24
「わーっ! 凄いですねっ! さすがリチャードですっ!」
ロックウッドがキングス本拠ビル、応接室に賞金首たちの死体とマクローリンの偽物を運び入れると、まずガードナーの甲高い声が出迎えた。部屋の中にはさらに、ボスサンダースの他五人の男が居た。
「やめろ! 解放してくれ!」
縛られたマクローリンの偽物は、大声で叫び縄を解こうともがくが、その甲斐はない。
男の一人が言う。
「死体はこの場で鑑定する」
その言葉を合図に、片付け中の二人を除く残りの三人の男たちは、死体を調べ始めた。
サンダースはニヤリと笑った。
「ご苦労だったなロックウッド。よくも一人で賞金首全員を仕留められたものだ」
「いやーこれも俺の腕前――って言いたいところだが、今回ばかりは恐ろしく運が良かったってところだな」
ロックウッドは軽口を叩きながら、サンダースの言葉の真意を探った。
疑われている。その可能性は十分にある。サンダースはロックウッドの腕を買っていたようだが、さすがにたった一人で全員というのは不審に思うだろう。
ロックウッドは、できるだけ思っていることが顔に出ないように努めなければと思った。サンダースに騙そうとしていることがバレたら命はない。
恐怖。しかし楽しくもある。生きるか死ぬかのギリギリの綱渡り。
しかし渡り切った時の興奮は、スリルが大きければ大きいほど格別なものとなる。
「助けてくれ!」
またマクローリンの偽物が叫ぶが、誰も相手にしない。
「そんなことよりボス、リチャードの実力は本物だと思いますよっ」
言いながら、ガードナーはロックウッドの腕に抱き着いた。
「ねーえ、このままキングスに入っちゃいません? それでコンビ組みましょうよっ」
「おい、俺は何度も言ってるが子供には興味がねえんだ」
「助けてくれ! お願いだ!」
ロックウッドとガードナーが下らないおしゃべりをしている間も、マクローリンの偽物は相変わらず喚くのを止めない。
「俺じゃない! 俺じゃないんだ!」
「――ッうるせえなあ、ちったあ静かにしやがれッ!」
ついには死体を調べていた男の一人が怒鳴り上げた。ロックウッドは「まあまあ」となだめた。
「こいつも必死なんだよ。捕まったらなにされるか怖いって怯えていやがる。それをさらに脅かしちゃあいけないよ。大目に見てやろうぜ。な?」
ポンポンと男の肩を叩いた。そして、くるりと回ってマクローリンの偽物にも声をかける。
「だが、あんただってちょっとうるさすぎるぜ。話せば分かる相手だと思うぜここのボスは」
話してると胃が痛くなりそうだが、とは言わずにロックウッドはサンダースの顔をちらりと見る。
何を考えているのか分からない無表情だった。怪しまれたというのは考えすぎだったか……?
するとサンダースはおもむろに口を開いた。
「いや、どうだろうな」
「どうっていうと?」
「マクローリンは中々聡明な男だった。今頃喚いても無駄だということは分かっているはずだ」
なんだか嫌な流れになりそうだ。本当にマズいことになる前に、とっとと誤魔化すのが吉だ。やはりサンダースは油断ならぬ男だ。
ロックウッドは、汗が出そうになるのをどうやったのか引っ込めて言う。
「しかし脱走したんだろ? 本当に聡明ならキングスから逃げ切れるとは思わない。最初から逃げ出したりしないはずさ。人間餌とピンチの前ではどうなるかは分からない。そういうことだったんじゃないか?」
必死のロックウッド。その様はまるで弁護士のよう。実際法廷に匹敵する緊張感が場を支配している。
するとサンダースは低く笑った。何がおかしい?
