11

 ロックウッドはリークストリートに向けて車を飛ばしていた。

 後部トランクにはアーチボルドの死体が一つ積まれている。他の多量の死体はあの場に放置してきた。死体にはスプレー式の防腐剤で簡単ながら処理を施してある。これで一々キングスの本拠ビルに戻らずとも仕事を続けられる。

 アーチボルドを仕留めたことはすでにキングスには報告済みだ。しかし、報酬が口座に振り込まれるのは、実際にサンダースが死体を直に確認した後である。もっとも、アーチボルドの姿はリーサの超能力によって変わってしまっているため、金を受け取るにはリーサと合流する必要があるのだが。


 そういえば――。

 ロックウッドは思い出す。

 幾度も分身を繰り返していたアーチボルドだったが、作り出される分身の姿は全て変身後と同じ姿だった。不思議か、それとも当たり前か。

 だがロックウッドは、この大して興味のない、ふと思い浮かんだだけの考えを一分もしないうちに取りやめ、より重要と思われる事柄に注意を向けた。


『諦めたかロックウッド?』

『っ……どうしたロックウッド! 恐怖で動けないか?』


 アーチボルドは確かにそう言ったのだ。こいつはおかしい。ロックウッドはリーサの超能力で見た目が変わっていたはずなのだ。あの可憐な美少女を見てロックウッドだと分かる人物など、ロックウッドを除けば一人しか居ない。

 リーサ・マクローリン。奴が垂れ込んだ、それ以外何が考えられる。いや、まだこういう線も一応残っている……。未来予知能力者バリモアが、ロックウッドが少女の姿になるところまで予知していたと。

 どっちにしろ、ロックウッドにとって不利な状況に変わりはない。だが、今後の方針は大きく変わる。


 ロックウッドは現状を快く思わなかった。

 リーサに振り回されている。何もかも自分の思い通りにならなければ気が済まないという性格でも、また得られる結果よりもその過程の苦労に目が行き尻込みする性分でもないが、さすがに今回は厄介なことが多い。もちろんそれに負けないくらい魅力的でもあるが、しかしだ。

 ロックウッドは早く真偽を確かめるため、ギアを上げた。早くマクローリンに会って諸々問いただしてやる。

 



「くっそー、裏切ったんじゃないってんならやっぱり杜撰だぜ。俺ならもっと上手く計画をだな――」


 午後二時ごろ。小言を言いながら車を走らせていると――。


『ハロー! 定時連絡の時間でーす。まあ、定時じゃありませんけど。ところでもう一人やっつけちゃうなんて凄いですねっ。今大丈夫ですか?』


 またしても媚びた声の念話が頭に響いてきた。無視してやろうかとも思ったが、サンダースのあの厳めしい顔を思い出してやめた。

 ロックウッドは渋々応じる。できるだけ手短に終わらせるため早口で言う。


『大丈夫だ今はアップルストリートに向かってる。もう良いか?』

『ええっ!? そっけない!』

『聞きたいことは聞けただろ?』

『そんなぁっ。皆血眼になっても見つけられないのに、たった一人既にターゲットを仕留めてるんですよ? お話もっと聞きたいなあ?』

『おだてても無駄だ』

『えー、でもぉ』

『帰った後でお前のボスにサボってたって言いつけてやるぞ』

『分かりました分かりましたよ!』


 ガードナーは念話を切った。

 ロックウッドはため息をついた。まったく鬱陶しい娘だ。こういう見え透いた女からアプローチをいくらされたところで、……実は好みの女だったらそれでも結構嬉しいロックウッドだった。

 しかし生憎子守りは趣味ではない。しかも、念話をしてくる理由が理由だ。

 しかし、さっきの念話はキングスが未だ他の賞金首を見つけられていないという情報が得られただけマシだったか。まあ、見た目が変わっているのだから奴らが見つけられるわけはないだろう。

 なお、ため息をついたのはこれが五年後だったらと惜しむ気持ちも多少あったのだった。


 それから数分後、マクローリンが潜んでいるという建物の住所に近づいてくると、ロックウッドは辺りを警戒しはじめた。

 さっき疑われないようにするためとはいえ、ガードナーに馬鹿正直に目的地を答えてしまった。もしリーサの言うことが本当だった場合、マクローリンの居場所をキングスの連中に知られてしまうのはマズいことになる。

 赤信号に引っかかったので、ついでに辺りを見回す。

 今のところ自分を尾行する車や、それらしき人は見当たらない。

 だが、まだ気を緩めはしない。それらしき人は居ないといっても、ひょっとしたらさっき追い越した家族連れが偽装された構成員かもしれないし、今こちらに向かって歩いてくる美女がそうでないとも否定しきれない。……いや、あの美女は……っ!


「ちょっと、探したんだから!」


 少し向こうからこちらに向かって歩いていた美女。美女はロックウッドに気が付くと、血相を変え徐々に足を速め駆け寄って来た。リーサだった。

 リーサは車の真横まで来ると、唇を尖らせ言った。

 ロックウッドは内心しまったと思いつつも、顔に出ないように努めた。信号がそろそろ青に変わる。


「逆ナンかと思ったのに」


 冗談を言ってみるが、反応がない。ロックウッドは肩をすくめた。


「悪かったって。説明するからちょっと待ってろ。いや、今度はどっかに行かないからさ」

「……信用できない」


 リーサの目は据わっている。おまけに腕まで組んでいる。

 相当ご立腹の様子に見える。協力すると言っておきながら、ロックウッドが一人でどこかに行ってしまったのだから当然の反応と言えるだろう。

 しかしアーチボルドの件もあって、相変わらずリーサを心から信用しきれていないロックウッドとしては、リーサを一緒に乗せて走りたくなかった。運転中超能力を使われたら逃げるのは至難の業である。


「ちょっとそこの駐車場にとめてくるだけさ――っておい」


 が、言ってる間に、リーサに助手席に飛び乗られてしまった。しかも信号が青に変わる。後ろからは苛立たしげなクラクションが鳴り響いてくる。

 やむを得ない。ロックウッドは腹をくくって車を発進させた。

 当初はこのまま直進してマクローリンの元に行く予定だったが、リーサが横に居てはそれはできまい。直ちに左折し近くの駐車場に直行した。


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