13
リーサが銃の引き金を引いた。弾丸は確かに命中した。肩の命中したところからジワリと服に血がにじむ。傷を手で押さえ、その場にゆっくりとへたり込む。
「ここまでよ」
リーサは宣告した。はっきりと相手を見据えて。
ロックウッドはジワリと汗をかいた。こんなことが起こるのか。地面にポタポタと落ちる血に目をやる。
――リーサが撃たれた。
突然、路地の入口にもう一人リーサが現れたかと思うとそいつは、ロックウッドに銃を突きつけている方のリーサに対して問答無用で銃を撃った。
何が起こっているのか。今現れたリーサは自分の味方なのか。ロックウッドは混乱しそうになりながらも冷静に見極めようとする。その答えはすぐに得られた。
「悪いけど……っ夢のためよ、ランゲンバッハ!」
銃を撃った方のリーサが叫んだ。
ランゲンバッハは今回の賞金首の名前だ。そしてランゲンバッハは幻覚能力者である。点と点がつながり一つの線になるように、ロックウッドは合点がいった。
そうと分かれば話は早い。ロックウッドは、地面にへたり込んでいるリーサの姿をしたランゲンバッハのあごを思いっきり蹴り上げた。
そして、その拍子にランゲンバッハが落とした銃を取り戻し、逆に今度は自分が突き付ける。
「リーサ、悪いがこれ以上手を出すな。自分のケツは自分で拭く」
リーサの一撃は致命傷にはなっていない。トドメが必要だ。だが、そのトドメを刺すのはリーサではなく、自分がしなければならないというのがロックウッドの考えだった。
それは自分のプライドの問題であり、また少なからずリーサのためでもあった。
ロックウッドはためらいなく引き金を引き、ランゲンバッハの脳天に風穴を開けた。ランゲンバッハは衝撃で後ろに少し吹き飛んだ。
やがて、ランゲンバッハは死んだのだろう、死体の姿がリーサから男のものに変わった。いつの間にか近くに居たはずのアーチボルドの姿も、跡形もなく消えていた。
ロックウッドは銃をしまい、ため息をついた。
「俺が見ていたのは幻覚だったのか……」
それも最初から。信号でリーサが自分に話しかけてきたあの時からだろう。
ロックウッドは身震いした。全く気が付かなかった。リーサが駆け付けなければ、今頃どうなっていたことか。各国の軍のデータが示していた通り死んでいたかもしれない。自分のことだ。例えリーサが来なかったとしても上手く逃げおおせたと思いたいが……。
ロックウッドはリーサの方を向いて言った。
「礼を言わなくちゃいけないらしいな。助かったぜ」
「いえ、いいの。当然よ」
リーサは首を横に振った。ロックウッドはさっきは気が付かなかったが、彼女の息が荒い事に気が付いた。手も震えている。たった今の出来事は、彼女にとってかなり衝撃的だったことが見て取れた。
そんなことを考えているとリーサはロックウッドに歩み寄った。そしてロックウッドを見つめる。
彼女の瞳は潤んでいた。ロックウッドは喉を鳴らした。まさか、俺のことを心配してくれたのか。
「――そんなことより今までどこ行ってたの!?」
リーサはすごい剣幕で問い詰め始めた。どこに行っていた、何をしていた、何故一人になった。
本物の方もか。ロックウッドはたまらず両耳に指で栓をした。
リーサの瞳が潤んでいたのは怒りから来る涙によるものだったのか。だがそれなら、ロックウッドがリーサからなんとなく空元気のようなものを感じるのは何故だろうか。
「分かった、落ち着け落ち着けって。話してやるから」
「正直にね!」
「ああ、その代わりそっちにも聞きたいことがあるぜ」
ロックウッドはリーサの両肩に手を置き、なだめた。それでリーサもようやく冷静さを取り戻した。
「ああでも、その前にこれを済ましとこう」
ロックウッドは親指で後ろの死体を指した。
「ごめんなさい」
ランゲンバッハの死体は防腐加工の後、リーサの能力によって今度はカブトムシに変身させられた。
リーサはカブトムシの死骸をひょいとつまみ上げた。ロックウッドは感心した。虫の死骸を素手で躊躇いなく触れるとは、そんなに多いもんでもない。
そしてリーサは、虫かごの中にカブトムシの死骸を入れた。既に虫かごには、カナブンの死骸はともかくとして、ロックウッドには見覚えのない生きたカミキリムシが入っていた。
