隙間時間に読める話〜どこかの誰かの物語〜

るな

第1話 初恋を吸う


 息を吸う。

 息を吐く。


 いつも無意識にしている行為なのに、時々ひどく息苦しさを覚える時がある。

 口を開いても満足に空気が吸えなくて。

 吐き出したと思っても胸の中にもやもやと空気ではない何かが残って。

 焦りにも似た、とても嫌な気持ちになることがある。


 そんな時私は、煙草を一本取り出して、おもむろに咥える。父からもらったおさがりのジッポで火をつけて、その紫煙を口いっぱいに吸い込めば、たちまち肺は煙に満たされる。


 煙たくて咳き込んでいたのはいつの頃だっただろう。もう遠い昔のような気がする。

 いつの間にかこの煙は私の身体に馴染み、私を構成する一部になった。

 健康に悪いからやめなよ、と美容を気にする友人たちは口を揃えて呟く。初めからそんなことを気にしていれば、煙草を咥えることすらしていなかっただろう。


 喫茶店でぷかりと煙をくゆらせれば、いつも飲むコーヒーがより一層美味しく感じる。

 こんな煙など吸わなくても、もっとしっかり息を取り込めればいいのに。


 煙を吸う。

 煙を吐く。


 肺が満たされ、頭の中がさぁっと冴え渡っていく。

 私がヨガや瞑想の先生だったなら、もっとしっかり息が吸えて、こんな澱んだ世の中も生きやすかったのだろうか。私は先生ではないから、分かりはしないのだけれど。



 昔、遠い昔。

 初めて付き合った人が煙草を吸う人だった。

「君にはまだ早いよ」

 彼はそう言って強請る私に煙草を吸わせてくれなかった。

 彼との口づけは、いつも苦い煙草の味がしたことを覚えている。

 彼との関係は長くは続かなかった。

 けれど別れた後も、私の唇には彼の煙草の匂いだけがいつまでも残っていた。


 息を吸う。

 煙を吐く。

 


 きっと私は今、彼との甘くて苦い初恋を吸っているのだ。

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