10

 ロックウッドは自らの目を疑った。

 分身を作り出せるのは本体だけのはず。そしてさっき本体は仕留めたばかり。ならばどうして今、目の前で分身が作り出されようとしている?

 答えは明白だった。実に簡単なことだ。ロックウッドは先入観から思い込みをしていただけにすぎない。いつ誰が本体しか分身を作り出せないと言ったのだろうか。

 事実は雄弁に物語っている。

 キングスの元幹部ライアン・アーチボルドの超能力は分身も分身を作れる!


 ロックウッドは衝撃を受けつつも、冷静にその分身途中の個体に狙いを付けようとした。しかし、もう一体の方が走ってロックウッドに襲い掛かろうと迫る。

 ロックウッドは狙いを変えざるを得なかった。

 ロックウッドは、向かってくる分身の胴に三発の弾丸を撃ち込んで始末した。

 そして急いで視線を、分身途中の個体が居た方に戻した。


「おい、勘弁してくれよ」


 その時にはもう遅く、分身は完了していた。分かりやすく服を着ていないアーチボルドが、服を着たアーチボルドの横に立っていた。


「か弱い乙女にそんな本気になるなよ」

「ふん、どこがか弱い乙女だ」


 ロックウッドの用意していた策は二つとも無残にも敗れ去ったのだ。つまりここからは無策で戦わなくてはならない。しかも、一対多人数、加えて出口を押さえられているという圧倒的不利な状況で。

 だが、まだ諦める段階ではない。

 至極単純な話ではあるが、相手の増殖スピードよりも速く相手を殺し尽くせば良い。ロックウッドはそう答えを導き出した。


 しかし、それもまた敗れ去る。

 ロックウッドが裸の分身に銃を向けると、分身は今まで見たことのない速度で新たな分身を作り出した。それは、ほんの一秒程度の速さだった。アーチボルドはこれだけの能力があることをさっきまで隠していたのだ。

 ロックウッドが何もできないままアーチボルドは三人になった。

 ロックウッドはニヤリと笑った。それを見たアーチボルドもうっすら笑った。


「諦めたかロックウッド?」

「いや、ピンチの時ほど不敵に笑う。そういうもんだと思ってね」

「ふん、精々今のうち笑っているがいい。最後に笑うのはこの俺なのだからな」

「なに? 聞き捨てならねえな!? ――やっぱり逃げよ!」


 ロックウッドは駆けだした。いや、逃げた。

 こんな相手に拳銃だけでどうやって太刀打ちできる? さすがの早撃ちもこの分身スピードに付き合えば、全滅させる前にいずれは弾切れがオチだ。

 ロックウッドはアーチボルドに背を向け全力で階段を上る。それに少し遅れて反応したアーチボルドたちはその後を追う。

 二階を目指して駆け上がるロックウッド。最後は手すりの力も借りて勢いよく踊り場に飛び出すと、廊下を走り一番近くの部屋に飛び込んだ。

 そして、少し前と同じようにスマートフォンのカメラ部分だけ部屋から出して階段の様子をうかがう。


 分身どもはすぐに階段を上って来た。ロックウッドはタイミングを見計らい、腕をひっこめてからスイッチを押した。

 次の瞬間階段で爆発が起こった。爆風が勢いよく廊下を吹き抜ける。

 爆発の正体はロックウッドの仕掛けた小型爆弾だ。階段を上り切る直前、粘土で手すりに瞬時に取り付けていたのだ。

 彼は確かにリボルバーを愛用していたが、それ以上に現実主義者だった。彼は普段からいざという時のために小型の爆弾を携帯していた。

 ロックウッドが逃げたのは、戦いを諦めたからではなく爆弾に誘い込むためだったのだ。

 爆発は分身どもを全員行動不能にさせるだけの十分な威力があった。

 舞い上がった砂煙が引いてくると、ロックウッドは再びカメラを階段に向けた。

 立っている人の姿は一つも見られない。ズームして詳しく観察してみると、階段には三体の男が転がっていた。ピクリとも動かない事からおそらく死んでいる。


「やった……っ」


 あれだけ不利な状況でロックウッドは見事分身どもを一網打尽にし勝利を掴んだのだ――と思われたが。

 カツ、カツと階段を上ってくる足音が聞こえてくる。足音は一つではない。そして足音の正体は陰からゆっくりとカメラに映り込んだ。ロックウッドとしてはもう二度と見たくない面だった。


「嘘だろ……」


 認めたくない事だが、アーチボルドはロックウッドより一枚上手だった。

 奴はいっぺんに全分身を向かわせず、二体控えておいたのだ。そう、例えば爆弾で一網打尽にされる可能性を考えて。

 アーチボルドはまたも分身を始めた。それも今度は二体同時である。今度は余裕を見せているのか、今までで一番ゆっくりとしたスピードで分身を作り出している。

 ロックウッドは舌打ちした。舐めやがって。


「……俺の勝ちだなっ!」


 アーチボルドは言葉でもロックウッドを挑発する。

 だが、怒りに任せた行動というのは得てして上手く行かないものである。ロックウッドもそれは分かっていた。

 ロックウッドは一度、自分の膝を思いっきり叩いて頭を切り替えた。

 今は腹を立てている場合ではない。階段は押さえられている。爆弾は二度も同じ手は通じないだろう。銃はいくら早撃ちが得意でも大勢で一気に来られたら無理だ。このピンチを乗り切らなくちゃならない。

