第2話 ある兵士の話
昔むかし、ある国にひとりの兵士がいました。
兵士はとても強く、敵国の兵士をばっさばっさと切り伏せて、兵士のいる国はいつも勝利をおさめていました。
兵士はたくさんの敵を倒しても、いつも無表情でした。敵を倒したことを自慢するわけでもなく、王様に褒美をねだることもありません。
ただ目の前にいる敵を冷徹に倒していく兵士は、周りの人から氷の兵士と言われていました。
ある時、いつもより大勢の敵を相手にした兵士は右腕を怪我してしまいました。
冬の寒い時期に入ったので、戦争は当分ありませんが、利き腕を怪我した兵士は日常生活を送るのもひと苦労です。
それでも兵士はそれを顔に出すことなく、自分で怪我をした右腕の包帯を巻き直そうとしました。
「それ、自分でするのは大変ではありませんか?」
そう声をかけてきたのは兵士の家の近くにあるパン屋の娘でした。
娘は毎朝パンを買いに来る兵士がひどく不便そうなのを気にしていたのです。
自分でしようとする兵士をなだめ、娘は右腕の包帯を解きます。傷口に消毒薬を塗ると、兵士はびくりと身体を震わせました。
「ごめんなさい、痛かったでしょう」
痛くはない、そもそも痛いということが分からない、と兵士は答えました。
娘はびっくりした後、ひどく悲しそうな顔をしました。
「そう…あなた、痛いということがわからないのね」
そう言って娘は兵士の右腕の手当てを続けます。兵士が身体を震わせる度に、娘はさとすように言いました。
「これが痛み。痛いと身体が震えて、辛いの。傷口がひりひりして、腕を動かすのが嫌になるのよ」
娘の言葉を聞いているうちに、兵士は自分の右腕がじくじく傷んで、びりびり痺れた感じがすることに気づきました。
なるほどこれが痛いということか。
兵士は娘から、一番初めに痛いという感情を教わりました。
それからも、娘はよく兵士の元を訪れ、そして色々なことを教えました。
娘の作った料理を食べて心が温まるのは「美味しい」。
娘の手伝いをして褒められると心がむずむずするのは「嬉しい」。
娘と一緒に眠る夜、いつもよりも温かく、ずっとこの時間が続けばいいと願うのは「幸せ」。
兵士は本当にたくさんの感情を娘から教わりました。
冬が明けて、やがて春がきました。
兵士の右腕の傷も治り、兵士はまた戦場へと赴きます。
「帰ってきたら伝えたいことがあるの」
そう言って娘はお腹をさすりました。
なるべく早く帰るよ、と兵士はにこりと笑って、娘の頬にひとつ口づけをしました。
「あなたは強いから大丈夫ね」
そう娘は言って、兵士を見送りました。
戦場で、兵士は剣を構えます。
自分に向かって走ってくる兵士を見つけ、剣を持った右腕を振り上げました。
その時、向かってくる兵士の胸元に、何かが見えました。
それは綺麗な女性と小さなこどもが写った写真が入ったお守りでした。
それを見た兵士は目を見開きます。
あぁ、これが「愛」か。
今まで自分は一体なんてことを。
兵士は最後に「愛」と「後悔」を知りました。
国に置いてきた娘の顔が浮かびます。
娘に治療してもらった右腕がズキンと痛みました。
まるで氷が溶けたように、兵士の頬をツーッと雫が伝いました。
兵士は向かってきた兵士に向けて振り上げていた腕を、ゆっくりと。
その日、一人の兵士が戦場で死にました。
隙間時間に読める話〜どこかの誰かの物語〜 るな @Runa21
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