23
「デュークの死体は変身させないの?」
ロックウッドがデュークの死体に再び服を着せ終わると、リーサは尋ねた。
「その必要はない。これから車を取りに戻るが、虫かごの死骸も全部元の姿に戻してくれないか」
キングスに持っていくときには、人間の死体でなければ賞金はもらえない。
だが、キングスの本拠ビル近くで人の姿に戻すのは誰かに見られるかもしれない。運ぶのが面倒にはなるが、ここで元の姿に戻すべきだとロックウッドは考えた。
「待って。それならデュークの死体を虫の死骸に変身させて、車に運んだ方が早いわ」
「……それもそうだ」
「それじゃあ……ごめんなさいっ」
リーサはすぐさまデュークの死体を適当な昆虫に変身させると、それを虫かごの中に入れた。そして二人して車のところまで歩いていくことになった。
建物を出るとロックウッドは眩しさに光を手で遮った。
日は少し傾き始めていた。振り返ってみれば長く感じる一日だった。今朝キングスの依頼に興味を持ち、キングスを訪ねてから、全く驚きの連続だった。
賞金稼ぎだというのにいきなり襲われ、そしてリーサの登場――。だが、それももうすぐ終わりに近づいている。
しかし、本当にこのまま終わるのだろうか。いや、このまま終わりに持って行って良いのだろうか。ロックウッドは胸に引っかかるものを感じた。
ロックウッドは全ての賞金首を倒し、リーサの頼みを聞いて設計図も手に入れた。ならば何を気にする必要があるというのか。
いや、賞金首はすべて倒したわけではないだろう。リーサとその父にも賞金がかかっている。
「何神妙な顔してるの? まさか、私を殺す算段でも立ててる?」
「冗談言うなよ」
最早ロックウッドにリーサを殺す気は微塵もない。リーサのセリフも冗談に違いない。彼女もロックウッドの気持ちくらい重々察しているだろう。
サンダーズの作り上げた壁はおそらくだが今晩崩壊する。市を脱出するのに親子を差し出す必要はない。さらにリーサの変身能力があれば、仮に検問を作られたとしても難なく突破できるだろう。
だがそれは突破だけだと断言できよう。長い目で見たらどうだろうか?
賞金は明日も明後日も、今後半永久的にかかったままだ。
リーサはランドンという仮の名と姿を使っていたから問題ないが、リーサの父親は本当の名と姿が出回ってしまっている。
つまりリーサの父が今後キングスや賞金稼ぎの手から逃れ、穏やかな生活を過ごすには名も姿も変えなければならないということだ。
なるほど、姿を変えること自体はリーサが居るのだから簡単かもしれない。
だが、何故奴らのせいでリーサやその家族が、顔の変わった父と過ごさなければならないのだ。ロックウッドは憤る。
憤る理由はそれだけではない。それは一方的にやられっぱなしという点だ。
設計図はリーサの手に渡った。だが、これはその父マクローリンたち技術者が作り出したもので、手にするのは当然の権利だ。だから設計図を奪ったことは何の報いにもならない。
さらなる返報をくれてやれ。
「ねえ、リチャード。……ちょっといい?」
横を歩くリーサの雰囲気から、ロックウッドはこれから彼女が言おうとしていることが大事なことであると感じ取った。
「なんだ急に改まって」
リーサは少しためらいがちに話し始めた。
「……これって私の勝手だし、リチャードに迷惑かなって思うんだけど、でもやっぱりこのままじゃ嫌って気持ちもあって……」
「遠慮するな。ここまできたら俺たちはもう一蓮托生だ」
するとリーサはみるみる目を見開いていく。そして限界まで開いたかと思うと、今度はゆっくりと目を細めた。
「ありがとう」
穏やかだが喜びのこもった声色だった。
それからリーサは、意を決するかのように頷くと本題を切り出した。ロックウッドは心して聞いた。
「サンダースに一泡吹かせてやりたいの」
リーサの目はマジだ。
「なるほど、そいつに俺を巻き込もうとは確かに迷惑な話だが……乗った!」
わざわざかしこまって何事かとも思ったが、ロックウッドはリーサに即答した。リーサの気持ちが自分と一緒であったと分かって、内心昂奮すらしている。
リーサもロックウッドの返事に頬を染めて喜んだ。
「良かったー! だってこのまま元の生活に戻っても、私たち一方的に苦労させられただけっていうか…………迷惑料? ……そう迷惑料よ、迷惑料!」
「良い性格してるぜ。俺もそう思ってたところだ」
そしてロックウッドには、やはり無視しきれないもう一つの動機があった。
あのキングスに挑戦する。面白いじゃないか。キングスはその標的に相応しい世界的犯罪シンジケートである。
リーサたちを逃がそうとしている時点で既に挑戦しているようなもんだが、それはあくまで結果的にそうなるだけだ。今度のは明確にハナから歯向かおうという意図を持ってやることだ。
リーサと初めて会った時のためらいはもう存在しない。今なら敵に回すだけのことが揃っている。今こそキングスの鼻を明かしてやる。
「で、何をするつもりだ? 考えがあるんだろ?」
ロックウッドが尋ねるとリーサは得意げな顔になる。
「ええ。あいつらから私の分の賞金も頂くの」
「ほお、良いじゃねえか。で、作戦は?」
「それはね――」
とリーサは説明を始める。ロックウッドは期待に胸を膨らませる。
「私の死体を用意するの。正確にはランドンの死体をね」
確かリーサは死後二十四時間以内なら、死体をも変身させられたのだとロックウッドは思い出す。しかし、そうするとリーサは新たな犠牲者を出すつもりなのか。
いや待て。ロックウッドはさらに記憶の糸をたどる。その必要はないではないか。虫かごの中の虫を数えてみろ。アーチボルドの分身の分、一匹余計に入っているぞ。
それを殺してからランドンの姿に変身させて、賞金を騙し取ろうというのがリーサの考えだった。
だがロックウッドは少し引っかかった。それだけでは満足できない。キングスはリーサとその父二人に迷惑をかけた。なら頂く迷惑料は一人分ではなく二人分だ。
それにどうせやるならとことんやる方が、気持ちが良いというものではないか。
「どうせならそれに、君の父さんの分も加えないか。やるならとことんだ」
ロックウッドは親指で、車道を挟んで向こう側の歩道をクイと指した。二人組の男が歩いている。
「おそらくキングスの構成員だ。奴らみたいな、いけ好かねえ連中は見ればすぐに分かるぜ」
デュークが騒ぎを起こしたため、公園近くにはキングスの構成員が集まっている。逆に一般人は避けている。かなり判りやすい。
ロックウッドはリーサに「付いて来い」と言って、車道を横切り向こう側の歩道に渡る。リーサは飲み込めないというような怪訝な顔でロックウッドの後を付いて行く。
ロックウッドは男たちの後ろまで近づくと、瞬く間に二人とも殴って昏倒させた。そしてすぐ横の路地裏に二人を引きずった。
「なあリーサ、こいつらのどっちかを君のお父さんに変身させるのはどうだ?」
ロックウッドはリーサの方を見た。するとリーサはニヤリと笑った。
「良い考えね――」
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