29
「――さて、ガードナー、お前の処遇を決めようか……って、まあなんつう面だ!」
ロックウッドは鼻血を垂らした女の顔を見て驚いた様子を見せた。
リーサはロックウッドの言葉にハッとする。
覚えがあるはずだ、この女はテレパシー能力者のマリア・ガードナーだったのだ。しかし、どうして彼女がこんなところでリーサを襲う?
ガードナーはようやく手の甲で鼻血を拭うと、ロックウッドに不敵に尋ねた。
「よく駆け付けられたな?」
「あの演技はもうやめたのか?」
「ああ、そうだな。まあ、アレはお前以外の相手にもやっていたものだが……望みとあらば今やってやっても良いが?」
「いや遠慮しとくよ。……ハッキリ言って嫌いだったんだ、あの喋り方は」
「……だろうな。しかし、私がここに居ても驚きが少ないようだが? お前が一度消えたのは私を誘い出すための罠だったか」
「いやあ、俺がリーサを囮にするわけがないだろ」
状況を掴み切れていないが、囮という言葉にリーサは思わずロックウッドの顔を見る。
「いや、ちゃんといつでも駆け付けられるようにしてたさ。そう怖い顔しないでくれよ? 一言も説明しなかったのは謝るからさ」
「……なるほど。さて、無駄話はこれくらいにして最初の質問に答えてもらいたいところだな。不本意ながら形勢は逆転してしまった。私をどうするか、そちらが好きにできる状況にある。だが、その前にどうして負けたのかくらい知っておきたい」
「良いぜ。俺も披露したいと思ってたんだ。何故ってそうだろ? そうじゃないと俺の凄さってやつが今一つ伝わらないだろ?」
「だったら早くしてもらおうか」
ロックウッドの態度に、ガードナーの声は少しばかり苛立っているようだった。リーサも早く真相を知りたがった。
「それじゃ、最初から話そうじゃないか。そう、俺がアーチボルドに待ち伏せされてたところからだ――」
【昼の中央公園で、ロックウッドはベンチに座るアーチボルドに攻撃を仕掛けた。しかし、アーチボルドは事前にロックウッドが襲い掛かってくると知っていたとしか思えない罠を仕掛けていた。あの時ロックウッドは少女に変身していたというのにだ。】
「初め、俺はリーサを疑った。あの姿はリーサしか知らなかったからな」
「ちょっとっ」
リーサは抗議の意を示す。しかしロックウッドは意に介さず続ける。
「だが、これは心理的罠だ。冷静になってちょっと考えればすぐ気づく。この時俺が少女になっていると知っていた奴はもう一人居たんだ」
【そう、もう一人居る。念話中に声の変化に気付いたガードナーだ。ロックウッドはあの時、ガードナーに自身の姿が少女になったと伝えていた。そしてあの念話は、アーチボルドに攻撃を仕掛けるより前に交わされている。】
「そして幻覚使いランゲンバッハ、こいつに襲われる前にもお前と念話してる。お前は毎度俺に居場所を聞いていたな? それを俺は初め、サンダースの差し金かと思っていたが違うな。お前は聞きだした居場所を仲間のアーチボルドとランゲンバッハに伝えていたんだ」
「アーチボルドとランゲンバッハが仲間?」
リーサが尋ねる。ロックウッドは今度は応えた。
「そうだ。ガードナーの行動はちょいとおかしい。確かに俺と念話するよう指示を出したのはサンダースだが、おそらく指示がなくともサンダースの目を盗んでやってただろうな。ガードナーは俺が話したランドンの能力について、サンダースに報告していない」
【ロックウッドは引っかかっていた。マクローリンが偽物と疑われたときに、サンダースが言った『これは俺の勝手な想像だが、もしかしたらこういうこともあり得るかもしれん。ランドンの変身能力は他人にも有効だと』という言葉。ガードナーから報告を受けていたらこんな言葉選びはしないはずだ。】
「あの時俺たちをやけに庇ったのも、あそこでマクローリンが偽物だと判明し俺たちが殺されたら、設計図を手に入れるのに支障を来すと判断したからじゃないのか?」
【そしてリーサの能力を報告しなかったのも、設計図が少しでもサンダースの手に戻らないようにするためだろう。
ガードナーはおそらく、ロックウッドとの最初の念話でリーサが裏切ったと勘づいたのだ。ロックウッドを殺さず、少女に変身させて野放しにするのは不自然だ、二人の間に何かしらの協定が結ばれたに違いないと。だからあの時、ガードナーはマクローリンが偽物である可能性に考えが及び、二人を庇うという行動がとれたのだ。】
「そういうこと……。確かに納得できるだけの材料はある。でも――」
そう言ったのはリーサだった。
「私はガードナーが仲間だなんて聞いたことないわ」
するとガードナーは笑った。
「それは私から教えてやるよ。つまり君は信用されていなかった。新入り、変身能力、なに一つとっても君を信用できる要素はなかったからな。だからデュークは、私の存在を伏せておいたのさ。君が出くわした日の会議に限らず、私は直接ではなく念話で参加していたからな。隠すのは簡単だった」
さらにガードナーは「そしてやはり裏切った」と鼻で笑う。
「……用心深い事ね」
「へっ、その割にはバリモアを一人で俺に向かわせてるがな」
「バリモアはお前が女に弱いということで自信満々だったんだがな」
「確かに、あの谷間は爆発的だった」
「ちょっとっ」
ロックウッドはそんなに巨乳好きか。いやそんなことは今はどうでもいい。
「……でも、どうしてガードナー一人キングスに残して?」
「スパイをするためさ。スパイをするのには都合のいい能力だ。目的は脱出が失敗した時の保険か、脱出に成功した後しばらくの安全確保のためってところか」
「ああ確かに、妥当なところね」
リーサは納得した。自分でも同じ結論を出す。ガードナーも否定しない辺り当たっているのだろう。
