9
ロックウッドは公園近くの駐車場に車を止めた。せっかく変身したのに、この姿で車を走らせるのはかえって目立ってしまう。
車から降りたロックウッドは公園内をぶらつく。
うん、これならただの散歩中の美少女に見える。拳銃その他の武器類は、肩から下げている女がよく使うようなバッグの中に潜ませているので傍からは分かりようがない。
ロックウッドは何度か来たことがあるものの、この広い公園の正確な広さを知らない。一度野球場何個分か換算しようとしたが途中で飽きてしまった。ちなみに実際には約1平方キロメートルほどの広さがある。
結構歩いて例のベンチの付近まで来た。
ロックウッドはツイてると思った。少し向こうに、未だにアーチボルドがベンチに腰かけているのを見つけたからだ。
彼は休憩中か暇つぶし中か、追われている身だというのにそんな雰囲気を全く出さずに、悠然とスマートフォンを弄っている。あるいは姿を変えていることから来る油断かもしれない。
アーチボルドに対して横からロックウッドは近づいていく。気取られないように、通り過ぎる瞬間撃ち殺す。それだけだ。
一歩一歩、ロックウッドは近づいていく。緊張はしない。慣れたものだ。
三、二、一、ついにロックウッドはアーチボルドの正面に来た。
カバンから拳銃を取り出しながら撃つのは滅多にしてこなかったが、予行練習なしに問題なく行えた。右を向くと、驚いた表情のアーチボルドの胴体に、鉛球を三発喰らわせてやった。
完全にアーチボルドの不意を突いた。弾丸は全弾命中し、アーチボルドは力なくベンチからずり落ちた。
ロックウッドはさらにもう一発弾をアーチボルドに撃った。超能力者を殺す時の必要手順である。即死させなければ、いつ立場が逆転するか分からない。それが超能力者だ。
ロックウッドはアーチボルドが完全に死んだことを確認すると、ここで初めて満足感を覚えた。口角が上がる。
「へへっ……。分身する前に仕留めちまえばこちらのもんさ」
仕事が上手く行ったことに対する喜びが湧き、改めて自身の腕前の自負を強くした。仕事が上手く行ったとき、いつもロックウッドは自身の価値を噛み締め、そして浸る。
それに加え一人目は意識していなかったとはいえ、超能力者相手に連戦で二人とも仕留めたのは初のこと。喜びもひとしおである。
しかしそれも束の間、ロックウッドは仕事を忘れていない。
ロックウッドは車を取りに駐車場へ走った。死体が無ければ賞金がもらえないわけだが、駐車場まで死体を引きずるには遠すぎる。公園の入り口には車避けがあるがあんなのは飾りだ。
ロックウッドは公園内を走りながら次の行動を考えた。
結果、次こそはマクローリンの元に向かうと決めた。他の賞金首たちはもう移動してしまったかもしれなかったし、一人仕留めた今、いつまでもマクローリンを後回しにするわけにもいかない。そっちはそっちでやはり重要だ。
だが、ロックウッドは公園の出入り口、十数メートル手前で足を止めた。止めざるを得なかった。ロックウッドは肝が冷えるのを実感した。じわりと汗が噴き出す。
公園の出入り口には、そこをふさぐように男が立っていた。見覚えのある顔だ。堀の深い顔と黒髪――ライアン・アーチボルドだった。さっき仕留めたはずのアーチボルドが誰かを探すように辺りを見回しながら立っていた。
そしてロックウッドに気付くと、ニヤリと笑った。
マズい。ロックウッドは直感的に逃げた方が良いと判断した。
そしてその後、少し遅れて理解した。
なぜ、このような事態が起こったのか。おそらく、いや間違いなく、自分がさっき殺したのは分身の一体にすぎなかったのだ。そして、あれが撒き餌だったのだということも。ロックウッドは完全に誘い出されたのだ。
相手の罠にはまった以上、このまま戦闘を続けるのはこの上なく危険だ。待ち構えていたということは、相手には勝つ算段があるということだ。一時的な撤退は恥でも何でもない。寧ろこの引き際の良さが、過去に何度も自分の命を助けている。
ロックウッドは踵を返した。駐車場は少し遠くなるが、公園の出入り口は他にもある。