確かレストランで見せられた時はカナブン一体だけだったはずである。ロックウッドはあとで尋ねることにした。
その後、二人は車を止めた駐車場に向かい、トランクに積まれたアーチボルドの死体も変身させた。今度はクワガタムシである。
リーサはそれもまた同じ虫かごの中に入れた。それぞれ別の虫に変身させるのは見分けるためであろう。
それらが済んでようやく、二人は互いの事情を話すことになった。
二人は車に乗り込み、ロックウッドは車を発進させた。目的地は現段階では決まっていない。
「それで、言い訳は?」
先に口を開いたのはリーサだった。少々の苛立ちを感じさせる声だった。
ロックウッドは下手に誤魔化そうとしても余計な怒りを買うだけだと思った。
「実を言うと、すまないが俺は君の言うことを完全には信じられなかったんだ。だが、気を悪くしないでほしい。君が嘘をついているように見えたと言いたいわけじゃないんだ。ただ、この業界は誰でも彼でも気安く気を許したら、命がいくらあっても足りないのさ」
ロックウッドは、謝罪や言い訳をするでもなく可能な限り真摯な態度で、ただ彼らの心がけを説いた。
幸い、ロックウッドの意図はリーサに伝わった。
「いえ、それはこっちも分かってるつもり。こっちだってわずかとはいえ犯罪シンジケートに身を置いていたんだから」
しかし一瞬の間の後、少し残念そうな顔で「でもいざ自分が信じてもらえない立場になると少し寂しいね」と付け足した。ロックウッドの苦手な女性の表情だった。
「確かに、二つ返事で君に手を貸してたらカッコよかっただろうな。だがそんな顔するなよ。今は違う」
そう、レストランの時とは違う。ロックウッドの心はもう決まっていた。
「信じてくれるの?」
リーサの表情がぱあっと明るくなった。期待するような眼差しだ。
ロックウッドはフフと笑った。すると、リーサは唇を尖らせた。
「ねえ、それってどっち?」
ロックウッドは深く息を吐いた。
「野暮ってもんだぜ、そいつは」
するとまたリーサはシュンとする。見かねたロックウッドは本心を伝えた。
「だが、協力はする。今度こそ嘘じゃねえ。安心してくれ」
リーサはホッと胸を撫でおろした。
「でもどうして?」
ロックウッドはリーサを見てニヤリと笑った。
「リーサ、君には命を救われたからな。借りは返すさ」
自分の命を救ったから信用できるということではない。だが、今は疑念は置いておく。
ただ主義に生きる。それがロックウッドの生き方だ。
「主義ってこと?」
それからリーサは少し考える素振りを見せてから言った。
「……気にしないで、とは言わない。分かるもの。私も大事な夢を思ってここに居る。それと同じだと思うから」
リーサはここで一度区切って右手を差し出した。
「とにかく協力してくれてありがとう」
「ああ」
「それに、私は助けてもらう側なんだから口出しできる立場じゃないもんね」
ロックウッドはそれに応じ、二人は握手をした。
確かに、夢と主義、ものは違えど同じ自分の中の譲れないもの、ある意味同じ生き方なのかもしれない。
さて、リーサはこれでこの話題については済んだらしく。
「それで、何してたのかも聞いておきたいんだけど?」
ロックウッドの方も、リーサが納得してくれたならこれ以上語ることは無い。リーサに応え、レストランで別れてからのことを語る。
「ああ、それはな。さっきトランクの中身をクワガタムシに変身させただろ? 見ての通りアーチボルドと対決して、見事討ち取ってやったのさ」
するとリーサは。
「ええ、さっきは驚いた」
しかし、言葉とは裏腹にそれほど驚いていない様子だった。
「俺がアーチボルドと戦うのは予想済みだったのか? それとも俺が勝つのが予想通りだったか?」
ロックウッドとしては、苦労して勝ったのだからもう少し大きな反応が欲しいところだった。
しかしリーサの返答は期待に沿うどころか、ロックウッドは耳を疑った。
「だってアーチボルドは私が倒したんだもの」
「……なんだって?」
「トランクに入っていたのは分身ってわけ」
ロックウッドは何か言おうとしたがやめた。