「まあ、こういった具合にお前を疑ってたんでね――疑うようになったのはリーサに助けられてからだが、追っ手には気を配っていたのさ。そしたら、キングスを出てからピッタリ付けてくる車があるじゃないの」
【ロックウッドは、その車に間違いなくガードナーが乗っていると確信していた。このタイミングまでガードナーが仕掛けなかったのは、サンダースの目があったことと自分の役割のため。しかし事ここに至っては、もはや後がなくガードナーも動かざるを得ない。】
「……そうか。一応お前の身を案じる素振りも見せたのだがな」
「よく言うぜ。アレはあからさますぎる。ちゃっかり俺にデュークの居場所を伝えて向かわせようとしやがって」
「え、じゃあ、あの黒人でゲイのユダヤ人の人からの『モデルになってくれ』って電話は仕込みだったの?」
「いや、アレは本当にモデルの催促の電話だった。都合が良かったんで利用させてもらったが」
なんだそれは。ということはピーターサムは要求を無視されたという訳か。いや、そんなことよりリーサには言いたいことがあった。
「そういうことなら私には話しておいてよ!」
「だからそれはさっきも謝ったじゃないか。それに、敵を騙すならまずは味方からって言うだろ?」
「……間に合ってなかったら命はなかったわね」
「……確かに? そりゃそうだ」
「リチャードの命が、よ」
ロックウッドは少し考える素振りを見せたあと、手を打った。
「……なるほど、面白いジョークだ。つまりリーサは『間に合っていなかったらリチャードを殺してやるところだ』と言ったわけだ」
「……ジョークのつもりじゃなかったんだけど。まあ良いわ。今回は間に合ったから許してあげる」
だがリーサも冷静になって考えてみると、確かにややこしい言い方だったし、自分が死んだあとどうやってロックウッドを殺すというのか。なるほどこれはジョークだ。
「……ハハハハッ」
なんとガードナーまで笑いだす始末。ロックウッドは言った。
「そんなにこのジョークが面白かったか?」
いや――、ガードナーは笑いを収めてから言った。
「今からでも私の方に付かないか? 報酬は弾もう」
「悪いが金じゃないんでな。リーサの方がいい女だからな」
ロックウッドはリーサに向かってウインクする。リーサは思わず照れてしまった自分に気付き少し悔しくなった。
「ロックウッド、やはりお前は三枚目だな」
ガードナーがニヤリと笑ったその時であった。ロックウッドは突如身を翻し、後ろから迫る一人の男を撃ち殺した。
突然のことにリーサは驚いた。ガードナーも驚いたように目を見開く。
しかしロックウッドだけは、まるで事前に知っていたかのように平然としている。
撃ち殺された男は――アーチボルドだった。
ロックウッドはガードナーに目をやる。
「何故って顔してるな? 実は調べはついてたんだ。ピーター・サムに依頼しておいてね。アーチボルドがまだ生きているということは、防犯カメラにはっきりと映ってたぜ」
【いつの間にそんなことをロックウッドは調べたのか。それはデュークの居場所をサムに探させようとしたときだ。あの時ガードナーからの念話で、デュークの居場所は調べる必要が無くなった。代わりにロックウッドは、アーチボルドが生きているか調べさせた。
それは確かに勘ではあったが、あれだけ自分が苦労して戦った相手が、あっさりリーサに倒されてしまったということに対する違和感と、どこか認めたくない気持ちがあったのだ。】
「おそらくリーサがアーチボルドを見つけたのは偶然じゃなく、アーチボルドがわざと見つかりに行ったんじゃないか? 本体を仕留めたと油断させるために」
ロックウッドは推理を聞かせるとガードナーは叫んだ。
「おい、アーチボルド! 他はどうした!」
「へへ、おたく人望がないみたいだな」
予定ではもっと多くのアーチボルドの分身が駆け付ける手筈だったらしい。だがアーチボルドは自分の命を優先したようだ。
「ガードナー、もう手はないはずだ。まだやるか?」
ロックウッドはガードナーに銃口を向ける。するとリーサはハッと気づき、地面に落ちた銃を拾い、同じくガードナーに銃口を向けた。
ガードナーは唇を噛んだ。
形勢は完全に逆転した。ガードナーに余程の隠し玉がない限りこの状況を覆すことはできない。そしておそらくガードナーにはその隠し玉はない。このまま続ければどうなるか、誰が見ても明らかだ。もちろん、ガードナーから見ても。
ロックウッドの拳銃が、夕日にきらめく。長かった一日が終わろうとしている。誰かのつばを飲み込む音が聞こえた。リーサはそれが自分のものであると後になって気付いた。
ロックウッドはおもむろに口を開き、束の間の静寂を破った。
「俺は人殺しが趣味ってわけじゃない。――お前は今回の賞金首じゃないからな。その右手だけで勘弁してやる。俺たちのことをサンダースに漏らさないなら、お前を見逃してやってもいい」
リーサは突然何を言うのかと思った。思わずロックウッドを見る。リーサはなにも王の処刑を求めるパリ市民ではない。しかし、ガードナーをこのままタダで逃がしてあとでどうなるか分かったものではない。
「とっとと失せろ!」
ロックウッドは地面を撃った。次はお前を撃つと、目が語る。
その目に、リーサは出かけた言葉を飲み込む。
「とんだお人よし――いやそんなのとは違うな」
ガードナーは鼻で笑った。
「ロックウッド、それがお前の主義というやつか。まったく気障な男だ」
そして身を翻し、一言も言葉を発することなく自分の車まで歩いていった。その足取りは敗北した側であるはずなのに不思議と悠然としたものだった。
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