しかし、なんと振り返った先にもアーチボルドが居るではないか! しかもそいつは、今は三十メートルほどの距離に居るものの、走ってこちらに向かってきている。
当然、出入り口をふさいでいた方のアートボルドも黙って見ているわけはなく、そちらもじりじりロックウッドに詰め寄って来る。
「クソぉ」
挟まれた。留まれば確実に殺される。
ロックウッドは走り出した。前でも後でもなく、右に飛び出した。
二人のアーチボルドもロックウッドを走って追う。二人とも銃を取り出さない事から持っていないのかもしれない。
少し走ったところで、ロックウッドは道の脇の茂みに構わず突っ込んだ。そしてそのまま突っ走り、先にある柵を飛び越えて公園を脱出した。飛び越える際スカートをひっかけて破いてしまい、スリットのようになってしまったが気にしている暇はない。
走りながら振り返ると、まだ二人は追って来ていた。だが距離は縮まっていない。
それを確認するとロックウッドは少しほっとした。このままいけば駐車場まで逃げきれるだろう。
車に乗ってここを離れれば態勢を整えられる。駐車場はさながら砂漠のオアシスのように思えた。
ここを曲がれば駐車場だ。
「ここまで来たらこっちのもんさ」
だが、罠を仕掛けたアーチボルドがそう簡単にロックウッドを逃がしてくれるだろうか。
ロックウッドの緩みかけた表情が一変、目玉が飛び出た。
駐車場まで来てみるとオアシスは枯れていた。
なんと三人目のアーチボルドが腕組みして先回りしていたのだ。
「いやあ、俺も人気者になったもんだな。出待ちかよ」
笑うしかなかった。振り返ると二人のアーチボルドは依然ロックウッドを追ってこちらに向かってきている。
だが、ロックウッドは絶望で足をすくませることはなかった。さっきと同じ様に、前後が塞がれれば左右がある。車での脱出が無理でも、ひとまず身を隠せれば状況は変わる。
ロックウッドは左右を確認した。
ところが今回は左は壁、右は車道。片側一車線、交通量はざっと車の往来が途切れることがないというくらい。
ロックウッドは一か八か車道に飛び出した。それしか助かる道はない。一瞬の判断、迷いはなかった。
――――運が良い。その時だけ車が途切れ、半分は問題なく渡れた。
これで一安心、とはいかない。足を止めることなく、走り続ける。
しかし、もう半分は都合よくいかなかった。車がロックウッド目掛けて突っ込んでくる。距離は僅か。このままでは轢かれる――。
――ロックウッドは向こうの歩道に飛んだ。強烈なブレーキ音が辺りに響く――。
ロックウッドは体を起こしながら自分がまだ呼吸していること、そして体の痛みの正体が胴体着陸で出来た擦り傷だということに気付いてホッとした。
だが、ロックウッドは自分よりドライバーの観察力と、メーカーのブレーキ性能に感謝しなければならない。ロックウッドの跳躍はあとわずか足りておらず、足が車道に残されていた。
もし車があと数センチでも進んでいたら、彼は車椅子の世話になるところだった。いや、アーチボルドに殺されるから世話になるのは棺桶か。ともあれロックウッドは間一髪のところで助かった。
危険な賭けだったかもしれないが、おかげでアーチボルドもすぐには追ってこられない。危険を冒すだけの価値はあった。
ロックウッドは膝の汚れを掃うと、再び走り出した。
ロックウッドは身を隠せる場所を探した。それもできれば人のいない所だ。木を隠すなら森の中とはよく言ったものの、関係ない一般人を巻き込むのはロックウッドの主義に反した。
しばらく走っていると、ロックウッドは運よく五階建ての廃ビルを見つけた。
ここがいいだろう。振り返ってみると後ろに三人、こちらに向かってくる影が見えるが小さい。すぐに脅威になる距離ではない。
ロックウッドは廃ビルの敷地に入った。防犯カメラ等のセキュリティは見られなかった。入り口の鍵も壊れていたので、ロックウッドは容易に建物の中に侵入できた。
中は管理怠慢もいいところ、散らばったガラス片もそのままに荒れていた。空きペットボトルなどのゴミも散乱していることから、普段は不良のたまり場にでもなっているのであろう。