確かに、さっき幻覚とはいえアーチボルドの姿を見た時、奴が最後逃げずに浅はかな手で向かってきた理由に納得のいく一つの答えを得た。
あれが正しければ、アーチボルドの本体が別に居たというのは何ら不思議ではない。
「だが、どうやってアーチボルドを倒したんだ?」
リーサは平然と答えた。
「どうやってって、猫に変身して相手を眺めてただけだけど」
「じ、じゃあどうやって見つけた?」
「偶然。いやー、アレはラッキーだった」
リーサは腕を組みしみじみと答えた。
馬鹿げてる。ロックウッドは思わず頭を抱えそうになった。そんな様子のロックウッドを見て、リーサは吹き出した。
「冗談冗談、本当はあなたを探している最中に、偶然アーチボルドを見つけて。分身の方だったら倒しても仕方がないから、後を付けてたら本体の居るカフェまで案内されちゃった。……ってこれはやっぱり偶然か」
こういった偶然が絶対起こらないとは言い切れない。ロックウッドは不本意ながら信じるしかなかった。
「……となると、あのカミキリムシがアーチボルドか」
ロックウッドが尋ねるとリーサは頷いた。
「しかし、どうしてそいつが本体だって分かったんだ?」
「服装で。それと念のため調べたら、財布と免許証を持ってたから」
「なるほどな……」
リーサがアーチボルドを倒したと思うと、ロックウッドは厄介な敵が居なくなってホッとしたが、同時に悔しくも思った。一度戦った獲物を自分の手で仕留められなかったのだ。
だが、起きてしまったことをいつまでも考えていても仕方がない。それに、嫌でもまた次がある。
ロックウッドは「さて」と、気持ちを切り替えるためにも話題を変えた。もっとも、気分転換としては如何なものかという話題だが。
「お互い何をやっていたかの報告が終わったところで、俺としてはもう一つ話しておきたいことがある」
「どうしたの?」
「やっこさん、どうやら俺たちの姿を知っているみたいだぜ。アーチボルドには名前を呼ばれ、ランゲンバッハは向こうから仕掛けてきた。しかも、幻覚の君は俺の知ってる姿――つまり今、俺の横に座っている君そのままの姿だった」
リーサは顎に手を当て、考える素振りを見せてから言った。
「……考えたくないけどバリモアに予知されていた、ということかも。私も本当の姿は彼らに見せていないし。……あ、でも私の本当の姿を知らなくても、あなたに幻覚を見せることは可能よ」
「ナゼ?」
「幻覚というのは見る側の問題が大きいから。別にAさんに彼のお母さんの幻覚を見せるのに、能力者はその外見を知っている必要はないの。能力者側はお母さんを見せるつもりでいればいいだけ。あとはAさんの脳みそが勝手に、自分の知ってるお母さんの姿をかたどるから」
「例えば、能力者が対象者にそいつの思う怖いもんを見せたとして、見るものが大蛇か虎か、はたまたそいつの上さんかはそいつ次第ってことか?」
「うーん、大体合ってるけど……」
「それでもやっぱり、俺のこの美少女姿がバレてるのは確からしいな。それと君が奴らを裏切ったということも」
「……そのようね。じゃないとあなたが襲われたのも、幻覚に私が現れたのも説明できないもの」
その時、ロックウッドはハッと閃きリーサに提案した。
「なあ、どうせ姿がバレてるんだったら元に戻してくれよ。君も、隣は女の子よりハンサムの方が良いだろ?」
敵の目を欺くためというのが目的だったはずだ。もはや目的を果たせない以上、このままの姿でいる理由はない。ロックウッドの気持ちは早く懐かしの我が家に戻りたいという感じだった。
するとリーサは肩をすくめ、呆れたようにして言った。
「確かにそうね。あなたがハンサムかは置いておくとして」
やった。ロックウッドは胸躍った。しかし、次の瞬間には崖から突き落とされた。
「でも、駄目」
「ナゼ!?」
「弱みが無くなって裏切るかも。私あなたのこと信じてないもの」
リーサはいたずらっぽい笑顔を浮かべた。まるで仕返しという風に。
ロックウッドは悔しがりながら訝しんだ。やっぱりこいつ変な趣味があるんじゃないか?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます