30

 ガードナーの車を見送ると、リーサはロックウッドに嫌味っぽく尋ねた。


「女だから見逃したんじゃないでしょうね?」

「そんなわけないだろ?」


 ロックウッドには断言できた。たとえガードナーがもっと自分好みの女だったとしてもそれはないと。

 お返しにロックウッドも冗談っぽくリーサに聞き返す。


「それとも、あそこで撃ち殺す男の方が好みだったかい?」

「悪かったわよ。冗談だから」

「分かってるさ――」


 ロックウッドは顎に手を当て一考する。


「だが、君の気持ちも聞いておくべきだったかな」

「もっと早く気付いてほしかったけどね」

「悪うございました」

「でも、ガードナーは本当に私たちを秘密にしておくと思う?」


 リーサは、ガードナーがあまりにあっさり引き下がったので警戒しているようだった。これにロックウッドは自身の見解を述べた。


「俺はそう思う。何ならあいつは、キングスにはもう戻らないんじゃないかな。どうして俺たちが設計図を持っているのか、自分の裏切りがバレない様に説明するのは面倒だ。それに俺たちに恨みを晴らす結果になったとして、真に得するのはキングスだ。危ない橋を渡ってまでするとは思えない。奴はかなり利口に見えたからな。もうどっかに行方をくらましてるだろうぜ」

「情報を手土産に裏切りを許してもらうっていうのは?」

「難しいな。命くらいは勘弁してもらえても、全くのお咎めなしとはいかないだろう。逃げ切る方に賭けるんじゃないか? いくらキングスといえどまだ勢力を伸ばしていない地域はある。例えばアジアとか」

「なるほどね……」


 リーサは納得したという風に頷く。彼女はそれで納得したようで話を変えた。


「それも大事だけど連絡先。リチャードの連絡先聞いてなかった。埋め合わせの約束、反故にする気?」


 何を話すのかと思えばそれは大事なことだ。約束を守る上でも、それ以外の理由でも。


「安心しな、覚えてるって。そんな大事なこと、忘れるわけないだろ?」


 思い返してみれば、初めて会ったときはロックウッドの方から連絡先を交換しようと言い出したのであった。

 お互いスマートフォンを取り出すと連絡先の交換を済ませた。

 リーサはスマートフォンの画面を見ながら満足げに笑う。それを見てロックウッドは咳払いをした。


「これでいつでも会えるってわけだが……俺っていっつも一人でね、寂しくて仕方がないんだ」


 芝居がかった感じで言い終わると、ロックウッドはリーサをちらりと見た。

 一つの仕事が済んだ今、ロックウッドはもう一つの大事な事業に取り掛かり始めた。ロックウッドの欲しいものは常に変わらない。金、名声、挑戦、そして――。


「君と親しくなりたい」

「……つまり?」

「恋人になってくれ」


 ロックウッドは全くのシリアス。

 リーサは初め眉一つ動かさなかった。だがどうだろう。その顔は表情はそのままにじわじわと赤が染みわたっていく。


「で、でもそれって随分急ね。どうせ見た目でしょ? 見た目!」

「そりゃ気のせいさ。例えそうだったとしてもそれは最初だけの話さ。一日一緒に過ごして君の魅力に気が付かない男は居ない。……どうだい?」


 ロックウッドはリーサの顔を覗き込む。

 もちろん方便ではなく本心。確かに最初は見た目からの一目惚れだったことをロックウッドは認める他ない。しかし今日一日でロックウッドは思ったのだ。一緒になりたいのは、他のどのしょうもない女でもない、リーサだと。

 しかしリーサはすぐに首を縦に振ってくれない。


「と、父さんがなんて言うかしら。父さん厳しいから、いくらリチャードが恩人といっても……」

「そんなに厳しいのか?」

「ええ、とんでもない石頭」

「しかし、俺ってそんな断られそうかな?」

「父さんはもっと硬派な男が好みだと思う」

「君の気持ちは?」

「か、駆け落ちでもさせる気? それは困るんだけど……?」


 リーサはプイと顔を逸らした。日はすっかり落ち、古い街灯の点滅が彼女の横顔をちかちかと照らした。

 それからロックウッドはしばしの葛藤。その末に雄叫びを上げた。


「親父さんが石頭だか何だか知らないが、やらないうちから諦める俺じゃねえぜ! さあリーサ、早く車に乗れ。会いに行くぞ」


 ロックウッドはリーサの手を強引に取り、車に向かってずんずん歩いていく。

 しかし、車に辿り着く前にロックウッドはつんのめりそうになった。後ろを向くと、リーサが足を止めていた。


「私の気持ち、まだ言ってないんだけど?」


 先走り過ぎたか。確かにロックウッドは、尋ねはしたがまだ答えを聞いていなかった。イエスかノーか、ロックウッドは固唾を呑んだ。

 リーサは少し考える素振りを見せたあと、おもむろに口を開いた。


「そう言えば、ガードナーって本当に大丈夫なのかな?」

「何を言うのかと思えば、それについては大丈夫だって言ったろ?」

「本当にそうかな? キングスには戻らず、直接一人で私を襲いに来る可能性は否定しきれないんじゃない?」

「……まあ、それはそうかもしれんが、そんなに心配性だったか?」


 ロックウッドが首を傾げると、リーサはプイとそっぽを向いた。


「私を心配性って言うんだったらそれでもいいけど? ボディーガードは余所で探すことにするから」


 髪の隙間から覗くリーサの耳は赤かった。

 さすがのロックウッドでも察しようというものだ。

 リーサはロックウッドの手を振り解こうとしたが、その前にロックウッドが自らその手を離した。そしてロックウッドは、今度はリーサの手を包み込むように握った。


「分かった。ボディーガード、引き受けよう。他の誰にもやらせるものか。ガードナーは俺が逃がしちまったんだからな」


 ロックウッドがニヤリと笑うと、リーサは顔を赤くした。


「……で、でもこれ、仮契約のつもりだから。本契約するかは――」

「させるさ。知ってるだろ?」


 ロックウッドは自信満々に言い切った。リーサは呆れたように肩をすくめるが、その顔は微笑していた。


「……さて、あんまり待たせすぎても悪い。君の親父さんを迎えに行こうぜ。三人で祝杯といこう!」

「……そうね!」




 ロックウッドは満ち足りた気持ちでハンドルを握る。

 隣にはリーサが座る。

 二人を乗せた車は夜の街を走りだした。街の明かりが二人のゆく道を煌々と照らしている。


「今日の祝杯の味は?」

「ああ、格別な味だ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

賞金稼ぎ 焼き芋とワカメ @yakiimo_wakame

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