14

「ちょっと、何その顔?」

「いや、レストランでも言ったがやっぱり君には変な趣味があるんじゃないかと」

「まだ言う!? そんなことないから。全然! 断じて!」 

「どうだかなあ」


 ロックウッドはとぼけるようにして言った。

 正直この疑いに関しては最初から半分は冗談だ。それをわざわざ口にするのは、リーサの必死に否定する様を見るのが面白いからだった。

 ロックウッドが内心楽しんでいると、リーサはうんと大きく頷いた。


「私たちパートナーになったんだし、この際色々お互いを知りましょう。その方がお互い信頼できるだろうし、チームワークに関わってくると思うから」


 そして「あとこれからは名前で呼び合いましょう」と付け加える。

 ロックウッドはリーサの考えに一理あると思った。それに恩を返すとは言っても男と女。もちろん興味がある。


「パートナーね……確かに。俺も君の意見に賛成だ。付き合ってた頃はあんなに素敵だったのに、結婚してから初めて分かった悪癖ってよくあるからな。こんな人だとは思わなかったってな」

「……なんでさっきから表現に結婚要素を取り入れるの」

「まあ、細かいことはいいじゃないか。それより、俺はリーサ、君のことを聞きたいね」

「……はぁ。それもそうね、リチャード」


 リーサは半ばあきらめたようにそう呟くと、お互いの話を始めることになったのだが。


「――といっても、私既に結構喋ってるけど、何から話せば……」

「そうだな――君は大学生だよな? 休学したのか?」


 リーサはなるほどという表情をする。


「ええ。自主退学って選択肢もあったけど、絶対父さんを奪還してまた戻って来るって覚悟のつもりで」

「良い心がけだ。専攻はやっぱり?」

「お察しの通りロボット工学」

「親父さんと同じ夢か」

「そう。でも間違いなく私自身の夢でもある」

「理由は……レストランで話してくれたか」


 労働力や人命そして孤独、それらの問題を解決できるとリーサは語っていた。正確には父が語っていたと話したのだが。


「まだ小さかった頃、父さんが話してくれて。私、もう、一発で共感というか、ロマンを感じたというか、その、打ちのめされちゃって。だってこんなに素晴らしいこと他にある? 別に他の夢を小さくて下らないなんて言うつもりはないけど、こんなに壮大なこと実現させてみたいじゃない!」


 話している内にリーサのボルテージは段々と上がっていく。なるほど、そりゃこれくらいの熱意がないとこれまでの行動に説得力がない。頷けるというものである。


「中には理想主義者って笑う人も居るけど、自律型アンドロイドは間違いなく求められているし、いつか実現できるって信じてる」

「笑わないさ。立派な夢だ。尊敬するぜ」


 リーサはにこりと笑った。


「ありがとう」

「しかも、その熱意でキングスに捕まった親父さんも助け出してるってんだからな。凄いぜ、一体どうやったんだ?」


 リーサは一旦落ち着いて答える。


「それは『設計図だけじゃなくて技術者も居た方が便利だろう』ってデュークたちを説得したの。初めは中々聞き入れてくれなかったんだけど、一人だけなら許可するって最後には聞き入れてくれて。父さんは開発班のリーダーだったから、人選に理由を付けるのはそう難しくなかったわ」

「やるじゃないか」

「そうでもないわ。キングスが誘拐した技術者はたくさん居たって話したよね? 私、その人たちを置いてきちゃったから」


 リーサは自嘲するかのように言い捨てる。


「それは気にしすぎだ。君は一人だったんだ、できることにも限りがある」

「そうなのかな……」

「そういうときは見方を変えればいいのさ。この場合、親父さんを助け出せただけ凄いじゃないか」

「……そう言ってくれるとちょっと気が楽になるわ。ありがとう」


 ここまで話して、ふとロックウッドは疑問に思った。何故リーサは一人で危険に飛び込んだのか。


「そういえば親父さん奪還にあたって、俺以外の手を借りようとは考えなかったのか?」


 そうすれば色々もっと楽に事が運んでいたかもしれない。当然の疑問だった。ロックウッドの質問にリーサは答える。


「ちょっとは考えたんだけどね。でもこれは私たち家族の問題だし、皆を危険な目には合わせたくなかったから」

「だが、それだと周りから止められたんじゃないか? 寧ろ協力させてくれって奴も出てきそうだが」

「……それはね、誰にも言わなかったから。キングス相手じゃ警察も頼りにはならない。自分で何とかするしかなかった。でも誰かに話したら間違いなく止められる。だから当日母さんに書置きだけ残して、一人で家を出て行ったの」


