15
ロックウッドとリーサ、二人が晴れてパートナーとなったところで、彼らは次の目標に目を向ける。
次に倒さなければならないのは最後の賞金首クロード・デューク。透明化の超能力の持ち主で、リーサの話によるとこいつが自律型アンドロイドの設計図を持っている。こいつを倒さなければリーサと彼女の父の夢は叶わない。
ロックウッドは電話をかける。
「誰に?」
「黒人でゲイのユダヤ人」
しかし、ピーター・サムは中々電話に出ない。何か取り込み中だろうか。ロックウッドは予想する。そうだとしたらおそらくは裸夫画を描いているといったところだろう。
『リチャード、今大丈夫ですかっ?』
そんなところにガードナーから念話が入ってきた。声の調子から、何か急いでいることがうかがえた。黒人でゲイのユダヤ人が中々電話に出ないので、ロックウッドはガードナーの相手をすることにした。
『何の用だ?』
『あっ、良かった。大変なんです! うちの構成員が何人かやられちゃいましてっ』
言葉遣いは相変わらずだが、声の調子は緊張感を持っている。
『おそらくデュークの仕業ではないかとっ。皆誰にやられたか分からないって言うんです!』
『なるほど、透明化のデュークなら誰にも気づかれずに人を襲えるな。だが、どうして急に向こうから仕掛けてきたんだ?』
『そんなの知りませんよ! とにかく、直近でやられたのは中央公園の近くですっ、近寄らないでください!』
『おいおい、俺は賞金稼ぎだぜ。近寄らないでっつったって、今からそこに向かうに決まってるだろうが』
『そりゃそうでしょうけど! とにかく、気を付けてくださいね! それでは私、他の人にも報告しないといけないので!』
ガードナーは最後にそう言い残し、珍しく自分から念話を切った。
ロックウッドは念話が切れてから最初の交差点でハンドルを切り、中央公園を目指した。
「どうしたの、急に方向を変えて?」
「デュークの情報が入った。中央公園に現れたらしい。既に移動してるかもしれんが、他に手掛かりはない」
ここに至ってガードナーは初めて役立ってくれたわけだ。
「誰から? いつ?」
「今しがた、テレパシー超能力者のガードナーからだ」
リーサは顎に指を当て、空を見た。
割かし短い時間でリーサはハッとした。思い出したようだ。
「あー、思い出した。あのあざとい娘ね。あの娘、私にまでぐいぐい来て男女の見境なかったなあ」
ロックウッドは乾いた笑いが出た。何となく場面の想像ができた。となるとやはり『気を付けて』というのも媚び売りなのだろう。
それから少し経った頃、ロックウッドのスマホが鳴った。黒人でゲイのユダヤ人からだった。
もう遅いという気持ちになったロックウッドだったが、ふと考えが変わった。奴について探る必要は本当になくなったのだろうか。念には念を入れておくべきだ。
電話に出るとロックウッドは手短に、前回と同じように人を探してほしいと伝えた。
いつも通り絵のモデルになることを約束させられると、ロックウッドは顔の画像データを送った。
少しずつ中央公園が近づいてくる中、ロックウッドはリーサに尋ねた。いよいよ戦いが始まる。その前にこれだけはハッキリさせておく必要があった。
「リーサ、君は人を殺したことは無いよな?」
リーサはロックウッドの真剣な態度に少し戸惑う様子を見せながらも答えた。
「……いえ。キングスに居たころも、仕事は偵察や諜報活動が主だったから――」
「そうだろうな」
それは路地裏でのリーサを見た時にロックウッドには察しがついていた。
「でもどうして?」
リーサはなんで今そんなことを聞くのという顔をする。
その顔に、ちょっと回りくどいかとロックウッドは反省する。ロックウッドが分かり切っていたことをわざわざ聞いたのは、この後の本題のためだった。
「……いや、すまない。本題はこっちだ」
ロックウッドはここで一度言葉を切った。そしてリーサを見据えて言った。
「前もってはっきり伝えとくが、デュークは俺がやる」
これがロックウッドの真に伝えたいことだった。
リーサは一瞬驚いた様子を見せた。そして次第に目が据わる。
「私ってそんなに頼りない?」
リーサは頼りにされないことに不満を感じている様だった。だがロックウッドがリーサを頼りたくないのは、決して頼りないからではない。
ロックウッドは彼女を傷つけないためにも理由を話す。
「そうじゃない。確かに危険に巻き込みたくない気持ちはあるが、それは今更だ。俺が言いたいのはまず一つ、これは全く俺の勝手だが自分の獲物は自分の手で仕留めたい」
「それも主義ってやつ?」
「ああ、そうだ。それからもう一つ――君はこれが終わればまたカタギに戻る。それを考えれば余計なことはしない方がいい」
どちらもロックウッドには大事なことだが、どちらと言えば後者の方がより大事だ。人殺しの罪の重さを賞金稼ぎが説くなど笑われるかもしれないが、賞金稼ぎだからこそ言えることもあるのだ。
「余計ね……」
意気消沈するリーサ。それを見てロックウッドは腹をくくる。
「余計ってのは言葉が悪かったかもしれないが――」
上辺だけの説教では中々足らないものがある。どうやら裸を見せる時だ。
「あくまで君のためだ。確かにとどめは俺、君は援護、そういう戦い方もあるかもしれない。だがな、戦うとなるとそれだけで相手を殺してしまう可能性が生まれる。いくら手加減したつもりでも弾みや当たり所であっさり死ぬことがある。――一度でも人を殺せば死ぬまで人殺しの事実を背負って生きていかなくちゃいけなくなる」
ロックウッドは語る。得られるのは金と名声だけではない。
賞金稼ぎはいい舞台だ。挑戦と戦いが待っている。強敵に勝利した時のエクスタシーは味わったものにしか分からない。
だが戦いの最後には大抵奴が待っている。故意であろうがなかろうが人死にが付きまとう。
賞金首は大概が人でなし。だが賞金稼ぎも結局は同じ穴の狢だ。人殺しは褒められた行為ではない。どっちも最後に行きつく先は地獄に違いない。
確かにリーサには止むに止まれぬ事情がある。取り戻さなければならないものがある。道義的に認められる殺人がこの世に一つもないとは言わない。
だが、だとしても、今リーサの横には自分が居る。手を汚すのは自分だけで十分だ。
そういう気持ちを、ロックウッドは語った。
「君ほどの女性なら、あるいは耐えられるかもしれないが、リーサにはもっと自由でいて欲しい」
リーサは黙ってロックウッドの話を聞いていた。最後まで聞き終わると、何やら考え込む。ロックウッドはリーサがどんな答えを出すか静かに待った。
そして少しの後、リーサはおもむろに口を開いた。
「でも賞金稼ぎは治安維持に一役買っているし、……それにリチャードは地獄に落ちるような人には見えないけど……?」
「いや、俺が落ちるのは地獄さ。精々、少しでもマシな地獄に行けるよう努力してるってところだな」
そしてもう一つ、リーサは尋ねる。
「……そこまで言うのに、どうしてロックウッドは賞金稼ぎを続けられるの?」
「それしか能が無いからさ」
ロックウッドはどことなくニヒリスティックに言う。
リーサはまた黙って何かを考える。ロックウッドもまた同じくリーサの言葉を待った。
しばらくするとリーサは何か決心したように頷いた後、口を開いた。
「気遣ってくれてありがとう。確かにリチャードの言う通り」
「分かってくれたか」
「でも」
「でも?」
「私が考えてたのはリチャードがピンチのときには助けたいってこと。それでも駄目だって言うの?」
なるほど、中々「分かった」と返事してくれなかったのはそういうわけだったのだ。そうなると話は変わってくるかもしれない。だが。
ロックウッドは鼻で笑った。
「そんなときは来ないさ」
来させないという決意でもあり自負でもあった。
「でも、さっき私に助けられたじゃない?」
リーサはからかうようにして言った。そうだ、確かにロックウッドは既にリーサに撃たせてしまっている。
ロックウッドもおっしゃる通りという感じに少しばかり笑ったが、じきに笑いが引いていくと真剣な面持ちになった。
「その時は俺を見捨てて逃げろ」
するとリーサの方も表情が険しくなる。がらりと空気が張り詰める。
「それはできない。父さんの夢を叶えるために、私は絶対に設計図を取り戻さないといけないんだから」