 ……これは逃げたくなるな? 今度こそ本当に。ここは二階、窓から外に出ることは十分現実的だ。


「逃げるなら、今の内だぞ……っ!」


 アーチボルドは再びロックウッドを挑発する。ロックウッドは首を振った。

 大体、本当に逃げられるのか? 窓から脱出したとして、敷地の出入り口で分身が待ち構えていないとどうして言い切れる。

 相手が油断しているというのなら、そこが付け入る隙になるかもしれない。だったら今やるべきことは一つ。逆転の糸口を探るんだ。挑発したことを後悔させてやる。


 やれるのか? いや、やれる。やれないならそれまでの男だったというだけだ。


 ロックウッドはスマホの画面を見て、向こうの様子を確認する。

 相手は全員裸。見苦しい。全員裸であることから、全員分身であることが分かる。ズームすると目につくのは汗。全員激しい運動の後みたいにどっしりと汗をかいている。

 武器は誰も持っていない。能力上、最初から人数分の武器を確保するのは諦めているのかもしれない。そういえばこの戦闘中、相手は一度も武器を使ってこなかった。

 そして相手の数は八体に増えていた。


「所詮、お前は、俺の敵では……なかったのだっ!」


 ――うるせえ。今テメエを仕留める算段を立てるところだ。


「……っどうしたロックウッド! 恐怖で動けないか!?」


 アーチボルドは荒々しく叫ぶ。


「そ、それとも、もう逃げたか!」


 あまりに繰り返される挑発。さすがにロックウッドもまたイライラしてきた。いつまで叫んでいやがる。それだけ言うならとっとと来やがれ。どうした来ないのか? 

 ……そういえば、どうしてアーチボルドは向かってこないんだ?


 現在アーチボルドの数は八。圧倒的有利な状況。もう踏み込んでも良いという形勢。しかしアーチボルドは未だ動かない。

 これは本当に油断だろうか。最初、分身するスピードの遅さからロックウッドはアーチボルドの油断だと判断したが、しかし奴は八体にまで分身を増やしている。

 盤石な体制。むしろこれは油断とは程遠いのではないか。

 本当に油断しているのなら、寧ろすぐに襲い掛かって来そうなものだ。ならば、アーチボルドにはそうできない理由があるのではないか?


 ロックウッドは改めて、スマートフォンの画面に映るアーチボルドを凝視する。相変わらず大量の汗をかき、肩で息をしている。

 ここでロックウッドは疑問に思った。何故アーチボルドはこんなにも大量の汗をかき、呼吸が乱れているのだろうか。それも全員がまるでマラソンでも走って来たかのように。アーチボルドは歩いて階段を上がってきたはずだ。

 叫んでいたから? いや、数回叫んだ程度であそこまで汗はかかない。

 心なしか顔色も悪いように見えてきた。

 ロックウッドは今までを振り返る。そういえば、さっきまでの挑発も叫び方がおかしかったような――。

 ここは一つ、かまをかけてみることにした。


「どうした、口だけか! ここまで来たんだ。受けて立つぜ!」


 するとアーチボルドは。


「……っ見上げた覚悟だ! その覚悟に敬意を表して、情けをかけてやってもいい。降参しろ! この数だ。お前に勝ち目はないっ!」


 疑惑は確信へと変わる。

 やはり、アーチボルドは余裕を見せているのではない。むしろその逆なのだ。

 さっきゆっくり分身していたのは油断からではなく、あの速度でないと分身できなかったからではないか。

 ロックウッドはある仮説を立てた。

 超能力は強力だが万能ではない。それを使用するのが人間という生き物である以上、疲れもするし限界も当然ある。

 ましてやアーチボルドの超能力は分身が分身を作る。人ひとりを作り出すのにどれくらいのエネルギーが必要かは分からないが、単純に元になった個体と分身で一人分のエネルギーを分け合うのだとすると、それを繰り返していけば分身は、後に作られたものほど所有エネルギーが少なくなり虚弱になる。

 もうアーチボルドは、この短時間で分身を十体以上作り出しているはずだ。それが祟ったのだ。つまり今居るアーチボルドどもは全てハリボテだ。奴はそれを気取られないよう、数と言葉で脅そうとしているのだ。


 ロックウッドの今までも行動は一つも無駄ではなかった。策を講じてはその上を行かれ、歯が立たないかとも思われたが、その一つ一つが確実に相手を追い詰めていたのだ。粘りと冷静な判断が功を奏したのだ。

 ロックウッドは笑った。おおいに笑った。勝ちを確信した高らかな笑いだった。策士め、最後はらしからぬ浅はかな手だったな。


「何がおかしい!?」

「今度は『諦めたか?』とは言わないんだな」


 弾を込め終わったロックウッドは飛び出した。

 アーチボルドの分身どもは銃を向けられてぎょっとする。間髪入れずにロックウッドは引き金を引いた。

 鎧袖一触。最早死に体の分身どもなど相手にならない。一人残らずヘロヘロで、向かってくることもできなければ逃げることも満足にできない。

 得意の早撃ちは、もう必要なかった。ロックウッドは淡々と、一体また一体とアーチボルドを撃ち殺していく。事ここに至っては、最早これは戦闘ではなく駆除だった。そして、ついに最後の一人まで仕留め切った。

 ロックウッドは額の汗を拭い、やり切ったという風にため息をついた。


「ふぅ、ヤバかったなあ。その割に終わってみれば傷一つないが」


 ロックウッドは自身の体を見下ろす。


「いや、スカートが破けたか。いやん、なんつって」


 綺麗な真っ白のおみ足が根元まで晒されていた。


「しっかしあいつめ、あんなハッタリに俺が引っかかると思うとは」


 逃げれば追われると判断したか、それとも他の賞金首たちのために少しでも長く戦おうとしたのか。今となっては分からない。

 だが、それはもう問題外だろう。相手が何を考えていたとしても勝ったのは自分なのである。

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