 キングスは戦闘力もさることながら各所に顔が利く。確かに警察は頼りにならない。そんな連中相手の戦いに、家族や知り合いを巻き込むことは当然できない。

 彼女は今まで、そんな恐ろしい大組織相手に独り孤独な戦いを挑んでいたのだ。

 彼女は仕方がないと理解してくれたが、彼女のことをすぐに信じなかったことをロックウッドは済まなく思った。

 だが謝ったところで、また彼女の『仕方ない』という言葉を引き出すだけだ。できることは常にこれからにある。


「だが、これからは俺が付いてる」

「……ええ」


 リーサはしみじみと頷く。予想より湿っぽい空気になりそうな予感がしたため、ロックウッドはすぐさま話を進める。


「そうだな、あとは俺を頼ることにした理由も聞いておこうか」

「それは、もう言った気もするけど、正直一人で行動するのに限界を感じてたの。このままじゃ、きっと設計図を取り戻すことはできない。そんな中、バリモアがあなたを予知――具体的には夕焼けを背景にアーチボルドが撃たれてる場面を見たらしんだけど、それであなたを知って。他にも脅威と予知された人物は何人かいたんだけど、その中で一番頼れそうだと思ったから」

「見た目だけじゃねえ。実際頼れる男なんだ」

「頼もしい限り」

「……何か含みがある気がするが。いやそれは置いといて、だが実際俺は無名だ、不本意ながら。それがどうして頼りになりそうと思ってくれたんだ?」

「超能力者を倒したことがあるんでしょ?」

「もっぱらまぐれって言われてるぜ」


 リーサは首を横に振った。


「私はそうは思わなかった。まぐれって実力だという証拠が無いから言われたんだろうけど、同時にまぐれだという証拠もない。なら、超能力者を倒したという事実に目を向けるべきでしょ?」

「なるほど、嬉しいこと言ってくれるね」

「それに、仮にまぐれだったとしても漁夫の利だったら、狡猾なのは寧ろ頼りになりそうだし、完全に運が良かっただけだったとしてもその運に預かりたいじゃない?」

「そこは俺の実力を信じ抜いて欲しいところだが――しかしだな、それでも……運悪く、いや良くか? 市が壁で囲われてなきゃ、俺を頼る暇もなかったと思うんだが。これはレストランでも言ったか」


 ロックウッドは行き当たりばったりとは口にしなかった。


「確かにそうだけど、壁で囲われなければそもそもあなたは脅威にならなかったはずだから、あなたが予知されることもなかったと思うの」

「まあ、確かにそうかもしれんが――」


 ロックウッドは募集を見てからキングスに向かった。壁で囲われることがなければ、その間に賞金首たちはとっくに逃げていたことだろう。しかし。


「俺のことは予知できて壁のことは予知できないなんて、妙な歯抜けの仕方だぜ」


 するとリーサは顎に手を当て考えるポーズをとる。


「うーん、私も能力について詳しく聞いたわけじゃないからなあ。一週間後とか一か月後とか、ある程度見たい未来の範囲は調整できたらしいんだけど、内容については例えば『敵になりそうなやつを知りたい』と思いながら能力を使っても、それは無理だったみたい。しかも全く同じ内容のものを見ることもあるとか」

「嘘じゃないのか?」

「少なくともサンダースやデュークにはそう説明してる」

「信じるしかないってか」

「それと、裏切りを準備してた間にも、サンダースからの指令で組織のために未来予知してたから、壁を予知できるほど回数をこなせなかったんじゃないかしら」


 なるほど、リーサの推測には一理ある。他の推測をしようにも根拠が不足している。

 それからロックウッドは、どうせならこれも聞いておこうと質問する。


「それと、君はデュークどもが俺を狙う理由をどう考える?」


 リーサはまた少し考えてから答えた。


「最初は無視する方針だったわ。あなたは無名だったし、こっちは超能力者五人。壁のことも知らなかったから、ゴールドレイク市を出たらそのままニューヨークマフィアのところまで行く予定だった。方針転換したのは、あなたと一緒に壁の中に閉じ込められたのが怖くなったからじゃないかしら」

「だが姿を変えてるんだから、放っておけば気付かれないって考えなかったのか?」

「……おそらくだけど、私の能力で変身することを作戦に組み込んだ後も予知内容が変わらなかったらしいから、それでじゃないかしら。となると他に予知された人も襲われているかも……」


 確かにロックウッドは、リーサとの接触で彼らの変身後の姿を知るので彼らは逃げるだけでは済まなくなる。予知内容が変わらないのも頷ける。

 いや、最初からこの未来を予知していただけの話か。どのみち、デュークたち賞金首の判断が間違っているとは言えないだろう。


「ところで」


 そんなことを考えているロックウッドの顔をリーサはのぞき込む。


「私はそろそろ、あなたのことも聞きたいんだけど?」

「そういえば」

「それに途中から私のこと以外も聞いてくるし」


 ロックウッドは盛大なやらかしをしてしまったことに今頃気付いた。

 ついつい仕事がらみの事を質問してしまったではないか。そんなことは捕らえたアーチボルドにでも聞けば良かったのだ。……どうせ白状しないだろうが。


「……どうして『しまった』って顔してるの?」

「いや、なんでもない。しかし分かった。俺ばかり質問するのは確かに不公平だ。そんなに俺のことが知りたいのなら、是非話してやろうじゃないか。何から聞きたい?」


 なんでもござれとロックウッドは胸を張る。

 それならばとリーサはロックウッドに問うた。


「何故賞金稼ぎをやっているのか、かしら聞きたいのは」

「何故賞金稼ぎをやっているか、か」

「ええ。それか話しづらいだろうけど、何故主義に生きるのか、でもいいよ。初めは信じられなかった私に、協力する気にさせるほどのそれが一体何なのか。ちょっと興味ある」


 リーサはニヤリと笑う。


「夢のためなら危険をいとわない君としては、それの正体が気になるわけか」


 少し前にリーサが言っていたことをロックウッドは思い返す。

 リーサはそこにロックウッドとの共通点を見出したらしい。ロックウッドも言われてみればそういう気がしないでもない。丸っきり同じとも言い切れないのだが。

 正確には共感と表現するのが相応しいのだろう。


「そうだな――」


 さて、どう話したものかとロックウッドは思案する。

 何故と理由を聞かれて答えるのも案外難しいものである。リーサのような明確なきっかけや憧れがあれば簡単なのだろうが。

 結局ロックウッドには、これ以外に上手い言い方が思い付かなかった。


「俺はただ美味い酒が飲みたいだけだ」


 勿体ぶらずにただ言った。しようと思えばぐだぐだと説明することもできたかもしれないが、これが最も本質的なことだった。

 少しの間が開く。リーサは言葉の意味を推し量っている様だった。

 そして。


「……まあ、何となく分かった」


 ロックウッドはニコリと笑う。


「そりゃよかった」


 もし『どういう意味』なんて尋ねられたら大層困ってたところだった。

 実のところ説明しづらいというだけではない。互いのことを明かし合う機会とはいえ、あんまり詳しく話すのは、ロックウッドは裸になるみたいで気恥ずかしかった。

 もちろん自身の裸に自信がないわけではなかったが、やたらめったら見せるもんでもないという、これまた主義がロックウッドにはあったのだ。

 さて、難しいお題が終わったところでロックウッドは次なる質問を求める。


「じゃあ、次は何が聞きたい? ちなみに、俺は今付き合ってる彼女は居ないぜ」

「へえ、そうなんだ――じゃなくて。それはべつにいいの」

「そうか? それじゃ他には――」


 リーサは小さく首を横に振る。


「いえ、聞きたいことはもう聞いちゃったからもういいの」

「まだ一つだけだぜ?」

「それで十分。好きな食べ物とか聞いても仕方がないでしょ? かといって、仲良くなるためとはいえ、あんまりプライベートなことを質問するのもどうかと思うじゃない?」


 それは確かにリーサの言う通りだとロックウッドは納得する。その割には人の根幹に関わることを互いに尋ね合ったわけだが、それでも節度というものは必要だ。

 そして二人には、好きな食べ物なんぞを聞き合う時間的余裕はない。


「分かった。君の言う通りだ。これ以上のことは、事が済んでからゆっくりすればいい」


 ロックウッドはリーサの顔を見る。リーサは頷いた。


「ええ、目的を果たし生き延びて」

「如何に俺が頼れるかってのも――今日の仕事ぶりで見せるさ」


 


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