声こそ大きくはないが、力のこもった言い方。
「いざという時は私だって――」
強い意志を感じさせる瞳。その先の言葉をリーサは口にはしなかったが、何を言わんとしたかロックウッドには容易に想像できた。軽々しく口にしないからこそ本気の重みを感じ取った。
こいつは梃子でも動かない。ロックウッドはそう直感した。
「……なるほど、それがリーサの主義っていうわけか」
ロックウッドがこれだけ話してもリーサの意志、夢への思いは固いということだ。
「……分かった。その時は俺も止めやしない。もっとも、口が利けるか分からないがな」
ロックウッドは説得を無力にも諦めたわけではない。ただ、人の夢を奪ってまで個人的な考えを強制するのは、主義に反するというだけのことだ。
自分の考えはきっちり伝え、向こうもそれは理解してくれた。それでもなおというのだから、相手の気持ちを尊重してやるべきだ。
それに偉そうなことを言ったところで、リーサが手を汚す時は自分がドジをやったときなのだ。そんな時までデカい顔はしていられない。文句があるならそうならないように自分がすべきだ。
「……ありがとう」
リーサは胸を撫でおろした。それからすぐ、ハッと閃いたような顔をして。
「でもそれなら最初から手を貸した方が相手に勝つ確率は高くない? 大丈夫、武器は使わずに超能力でサポートするだけだから」
リーサの申し出は合理的だ。だが、ロックウッドは一瞬答えるのをためらった。
自分の手で仕留めたいという気持ちがまだ少しだけ残っていたのだ。今度こそ、他人の助けなしに勝って取り戻したい。栄光を、プライドを。何ものにも代えがたいあの感覚を。
だが、さっき考えを入れ替えたばかりではないか。あくまで今は、リーサへの命を助けられた恩返しであって、いつもの仕事とはわけが違うのだ。
「分かった。俺が無事なうちは武器を使わない、ってなら構わない」
いや。ロックウッドは言ってみて、これはどうだろうかと思った。
確かにロックウッドは戦いにおいてリーサの先輩だが、これは先輩風を吹かせ過ぎではないだろうか。さっきリーサにも言われてしまっている。あんなヘマは二度とやらないと固く戒めてはいるが。
ロックウッドは「いや、違うな――」と付け足す。
「偉そうに言っておいてなんだが、確かに俺はリーサが居なけりゃ死んでたんだ。ここは寧ろ協力感謝するってところか。心強いよ」
リーサは目を見開いた。それから笑って。
「こっちもリチャードが助けてくれるのはとっても心強いわ」
これでこのやりとりは幕を下ろした。
三時前。中央公園が近くなったところで、ロックウッドは一度車を路肩に止めた。リーサは怪訝そうな顔でロックウッドの顔を覗き込む。
ロックウッドはわずかに逡巡した後、頭を掻きながら正直に白状した。
「実はデュークを倒す策をまだ考えてなかった」
「はあ!?」
「いやなに、忘れてたわけじゃない。話に夢中になりすぎただけさ。さあ、一緒に考えようぜ」
リーサはため息をついたが、すぐに顎に手を当て考え始めた。それを見てロックウッドも頭をひねる。
相手は透明になれる超能力を持っている。こいつは非常に骨の折れそうな相手である。
何が難しいか、それは解消しなければならない問題が二つあることだ。
相手の居場所が分からないのでこちらから仕掛けられないこと。
そして向こうからの攻撃を察知できないこと。
そしてどちらの問題も解消するのは至難の業だ。
アーチボルドの時のように、デュークが能力を持続できなくなる時を待つ手……いや、それは駄目だとロックウッドは首を横に振る。能力が切れる前に仕掛けてくるに決まっている。
では襲われないように身を隠す……それではデュークを倒せない。
中々良い手が浮かばないが……。
それはリーサも同じようで、うんうん唸っている。
……いや、待て。
ロックウッドは閃いた。相手の居場所が分かるし、自分も不意に教わらずに済む、二つを同時に満たす手があるじゃないか。
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