられる可能性も少なくない。
そんな状況で、迂闊に町に戻ったりはできないわよね……。
アーケラード様やリモーレ様が、権力を行使して私を捕まえる手配をしているかもしれないし、ばったり鉢合わせる事も考えられる。
うーん、こうなれば最初に私がすべき事は、このまま身を隠しつつ、なるべく遠い別の町に向かう事。
そして、《神器》を破棄する方法を探す事である。
価値があるのは私ではなく《神器》の方なんだから、それを破棄できれば、心から安心して故郷に帰れるというものだ。
……そうなると、目指すはこの大陸の最北端にある宗教国家アーモリーかしらね。
この大陸で最大の、信仰と神との交信を売りにしているかの国になら、《神器》を破棄するための方法なんかが、わかるかもしれないもの。
そう考えた私は、
旅に出る時に貰った初期装備の中に有った物だけど、国から支給されただけあって結構正確な各国の位置が記入されている、それなりに高価な物だ。
でもこれって、勇者一行との旅のためにもらった物なのよね……事がすんだら領主様に土下座して、返してもらいに行こうっと。
それはさておいて、と……。
ええっと……私が離反した森がここで、逃げ込んだ山岳地帯がここだから……おそらく、現在地はこの辺ね。
あくまで、勘と経験による推測なので正確ではないだろうけど、概ねは間違っていないはすだと思う。
昔、おじいちゃんに手伝わされて山の中へ狩りに連れていかれた経験が役に立つなんて、世の中何があるかわからない物ね。
鹿に蹴られそうになったり、はぐれゴブリンに襲われそうになったりして、あの時は泣くほど嫌だったけど……ありがとう、おじいちゃん。
そうして、だいたいの現在地に当たりをつけた私は、アーモリーまでのルートを想定する。
陸路でいくか、海路でいくか……って、海路しかないわね。
陸路の場合だと、経由しなければならない国が四つほどあるし、距離的にも長く勇者達の目にも止まる可能性が高い。
その点、海路ならば経由する国は二つだけだし、一度船に乗ってしまえば、数日でアーモリーに到着できる。
問題は、路銀が足りるかどうかだけど……そこは道中で魔物なんかを狩って、近場の町や村で素材を売ればいいか。
うん、なんだか行ける気がしてきた!
やっぱり目的ができると、やる気が出てくるわね。
よーし!まず目指すは、このファーキン国と山岳地帯を挟んで隣接する国、ウグズマを目指すわよ!
行く先が決まれば、次は方向を確認しなければならない。
そうだなぁ……確か、木の年輪の模様とか、一定の方角に向かって生える苔とかをおじいちゃんから聞いたことが……。
くぅ~……。
「…………」
突然、お腹が大きな音を立てて鳴った。まぁ、仕方がないわ。
だって、逃走中は火も炊けないから、ろくにご飯も食べられなかったし、そこに解放感も加われば体が反応するわよね。
とりあえず、非常食とかなかったかなと、
不意に、後方でガサリと茂みの揺れる音がした!
むっ、一体、なんだろう!
魔物!? それとも野生動物!?
場合によっては食糧の調達ができるかもと、少し期待して振り向いた私は、そこにいた生き物と目が合った。
そう、茂みから姿を現した、褌一丁のマッチョなおじさんと。
「きゃああぁぁぁっ!」
「ええぇぇっ!」
互いに一瞬だけビクッとした後に、私と相手の口から悲鳴が飛び出す!
あ、ちなみに「きゃああぁぁぁ」は、私じゃなくておじさんの方ね。……なんて事を説明している場合じゃないわ!
こんな山の中でほぼ全裸なんて、怪しい事この上ないじゃない!
百歩譲って「褌一丁でお散歩するのが趣味なだけのおじさん」かも知れないけど、最上級の警戒に値するわ!
「な、なんだ君は!」
なんだ君ってか!?
「それはこっちの台詞よ!こんな山中で、何をやってるのよっ!」
最も過ぎる私の質問に、褌おじさんは怯んだように口ごもる。
これは何かやましい事があるに違いない。と、おじさんの後からザワザワと、何人かの人間がこちらに向かってくる気配を感じた。
もしかして、今の悲鳴を聞き付けてきたのかしら。
敵……それとも味方!?
緊張感が走る私の目の前に、複数の人影が飛び出して……私の意識も飛びかけた。
「おい、さっきの悲鳴はなんだ!」
「何があったんだ!?」
「おや?こちらのお嬢さんは?」
現れたのは、褌おじさんとまったく同じ格好をした、数人の褌おじさんズ!
一人だけでも強烈なのに、それが複数となると脳が理解を拒みそうになる。
そして、そんな風に変質者が群れを成して現れた時、人は意識を手放しそうになるらしい。
……いやいやいや、ダメよ!しっかりしなさい、エアル!
せっかくハーレム勇者から逃げられたのに、こんな所で気絶して、変質者の慰み物になってどうするのっ!
頭を振って気を取り直した私は、いつ変質者どもが襲ってきてもいいように、カウンターを取るべく盾を構えた。
そんな私の不退転の覚悟を感じ取ったのか、褌おじさんズは戸惑ったような表情でこちらを遠巻きにするばかりだ。
ううん……一体、(格好も含めて)何を考えているのかしら。
「おう、お前ら何を揉めてやがる!」
突然、彼等の後方から声がかかり、褌おじさんズが「頭!」「お頭だ!」などと、叫びながら慌てて左右に分かれる。
そうしてできたおじさんの道とも言うべきスペースを、まるで無人の野を行くように、威風堂々と歩いてくる人影が一つ。
「なんだ、そのお嬢ちゃんは?」
怪訝そうな物言いで、褌おじさん達にお頭と呼ばれていた男……『槍を携えた、体毛がすごい褌おじさん』が、私を値踏みするような目で見ていた。
「うわ……」
割りと顔だけならハンサムなおじさんなのに、濃すぎる体毛がアンバランス過ぎて、思わず声が漏れる。
すると、お頭と呼ばれたおじさんが、ジロリと私を睨み付けた。
「素で『うわ……』とか言うな。傷付くだろ……」
「あ、ご、ごめんなさい……」
外見に比べて言ってる事は繊細なお頭に、つい謝ってしまった。
なんか声が震えていたから、本当に傷付いちゃったののかもしれないな……。
「あの……あなた達は何者なんです?」
どうやら、すぐに襲ってくる気配はないので、意を決して私は彼等に尋ねてみることにした。
すると、まるで舞台演劇の演出みたいに、ニヤリと笑ったお頭が槍を振り回して名乗りを挙げる!
「聞かれたからには答えてやろう!最近巷を騒がせる正義の
バン!と大見得をきったお頭とメンバー達だったが……いや、なんなのよ、それ……。
理解が追い付かない私の頭、はますます混乱の渦に飲み込まれていった。
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