玄関入ってすぐにある案内図はガラスケースが割れ、図も汚れ色も青く変色していたが辛うじて読み取ることができた。
ロックウッドは、玄関入ってすぐの位置にある階段を踊り場まで上ると、さらに上へと続く階段の一段目に腰かけ身を潜めた。そして、一階の様子を探るためスマートフォンを取り出し、カメラ部分だけを外に出した。
ロックウッドは、ただ身を隠すためだけにこのビルに侵入したわけではなかった。ロックウッドはアーチボルドを迎え撃つつもりだった。無論そのための策もあった。
ビルの中を探そうと思ったら、アーチボルドは戦力を分散せざるを得ない。そうすればロックウッドには各個撃破という道が開ける。
仮にアーチボルドが分散を嫌ったとしても、その時は相手の隙をついてビルを脱出しやすくなる。つまり駐車場まで行き、車で逃げおおせることができる。
ロックウッドに遅れて、アーチボルドの分身三体がビルに侵入してきた。三体はすぐ、それぞれ辺りを見回して様子を探りだした。
そして内一体が案内図を見つけると、残りの二体を呼んだ。どうやら分身は意識や情報を共有しておらず、伝達には普通の人と同じ手段が必要らしい。
「そこまで大きなビルではないが、三人では探すのに時間がかかるな」
「それに手分けして探そうとすれば各個撃破されるかもしれん」
「お前たちもそう思うか。やはり、ここは数を増やそう」
「ふん、ここに逃げ込んだのが運の尽きだ。もう袋の鼠だ」
さすがと言うべきか、ロックウッドを罠にはめた男はロックウッドの考えを読んでいた。ロックウッドの当ては外れてしまったか?
三体が相談を済ませたその時だ。
アーチボルドの内一体が、突如頭からY字に割けた。裂け目は腹にまで達している。しかし、血は一滴も出てこない。
ロックウッドは思わず叫びそうになったのをこらえた。スマートフォンの画面越しとはいえ、かなりのショッキングな映像である。
アーチボルドの肉体は割けただけでは終わらなかった。
Y字状のアーチボルドの肉体はその断面から肉が盛り上がっていき、左右それぞれ欠けている部分を形成していく。その速さは珍妙な例えだがロックウッドは早歩きだと思った。
ロックウッドは頭を左右に振って努めて冷静さを取り戻した。今、まさしくアーチボルドは能力を使っている。動揺している場合ではない。寧ろこの時を待っていたのだから。
ロックウッドはスマートフォンをポケットにしまうと、バッグから拳銃を取り出した。実はロックウッドにはまだ策があった。
そもそも第一の策にはある欠陥があった。それはいくら分身を各個撃破しようが、本体が分身の補充をしてしまえば戦いが終わらないということである。最悪ビルを脱出することもかなわない。
だからロックウッドにとっては、この第二策の方がむしろ本命の策であった。人を探すのに人員がかかる場所に逃げ込むことによって、アーチボルドに能力を使わせ、本体をあぶりだすのだ。本体さえ仕留めてしまえば戦いは終わりだ。
仮にアーチボルドの本体がこの場に来ていなかった場合は、第一の策を取ればよいだけだった。
そして目の前のグロテスクな野郎はまさしく本体!
「もらった!」
ロックウッドは身を出し、分身途中のアーチボルドを狙い撃った。
分身途中のアーチボルドは一歩たりとも動くことはできない。ロックウッドの弾丸は見事命中し、アーチボルドは背中から倒れた。
「やった!」
ロックウッドはガッツポーズした。
そしてまんまと本体を倒されてしまった分身二体はというと、さすがに非科学的な超能力と言えど、本体を仕留めれば消えてしまうというほどファンタジックではなく、その場に残っている。
だが、その表情は、ロックウッドは変だと思った。悔しさのかけらも見て取れない。
怪訝に思うロックウッド、その答えはすぐに出た。
なんと、もう一体の分身がさも当然かのように分身を作り始めたではないか。
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