「俺はその餌とピンチを与えてきた側だ。その程度のことは心得ている」
「ですがボスっ」
ここで意外な助け舟が入った。ガードナーだ。
「マクローリンを見てくださいっ。どこからどう見てもマクローリンですよっ?」
「その通りだぜ。変装だって思うんなら、マスクを剥がしてみればいい。だが止した方がいいな。俺は血で真っ赤になった顔なんて見たくない。猟奇趣味じゃないんでな」
しめたとばかりにロックウッドは便乗する。しかしそうは問屋が卸さない。サンダースは甘い男ではなかった。
「これは俺の勝手な想像だが、もしかしたらこういうこともあり得るかもしれん。ランドンの変身能力は他人にも有効だと」
「だがランドンの死体はそこに転がってるぜ?」
「わざとらしいなロックウッド。誰でも分かることだ。ランドンの死体は能力による偽物。そして今、ここに居るマクローリンも別人だ」
サンダースはロックウッドを見た。
サンダースめ、頭の回る男だ。ロックウッドは努めて平静を装う。
「そうだな――」
次いでサンダースはマクローリンの偽物の顔を見た。マクローリンの偽物は期待の眼差しを返す。
「だがロックウッドの言い分も、可能性はゼロではない。そこで一つ、マクローリンに質問しよう。マクローリンなら答えられるものだ。答えられたらこれまでのように働いてもらう。答えられなかったら殺す」
「ま、待ってくれ! 俺は偽物だ! 本当です助けてください! そんな質問答えられるわけがない! 死んでしまう!」
マクローリンの偽物は、もはや錯乱状態にも近いほど狼狽える。サンダースはそんな彼の肩を優しく叩く。
「安心しろ、お前がマクローリンなら済む話だ。ところで――」
サンダースは踵を返してロックウッドを見た。
「仮に偽物だと判明した場合、分かっているな?」
その声は低く威圧感があった。しかし、顔はうっすらと笑みを浮かべているのがより底知れぬ恐怖を相手に与える。まるで獰猛な肉食動物の檻に入れられたかのような感覚にさせられる。
だがこの肉食動物は猛々しさもさることながら、寧ろその頭脳の切れ味こそ真の恐ろしいところである。
目の前のマクローリンが偽物である可能性に気付き、確かな方法で確認をする。残忍な行動はそれでいて頭脳によって導かれた正確で的確な行動なのである。
これがアメリカで最も危険な男。
「そんなのは無用の心配だぜ?」
ロックウッドは軽口を言うので精一杯だ。もうこれ以上言い訳のしようがない。あとはマクローリンの偽物が質問に答えられることを祈るのみだ。猿がシェイクスピアを描きあげるよりはベットできる。
「そうだといいな。こいつが偽物ならランドンが生きているということになる。手間が増えるからな」
サンダースは相変わらず笑みを浮かべながら言った。まるでロックウッドの内心を見透かしいているかのようだ。
ロックウッドは心配を吹き飛ばすかのように叫んだ。
「さあ、とっととやってくれ!」
「いやだ! 待ってくれ!」
「開発していた例のブツ――」
マクローリンの偽物の叫びを無視して冷徹にサンダースは質問を投げかけた。
「人間に酷似した動きをするために、電動直動アクチュエータが用いられている。しかし、例えば他にも様々な利点がある空気アクチュエータがあるが、それではなく、電動直動アクチュエータが採用された理由を答えてみろ」
これにはマクローリンの偽物は押し黙る。視線が横を向く。理由を考えているのだろう。ここまで来たら喚いていても殺されるだけ。生き残るには質問に答え正解するしかない。
ロックウッドは念のため、すぐにでも銃を抜けるよう体勢を整えた。そして念を送る。頼んだぞ。
「どうした簡単だぞ? それとも死にたくなったのか?」
「い、いえ……答えます」
マクローリンの偽物は恐る恐る、ゆっくりと言葉を探し出すかのように答えた。
「……確かに空気アクチュエータは様々な長所を併せ持ちますが、欠点もあります。特に大きいのが大型のコンプレッサを必要とする点です。そのせいでアンドロイドは移動できなくなってしまいます」
ロックウッドには、言っていることが何となくしか掴めなかったが、内容がそれっぽかったので期待する。頼む……当たっていてくれっ!
「ほう……」
サンダースは顎を指で触った。
「どうでしょうか……?」
マクローリンの偽物は乞うようにサンダースに伺う。特に間を置くことなくサンダースは返答した。
「その通りだ」
今のを聞いたか?
ロックウッドはその言葉を聞いた瞬間、さんざ振ったコーラの瓶を開栓したかのように歓喜が湧き、溢れ、弾けた。
やはり信じて良かった。この質問に答えられるということは勿論、この展開にきっとなるという予想も。実際その通りになった。
リーサめ、やはりやる女だ。
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